第88話 キャノンボール その1
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俺たちは多摩っ子ランド前駅で自転車にまたがり、みんながクラブに行くバスに乗るのを待っていた。
最近はクラブに行くのに俺と司はいつも自転車を使っている。そして、多摩っ子ランドの坂道を登る時にみんなが乗っているバスと競争をしていたのだ。
その際、クラブのみんながバスの中から俺たちを応援してくれるのだが……最近はどんどんとエスカレートしていって、ついに今日はこれだ。
バスの中からラジカセで「恋はヒメヒメぺったんこ」を大音量で掛け、みんなで歌っている。道行く人たちが、ジロジロと俺たちを見る。
やめてください恥ずかしい。
すると、「じゃあ、出発するからついてきなさーい」と遥。お前もか……
俺たちはバスの後ろに付いて行くと、すぐに斜度15%の多摩っ子ランド坂の檄坂が……と、それに合わせて翔太たちの「恋はヒメヒメぺったんこ」に合わせてダンシングで駆け上がっていく。
アレ、この歌、なんか、ヒルクライムに合ってるかも……
横を見ると司もヒメヒメ言いながら、トリプルクランクでシャカシャカ駆け上っている。
小野田君ばりのハイケイデンスだ。
すると、登り坂が終わり、多摩っ子ランド手前の平坦なストレート。幸いなことに対向車は全くない。
俺たちはギアをアウターに掛けると反対側車線に出て、そのままゴール前のマクリを決める。
「いっけー」とバスの中からみんなの声援が聞こえる。
そして俺たちは今日初めて、ゴールである多摩っ子ランド前信号にバスより先着した。
「おおおおおー」と後ろから喝采が沸き起こる。
頭の中でラブヒメのサビがエンドレスで繰り返させる。
酸欠の頭をクラクラさせながら、そういや、今日ってこの後、練習試合あるんだよな……そんなことを考えていた。
「おう、お疲れー、やったなー」と健斗が声を掛けてきた。
今は練習前のアップの時間。ビクトリーズの面々はそれぞれに練習に備えてアップを始めている。
柔軟をやっているものもいれば、リフティングで体を温めているものもいる。
俺たちは何をしているかだって?もちろん天然芝の上で大の字になって休んでいるところだ。やばい、試合開始までに体力が回復してるかな……
「すげーなー、バスに勝っちゃったじゃん」と健斗。
「おかげさまで」と俺。「やっと勝てたよ」と司。
「おまえら、あんまり無茶すんなよー」と監督。
「あ、どーも」
「ところで、随分と優雅なゴールデンウイークだったそうな」と健斗。
「えっ、なに?」と司。
「なんか、旅行行ってたんだって?先週、クラブ来てなかったじゃん」と健斗。
「そうだよー、神児君達居なくって、練習、つまんなかったよー」と翔太。
まあ、クラブ生はほぼほぼクラブ優先で生活してるのだが、中には俺たちのように家族のスケジュールを優先させる人もいる。
それぞれが自由ってわけだ。まだリーグ戦も始まってないし。
「ああ、わりー、大阪行ってたんで、お土産もってきたから」と司。
「おおー、なんか、わりーな、いいとこ行ってんじゃん、大阪かー」と健斗。
「ええ、なになに、大阪行ってたの?何しに、何しに、USJ、USJ行ってたの?」と目をキラキラさせて翔太。
「あー、USJは行きそびれたな~」と司。
「じゃあ、どこ行ったんだよ?難波花月?大阪城?」と虎太郎。
「いやー、そこらへんも、行ってないなー」と俺。
「じゃあ、いったい何しに行ったんだよ、わざわざ大阪まで」と健斗。
「自転車乗りに」と俺と司。
「………………はっ?大阪まで自転車で行ったのかよ!!バッカでー」と健斗。
「だいたい、大阪まで自転車なんかで行ったら、それだけでゴールデンウィーク終わっちまうだろうが」
「あー、帰りは新幹線使ったから大丈夫」と俺。
「新幹線使ったって、大体何日かけて大阪まで行ってんだよ、お前ら」
「1日」と俺。
「正確には23時間48分」と司。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
その場にいた誰もが言葉を失った。
…………一週間ほど前、
俺たちは、例の司の親父さんの秘密基地で自転車の整備に勤しんでいた。
明日からゴールデンウィークが始まる。まあ、予定と言っても、クラブでサッカーするか部活でサッカーするかどっちかなんだけれどな。
「つまらん」と司。
「まあ、そういうなって」と俺。
「そもそも前の世界だって、夏休みも正月もなく俺たちはサッカーに打ち込んでたんだ。少しくらい息を抜いたってバチ当たらんだろう」とスポークを拭き拭き司。
「そもそも、どこ行こうってんだよ。ゴールデンウィークなんてどこ行ったって人込みばっかだろう」
「そうなんだよなー。まあ、せいぜい、自転車で江の島くらいかー?」と司。
「それこそ、しょっちゅう行ってるだろが」と俺。
「じゃあ、また、サッカー三昧かなー」と司はゴロンと横になる。
すると、そこにおじさんがやって来た。
「やあ、神児君、いらっしゃい」とおじさん。
「おじゃましてます」と俺。
「なあ、親父ー、ゴールデンウィークどっか連れてってよー」と司。
「どっかって、どこ行きたい、司?」
「うーん……」と考え込む司と俺。
そもそもディズニーなんかは既にチケットは売り切れてるし、映画だってどこも満杯だ。そう考えると近所の河原でバーベキューか自転車でどこかに行くか。
というか、日常的に奥多摩やら江の島やら自転車で行っている俺達には、どこかにお出かけと言っても、どれもこれもピンとこない。
かといってGWの大渋滞に巻き込まれるのもうんざりだし…………
すると、おじさん、
「じゃあ、大阪とか行っちゃう?」と。
「えっ、マジ、親父、大阪、連れてってくれんの」と司。
「まあ、お前らがよければだけれど……」とおじさん。
「行くに決まってんじゃーん」と司。
あのー、僕もご相伴させてもらってもよろしいんですか?と心の中で俺。
「まあ、自転車で行くんだけれど……」
「………………………」
「………………………」
すると、おじさんはご自慢のiPhone 3GSをピコピコピコ。
iPhoneの画面には「キャノンボール」の文字が。
ルールを見ると、
・スタート 日本橋(東京)-ゴール 梅田新道(大阪市道路元標)(554㌔メートル)、逆ルートでも可。
・主催者:自分
・出走者:自分
・開催時期:自分の都合で年中
・エイドステーション:なし
・伴走、サポート:なし
・発着地での見送りや出迎えも自由ですが、道中はソロが基本です。
・24時間以内での走破は達成、24時間を過ぎてしまうと完走。
開いた口が塞がらない俺達。
「ってか、伴走禁止じゃーん」と司。
「まあ、今回は試走をしようと思ってたからさ」とおじさん。
「国道一号線を走破するんですね」と俺。
「うん、何度か挑戦してるんだけれど、なかなか達成できないんだよねー」とおじさん。
「やったことあんのかよ」と司。
おじさんのiPhoneをまじまじと見る俺達。
「どうするー」とおじさん。
「大阪かー」と司。
「気が向いたらUSJでもどこでも連れてってやるぞー」
「うーん…………」
「それに、参考記録だけれど、最年少キャノンボーラーの称号も得られるぞ」
「うーん…………」
「自転車乗りとしても箔が着くし」
「……………………」
「……………………」
俺たちはその日の夜から、夜間走行の練習に取り掛かった。
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