第90話 キャノンボール その3

 俺たちは司んちのアルファードの横に自転車を止めると、中から、司のおばさんと遥、そして弥生となんとうちのとーちゃんもいた。


「えっ、何しに来たの?」と俺


「応援だよ、神児」と父さん。


「何しに来たのは無いでしょ、何しには」と遥。


「すまないな、美穂子」とおばさんに頭を下げるおじさん。


「神児君、お疲れ様」そういって弥生は俺にポカリを渡してくる。


「あっ、サンキュー」


 とりあえず、俺たちはその場で一休み。



「まったく、暇だったから、あんたんちに遊びに行ったら自転車で乗りに行ってるって。まあ、それはいつもの事だからいいとして、今日はどこですかって聞いたら、「大阪」って、あんたら、馬鹿なの?」と遥。


「どうもすみません」と俺と司とおじさん。


「まあ、暇だったから、芦ノ湖で遊べたからよかったんだけどね」


「あの、父さんは?」


「まあ、北里さんから事前に自転車で大阪に行くことは聞いてたんだけど、司君のお母さんがどうしても心配だから車で付いて行くけれどどうしますか?って聞いてきたので、私も一緒に付いて行くことにしたんだ」と父さん。「まあ、こんなことなかなかできることじゃないから、頑張りなさい」そういって肩をポンポンと叩いてくれた。


「というわけで、私達も大阪に行きます。キャノンボールだかドラゴンボールだか、なんだか分かんないけれど、そんな中学生を連れて夜も走りっぱなしなんて心配でおちおち家にいられないわ。規定とか知らないけれど、しっかりサポートさせてもらいますからね」と司の母ちゃん。


「なんか、すまないなー」とおじさん。


「えーっと弥生は大丈夫なの?」


「うん、遥ちゃんと司君のお母さんが訳を話してくれて、それなら応援行ってきなさいって言ってくれたの」と弥生。


「なんか、ごめんな、せっかくのゴールデンウィーク」


「ううん、全然。遥ちゃんが、向こう行ったらUSJ一緒に行こうって言ってくれたから、ちょっと楽しみなんだ」


「あっ、なるほど。」


「よかったら、神児君や司君も一緒に行こうね」と弥生


「うん」と俺。まあ、向こうについて体力が残っていたらだけれど。


「というわけで、私達は車の中から応援してますんで、気を付けて行ってらっしゃいね、司」と遥。


「とりあえず、私達、この後、温泉に入ってから高速で追いかけますんで、メール入れておいてください」と司の母ちゃん。


「えっ、すぐ後ろついてきてくれるわけじゃないんだ」とおじさん。


「なに、甘えたこと言ってんの、あんた。あんたが好きなことするんだったら、私達も好きなことをやらしてもらいます」と司の母ちゃん。


「箱根の温泉、楽しみだったんだー」と遥。


「なんか、すみませんね、私まで」と親父。


「ほんと、無理しないでね」と弥生。


「とりあえず、ツイッターはチェックしてますんで、ちゃんとつぶやいておいてくださいね」と司の母ちゃん。



 そんな感じでキャノンボールのルールからどんどん外れて行ってしまったけれど、とりあえず、心強い援軍もついた。


「じゃあ、これから下りだけれど、スピード出し過ぎないようにな」とおじさん。


 時計を見るとちょうど18:00。まだ辺りはうっすらと日が差していた。


 できたら日没の18:30までに下りきりたい。


 しかし、ゴールデンウイーク真っ最中とあって車もそこそこ走っている。


 もっとも流れに乗ってしまえば下りで40㌔前後で走るロードバイクは、車道のど真ん中を走っても、前後の車には邪魔にはならない。


 念のためテールライトとフロントライトは点灯させ、俺たち三人は夜間工事の人たちがよく身に付けている、蛍光反射ジャケットを着て一気に東海道を下って行った。


 沼津駅について時計を見ると18:50分、あたりはまだうっすらと明るかった。


 メーターを見ると130㌔。まだまだ足は余っている。



「ちくしょー、遥たち、今頃のんきに温泉入ってるんだろうなー」


「まあ、愚痴るな、愚痴るな、俺達も明日の今頃はのんびり温泉に浸かっているさ」とおじさん。


 できたら、ホテルのベッドでくたばる前に温泉に入ってから眠りたいなーと思った。えーっとおじさん、泊まる予定のホテルには大浴場があるのですか?


「とりあえず、最大の難所は終わったんで、この後は、当分平地だぞ」とおじさん。


「やったー」と力なく喜ぶ司。


「それに今日は満月とはいかないまでも、月がしっかりと出ている」


 おじさんにそう言われて、東の空を見上げると9割がた真ん丸のお月さんが浮かび上がっている。


「月があると無いとじゃぜんぜん違うからな」とおじさん。「あとは、向かい風にならないことを祈るばかりだ」


「結構、向かい風なんですか?」と俺。平地はずーっとおじさんが引いてくれていたからそんなに気が付かなかったけれど、こうして意識するとそこそこ風が吹いている。


「まあ、そんなに向かい風ではないぞ。むしろ、この時期にしては好コンディションだ」


「じゃあ、風が変わらないうちに出発するか」と司。


 そうして俺たちはペダルを漕ぎ始めた。



 キャノンボールを挑戦すると決めてから、いろいろな人の体験談をネットで読んでみたが、みんながみんなってくらいに「静岡県が長かった」と言っている。


 試しに距離を測ってみたら、なんと静岡県の区間は200㌔近くある。そりゃそうか、箱根峠から浜松湖の先まで静岡県なんだから。時速25㌔平均で行っても8時間か、長い分けだ。ともかくこれから夜間走行に入る。


 おじさん達と何度か走ってみたけれど、日中に走るのに比べて、精神的に疲れてくる。月が出ているのがせめてもの救いだが、俺たちは機械のようにおじさんに引っ張られながら東海道を西へと向かう。


 浜風に吹かれながら新富士川橋を渡る。時計は19:40分、辺りはすっかり暗くなった。メーターを見ると150㌔を超えていた。

 

 それからしばらくの間は、延々におじさんの後を付いて走り続ける。おじさん、俺、司。誰も何も話すことなくただ、ひたすら、ペダルを漕ぎ続ける。


 幸い車も少なくなってきて順調に進んでいる。すると、おじさんのiPhoneが鳴った。


 俺たちは一旦停止して水分を補給する。


「うん、うん、ありがとう、分かった」


 おじさんが何やら話している。きっとこの後の合流地点を打ち合わせているのだろう。


 おじさんが、通話を切ると、「司、神児君、この後、大井川を渡ったところでみんなと合流する。この先、ちょっとした峠があるんだけれど、夜間走行は危ないんで、先導してくれるみたいだ」とおじさん。


「また峠があるのー」と泣きそうな司。


「まあ、峠と言っても100mくらいだ」とおじさん。


「しょっちゅう多摩っ子らんどの山を登ってるじゃんか、大したことないって」と俺。


「わかったよー」としぶしぶ司。


 そんなわけで、俺たちは島田金谷ICの近くのコンビニで遥たちと合流することになった。



 時計を見ると22:30分。いつもだったら布団に入っている時間だ。俺たちは島田金谷IC近くのコンビニの駐車場で待ちながら栄養補給と水分補給。


 しばらくすると見慣れたアルファードがやって来た。


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663965909536


「はーい、お疲れー」と肌をツルツルにした遥が降りてた。


「いやー、さすがに天下の名湯と言われるだけあるわね。つるっつるよ、つるっつる」とほっぺをテカテカにしながら満足そうに遥。


 はい、よござんしたねー。


「あとねー、お料理がおいしくってねー」


「はい、お刺身もお肉もとってもおいしかったです」と弥生。


「悪いなー、神児、お父さんだけこんな贅沢して」と肌をテカテカにした親父。


「というわけで、はい、差し入れ」


 そういうとおばさんは、お皿の上に盛ったおにぎりを出してくれた。


「おおおーーありがてー」と司。


「うわ、うまそうだー」とおじさん。


「ありがとうございます」と俺。


 俺たちは両手におにぎりを持ちむしゃぶりつく。


「すっぺー」と司。


 普段はあんまり食べないのだが、梅干しのお握りの酸味が体中に染み渡っていく。


「ホテルのコックさんにお願いして、ご飯と梅干分けてもらって、私達が握ったんだからありがたく食べなさいよね」と遥。


 ってことは、おばさんだけじゃなくって、遥や弥生も握ってくれたんだ。


「サンキュー遥」と司。


「ありがとう、弥生」と俺。


「それから、これも」と言って魔法瓶に入っていたみそ汁を俺たちに配る。


「うっめー」と司が感激している。


「そうそう、あんまり食べ過ぎないでね。この後、峠を越えるんでしょ」と遥。


「あ、ああー」と三つ目のお握りに伸ばした手を引っ込める司。


「この後も、差し入れに来るから、安心しなさい。じゃあ、おばさん、一息ついたらお願いします」と遥。


「じゃあ、あなたに送られたナビ通りに車を走らせればいいのね」とおばさん。


 見るとおばさんの手にもiPhoneが。


「ああ、データー送っといたから、その通りに走ってくれ。で、金谷駅北の信号で待っていてくれ」


「わかりました」

 おばさんはそう言うと、車を出した。


「じゃあ、我々も行くか」

 俺たちは車の後を付いて走り出した。


 すると、ものの10分も走らないうちに、金谷駅北の信号が。


 先に言ったおばさんがハザートランプを点けて待っていてくれた。


 確かに夜にこの道を自転車で走るにはおっかない。


 今日は幸いにお月様が出ているが、これ、正式なルールだと本当に一人で走り切らなきゃならないの?


 俺には到底無理だと思った。


 俺たちはハザードを付けながら走るアルファードの後ろに付く。


 幸い夜の10時過ぎにこの道を通る車も皆無らしく、そのまま順調に峠道に差し掛かる。


「司ーどうするー、休憩入れるー?」と窓を開けて遥が言う。


「サンキュー大丈夫、そのまま行ってー」と司。


「神児君、ガンバー」と弥生。


「神児、頑張れよー」と親父。


 俺は右手を突き上げみんなの応援にこたえる。時計を見ると23:00を過ぎていた。メーターの距離は225㌔。


 これまで、何度か300㌔は走ったことがあるが、1000mを超える峠を越えた後、そのまま夜間走行に入ったことは無かった。


 深夜の峠道をアルファードのハザードランプを頼りに俺たちは自転車を走らせる。


 本当にこれ単独で走り切らなければならないのか?俺はキャノンボールを走り切った全ての自転車乗りに対し心から尊敬する。


 

 峠を過ぎると掛川駅に着いた。


 そこからは市街地にはいる。さすがにハザードを付けながらの先導は無理なので、司の母ちゃんが運転するアルファードは、10㌔ほど先行して俺たちを待つの繰り返しをする。


 そのたびに俺たちの体調を聞いてきてくれる。


 天竜川を越える頃には時計は0:00を回っていた。


 浜松湖を午前1:00に通過する。一応、ぎり、24時間以内のペースで走り続けている。


 アルファードの中を見ると、遥も弥生もタオルケットにくるまり夢の中。


 二人の寝顔に勇気をもらいながら、いつまでたっても終わらない静岡エリアを延々に走り続ける。


 静岡なげーよ!!


 すると、おじさんから、「愛知に入ったぞー」と。


「じゃあ、そろそろ、名古屋ー?」と司。


「いや、名古屋まであと80㌔とおじさん」


「ピー」と訳の分からん叫び声をあげる司。


 80㌔っていったら、あと3時間か。すると目の前にハザードランプの付いたアルファードが。


 砂漠でオアシスを見つけた旅人の気持ちで俺たちは休憩に入った。

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