第98話 U-15 その5

 試合終了後、ブレ球を教える約束を守るためにディクソン君のところまで行ったら、「おまえ、嫌い」と言われ、さっさと帰ってしまった。


 すると、司がまたトコトコとやって来て「どうしたんだ神児」と。


「いやー、ディクソン君にブレ球の蹴り方教えてあげようと思ったら、おまえ嫌いって言われて帰っちゃった」と俺。


「………………」司は何も言わずにジトーッと俺のことを見つめる。


「なっ、なんだよ、司」


「いやー、えっぐいなーと思ってさ、お前の守備が」


「えっ……」と俺。


「あそこまで激しいプレスとスライディング、Jの試合だってなかなか見れないぞ」と司。


「そっ、そんなことないよ」と俺。


「お前、そもそも、もう、前の世界よりも体でっかくなってるんだろ」と司。


 そういやそうだったな。


「前の世界でも十分プロで通用したお前の守備、この年代の子にかましたら、そりゃ、相手壊しちゃうぞ」と司。


「そ、そうかなー」と俺。


「少しは手加減してやれ」と司。


「そ、そうですか?」


「ホント、お前の守備、特にスライディングはえぐいんだから、自覚しとけよな」


「そ、そう」


 まあ、前の世界で、散々他のチームメートがやれ、レアルだバルサだと言ってた頃から、俺はひたすらアトレティコ・マドリーの試合を見て守備の勉強をしてたからなー。


 昔、好きなサッカープレイヤー誰?って聞かれて、皆がジダンやロナウドって言っている中、一人、シメオネって言って引かれたのは、今ではいい思い出です。



「ほんと、お前にだけはマーク付かれたくないわ」といった司の言葉、誉め言葉と受け取っておきますよ。上司。


 

 …………翌日、


「ふーん……で、もしかしたら、お前も司もU-15の公式戦出られるかもしれないんだ」と武ちゃん。


「あ、ああ、おかげさまでな」俺はどうにかそう言うと、膝に手を当て息を吸う。


「ら、来週から、公式戦始まるから、よかったら観に来て…………くれ」とグラウンドの上で大の字になりながら司。


「ってか、お前らも、サッカー好きだな、この後、クラブでも練習あるんだろうが」と順平。


 というわけで、今は放課後のサッカー部の練習。


 今は、俺と司と関沢先生とで作ったサーキットトレーニングの真っ最中。


 とくに好評なのは浅川の土手を利用した、20mの坂道ダッシュ。通常は上り坂オンリーなのですが、ここでは同じ分だけ下り坂も走らされます。やったね。


 上り坂では1対1で体を競り合いで走り負けないように、下り坂では裏を抜けた際の瞬発力の強化を狙って、明確な目当てを表示してする。関沢先生と司。


 メニューを発案した司が錯乱して「誰だ、こんなメニュー考えた馬鹿っ!!」と口走った瞬間チームメートからボコられたくらいきつい練習。


「こんなん、陸上部だって走らないのね」と泣き言を言った拓郎に、


「サッカー選手は1試合10㌔以上走るんだよ、だいたい陸上選手は試合でこんなには走らないぞ」とやさしく司。


 絶望的な顔になる拓郎。


 オシムさんの言った「走って、走って、走って、走る」という意味を今まじまじと実感している八王子西中のサッカー部のみんな。


 去年までのゆるゆるだった部活が、マガト監督時代のヴォルフスブルクのようになってしまった。


 でも、しょうがないじゃないか、そうやりたいって言ったのはお前らだったんだから。


「じゃあ、45mのダッシュしてからのシュート練習始まりまーす。一人10本決めるまでねー」と関沢先生。


「ぎゃー」と雄たけびを上げるサッカー部のみんな。その中にこの練習の発案者の拓郎もいたことは誰も気づいていない。


 ちなみにこの練習、「カウンターするのはいいけれど、走った後、足がガクガクになってよくシュートを外すよね」という拓郎からの発案だった。


「じゃあ、どうしたら、シュート外さなくなるかな」関沢先生が言ったら、


「50mダッシュした後、シュートする練習したらいいのねー?」とニコニコの拓郎。


 てめー、何てこと言ってくれたんだよ!責任取れ!このあほタレが!!

 

 で、なんで50mから45mになったかというと、単にグランドの広さの兼ね合いから。


 そうしてみんなは地獄のような練習に入る。


 俺、この後ビクトリーズの練習あるからそろそろ帰ってもいいかなー。


 今年度の方針が変わってしまったのは4月の第二週に入ってからの事だった。


 俺と司は個人的に関沢先生にお願いして、走力アップのトレーニングに勤しんでいたら、サッカー部の仲間が、俺達もそれをやりたいと…………


「えっ、でも、かなりハードだよ」と俺。


「うん、けっこうきついぞ」と司。


「お前らにできてたものが俺たちにできない訳ないじゃないか」と武ちゃん。


「そうよ、いうても、俺達、小学校の時、東京都の決勝まで行ったメンバーだよ、舐めてもらっちゃ困るのね」と拓郎。


 どうやら、俺と司が黙々と練習しているのを見てフットボーラーの本能って奴を刺激されてしまったみたいだ。


「じゃ、じゃあ、きつかったら、いつでもやめていいからな」と司。


「なめんな」と順平。


「いいから、黙って、お前らが作ったメニューとやらをやらせて見ろよ」と陸と翔。


 そこまでいうなら、どうぞ、ってことで、一緒に走力のトレーニングを始めたのですが…………意外とついてこれちゃっているみんな。


 なんか自主的に朝練までやり始めるようになってしまい、もしかしたら、夏の大会、結構期待出来ちゃったりして…………そんなことを考えていたら4時半のチャイムが鳴った。


「じゃあ、ちょっとクラブの方行ってくるわ」と俺。


「死ぬなよー」と笑顔でみんな。


 それから俺たちは、すぐさま司の家に行き、自転車に乗って18:00から始まるビクトリーズの練習に間に合うようにひたすら多摩サイを走った。


 

 ビクトリーズの練習場に着くと翔太が「ヒメヒメ」言いながらドリブルをしている。


 何、この歌、サッカーする時もあってるのか?


 俺たちはみんなが一生懸命にアップしている中、司と二人ピッチの外で大の字になって休んでいる。


 https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663632220454


「おまえら、大丈夫か、本当に?」と心配そうに大下監督。


「はい」と俺、「なんとか」と司。


「さっき、翔太に聞いたけれど、しっかり部活の練習もしてるんだって?」


「ええ、今日は俺がメニューを作ったサーキットトレーニングだったんで、俺が休むわけにもいかないんで」と司。


「しっかり走り込んできましたんで、出来たら、アップはご勘弁してほしいんです」と俺。


「ああ、いい、いい、少し休んでおけ」と監督。「そうそう、この後のミニゲーム、お前らトップの方に入れ」


「ホントですか?」と司。


「ああ、週末はフリッパーズとのダービーだから、それまでに体調を整えておけよ」


「ういっす!!」と俺と司。

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