第89話 キャノンボール その2

 2010年5月1日 13:00 俺たちは東京都中央区日本橋にある日本国道路元標前に立つ。

 

 近くにいた人に頼み元標と呼ばれるモニュメントの前で、俺と司とおじさんの三人はVサインをして写真を撮ってもらう。


 そしておじさんはiPhoneでツイッターを開くと「日本橋 なう」とつぶやいた。

 

 そもそもなんで国道1号の始まりから終わりまでを走破することをキャノンボールというのかというと、その昔、ハリウッドで撮られたジャッキーチェン主演の『キャノンボール』というアメリカ大陸をスーパーカーで横断する映画があって、それが名前の由来になったそうだ。

 

 ともかく、俺たちはせっかくの貴重な中学2年のGWをひたすら自転車に乗って乗って乗り潰すという、アホなチャレンジをすることにしてしまったのだ。


 一体どうしてこうなった…………


 両親には「司のおじさんが大阪に連れて行ってくれる」といい出てきた。


 親父もおふくろも随分とかしこまって司のおじさんに挨拶してたけれど、まさか自転車で行くとは夢にも思っていまい。


 まあ、言ったら間違いなく反対されるから言わないんだけれどね。


 司の母ちゃんもあきれてた。「私、もう知らないからねー」とゴールデンウィーク中ずーっとプリプリ。


 司がどうにか取り持って、今回のチャレンジを許してくれた。


 司の母ちゃんからのたった一つのお願いは、「無理だったらすぐにやめてね」だった。


 なんかどうもすみませんね。

 

 ちなみに、なんでお昼のこの時間にスタートかというと、大阪に着いたらすぐさまホテルにチェックインしてそのまま爆睡したいからだというおじさんの提案だ。


 あと、5月の13:00スタートだと、予定通りなら難所の箱根と鈴鹿峠を日が出ているうちに通過できるかららしい。

 

 まあ、そんなわけで、ともかくキャノンボール、スタート。


 ゴールデンウィーク中だったので都内は道が混んでいたかと思ったら意外と空いている。


 きっとみんな郊外に行ってしまったのだろう。


 俺たちはおじさんを先頭に国道1号線をひたすら西に向かう。


 本当に1日後に大阪に着くのだろうか。


 まあ、途中でリタイアしてそこから電車で帰って来ても、それはそれでアリだと思う。


 大手町のオフィス街を通過する。ここら辺は正月の箱根駅伝で見た光景だ。


 そうか、途中までは箱根駅伝のコースをたどるのだと、今更ながらに気が付いた。


 しかし、今日は本当にサイクリング日和。天気予報では日本列島は今日も明日も晴天だ。気温もただいま21℃と文句なし。俺たちは多摩川大橋を渡り順調に神奈川県に入った。


 時計を見ると13:45分


「とりあえず、今のところは順調だな」と司。


 正式なルールでは単独走という事になっているキャノンボールだが、とてもじゃないが一人で走り切ろうとは思わない。達成者の人たちの偉大さに感服する。


 すると、序盤の鬼門、戸塚の開かずの踏切に差し掛かった。最悪ここでは10分のタイムロスを覚悟しなければならないと言われていた。


 俺たちはその間、パワージェルなどを飲んで栄養補給。すると5分もしないうちにあっさりと踏切が開いた。ちょっと拍子抜け。


 メーターを見たら日本橋を出てちょうど40㌔。時間は14:30だった。俺たちはそのまま国道1号線を西に走る。


 だんだんとアップダウンが激しくなってきた。


「横浜って坂が多いんだよなー」とぶつぶつ司。確かにスピードが乗らないのは仕方ないが、それ以外の条件は文句なしなので、不平不満は言うまい。


 しばらく走ると、多摩川と同じくらいの大きな川が見えてきた。えーっとこれは……


「うん、相模川だね」とおじさん。


「あー、相模川か」と司。


「相模川ってここに出るんだっけ」と俺。


 津久井湖や相模湖は何度か行ったことがあるんだけれど、あそこの水がここに流れてるんだと思うと神奈川近辺の地図がぼんやりと頭の中に浮かぶ。


 ってことは、江の島はもう過ぎてしまったんだよな。


 メーターを見るとちょうど60㌔。時計は15:30になっていた。


 平塚駅を過ぎ、しばらくすると目の前に海が広がる。


「おおー、海はでっかいなー」と司。


「これって、相模湾ですよね」と俺。


「うん、しばらくの間、相模湾を見ながらの走行になるよ」とおじさん。


 時折、海からの吹きすさぶ風を感じながら自転車を走らせる。まだまだ日は高い。


 予定では、日没までに箱根を通過したい。時計を見ると16:00ちょうど。メーターを見ると東京を出てそろそろ80㌔になろうとしていた。


 酒匂川を越えると目の前に箱根の山が、これからこれを越えるのか。


 ふと司を見るとうんざりしたような顔。


 確か箱根も結構な急坂だったんだよなー。クライマーの聖地らしいし……


 すると、おじさん、「じゃあ、そこのコンビニでいったん休憩ー」と本日一回目の休憩に入る。


 おじさんが精力的に前を引いてくれたおかげで俺も司もそれほど体力を消耗しないで済んだ。


「おじさん大丈夫ですか?」


「ん?なにが?」と缶コーヒーを飲みながらおじさん。


「いや、出発してからずーっとおじさんが前を走ってくれたじゃないですか。そろそろ俺が前に出ますよ」


「いやー、まだまだ、大丈夫。おじさんの目標はキャノンボール達成だからこのくらいでへこたれちゃ、全然だめだよ」とおじさん。


「でもー」と俺が言うと、「まあ、本当にきつくなったらお願いするからその時はよろしくな」とおじさん。


 ちなみに司はずーっと聞こえないふり。


 大丈夫だよお前に前引けなんて言わないから。


 俺たちはコンビニでゼリーやらスポーツドリンクなどを購入する。


 荷物を極力減らすことも、キャノンボール達成には必要なのだ。


 そうだよな。荷物一杯持っていったらその分遅くなってしまうのだし……ここら辺の塩梅もいろいろ難しい。


 時計を見ると既に16:30分。できたら箱根を1時間でクリアしたい。


 いよいよ天下の峰の箱根越えだ。なるべくここで体力を消耗せずに静岡県に入りたい。


 すでに司はかなりビビった顔をしている。


 箱根板橋の駅を越えた瞬間に既に結構な坂道になっている。


 ここは急がず、軽いギアでゆっくりゆっくり登っていく。まだまだ序盤、ここで下手に足を使ってしまってはダメなのだ。


 三枚橋の信号を曲がり旧道に入る辺りで、箱根の檄坂が牙をむき始めた。


 キャノンボールでの最大の難所がこの序盤にやってくるのだ。このあとまだまだ500㌔近くを走り切らなければならない。


「司、俺についてこい」そう言うと、俺は先頭に立ってみんなを引き始めた。時計を見ると16:50分 距離は90㌔になっていた。


 箱根旧道、全長10.7㌔ 標高差700m 平均勾配 登りのみだと10%を超えるという。


 このキツさ、心当たりがある。うん、このきつさは和田峠だ。距離的に考えると、和田峠のダブル。そう考えれば精神的には楽かもな。


「司ー、和田峠、思い出せ」


 俺は遅れ始めた司に声を掛ける。


 司はぴーぴー言いながら、ギアをファイナルローにしながらシャカシャカシャカシャカ必死に追いかけてくる。


「司、きつかったらいったん休みなさい。上で待ってるから」とおじさん。


 司は返事をすることなく、目だけはしっかりと俺たちを見つめながら足をシャカシャカ動かし続ける。


 うん、きっと大丈夫だな。司の目を見て俺はちょっと一安心。そこからしばらくは平地と坂が交互にやって来た。


 ずーっと登りだと思ったけれど、意外と足を休められるな。斜度計を見てもどうにか10%以内で収まってくれている。


 しかし油断は禁物。道の両脇には落ち葉が溜まっていて、ハンドル操作を誤って乗り上げてしまうとスリップする危険がある。

 

 そこから七曲りの区間が始まる。カーブの先が全く見えないのは精神的にきついけれど、どのカーブも想定内の勾配だ。


 無事七曲りのを通過すると、箱根旧道最大の難所、猿滑の坂がやって来た。


 これはこれでなかなかキツイ。


 多摩っ子ランドの檄坂と同じくらい。しかしここまで足が売り切れている状態でこれが来るとけっこうヤバイ。


 俺はなんとかダンシングとシッティングでやり過ごす。司のやつ大丈夫か?そんなことを思いながら俺は黙々と前を引く。


「神児君、きつかったら、おじさんが前ひこうか?」


「大丈夫です、このままいきましょう」


 確かこれを越えるとほぼほぼあとは平たんになるはずだ。


 猿滑の坂を越えると、いきなり見晴らしがよくなった。やはりここが一番の難所だったんだ。


 あとは脚を休ませるために、ゆっくりと自転車を走らせる。


 時計を見ると17:45分、メーターを見ると100㌔に達していた。


 俺とおじさんは自販機の前に止まって司を待つ。


 すると10分ほど遅れて司がやって来た。


「わりー神児」と司。


「大丈夫かお前」と俺


「なんとかー、でも、足着いちまったよー」と司。


「大丈夫、大丈夫」おじさんはそう言うと、自販機で買ったマックスジョージアを司に渡す。


 グビグビと飲みながら一休み。


「とりあえずこの後は当分登り坂は無いから」とおじさん。


「とりあえずってどのくらい?」と司。


「うーん、とりあえず100㌔くらい」


 思わず顔を引きつらせる司。そうなのだ。とりあえず我々はあと少なく見積もっても450㌔は走らなくてはならないのだ。


 甘々のマックスジョージアを飲み終えると、西日差す芦ノ湖湖畔をゆっくりと流す。


 そしてコンビニに入り2度目の補給をしようと思ったら、そこには見慣れた司の家のアルファードが止まっていた。


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663965709374

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