第82話 和田峠ヒルクライム その2

「おーい、大丈夫かー」とおじさん。


「はい、どうにか」そう言いつつも俺は草むらの上で相変わらず大の字。

 よく見ると、頂上付近の峠の山小屋の付近は奇麗に芝生が植わっていた。単なる草むらじゃないんだ。俺はそう思うと、そのまま心置きなく大の字になったまま。


「神児君、時計止めた?」とおじさん。


 ああ、タイム計ってたんだ。とその時思いだした。というか、腕を上げるだけでも億劫だ。


「すいません、忘れてましたー」と俺。


「うーん、残念。おじさんが22分30秒だったから、もしかして神児君20分切ったかもよ」


「あー、どうですかねー。ってか、奥多摩よりもキツイって意味分かりましたー」と俺。


「いやいや、立派よ。初めて走るのに足を着かないで、しかも平均よりも速いって」そういっておじさんは俺の自転車からボトルを取る。


「おや、そのエビアンどうしたの?」


「いや、先に頂上にいたおじさんがくれました」と俺。


「あー、おごってあげたくなるくらいのラストスパートだったんだねー」とおじさん。


「ところで、司はどうなんですかねー」と俺。


「うーん、無理だったら携帯に連絡しろって言ってるから大丈夫だろ」とおじさん。


 ようやく体力が回復した俺はどうにか起き上がり自転車をベンチの横に立てかける。


「すいません、自転車、横に置いてしまって」


「ああ、大丈夫、大丈夫、気にしないで。それよりも下り気を付けなよ。路面が濡れてるから」「ああ、ハイ」


 と、その時、「オーイ」と司の声が遠くから聞こえてきた。


 しばらくすると、カーブの陰から司が見えた。


 顔を真っ赤にして足をシャカシャカ回しながらえっちらおっちらやって来る。


 あれだけ足回しても、トリプルクランクのファイナルギアだとあの程度しかスピードが出ないんだ。


 いや、一生懸命頑張ってるのは分かるんだけれど、なんか昔のアスキーアートを思い出し、思わず吹き出してしまった。すまんな司。


 おじさんを見るとどうやら俺と同じ考えのようだ。そこにはこの東京最難関の和田峠を登り切った息子を見る目ではなく、何か愛玩動物でも見るかのような表情だ。


 もっとも司はそんなことに気が付くほど余裕があるわけではなく、どうにか俺たちのところまで来ると、そこが芝生だと分かったのだろう。


 ペダルをはめたままゴロンと自転車ごと横になった。転んだってわけじゃないよな。


 司はそのまま口をパクパク開けながら、「水、酸素、水、酸素」とつぶやいている。


 残念ながら司の大好きな酸素缶はここにはない。その代わりと言っちゃなんだが、司のバイクについているボトルを渡してやる。


 司は口を付けて飲むのもめんどくさいと言った感じで、ビニール製のボトルをギューッと押して噴水のように飛び出したバームを口で受け止める。


 ンクンクいいながらボトルにしゃぶりつく司を見ると、なんだか、哺乳瓶に吸い付く赤ちゃんのように見えてしまいニヤニヤが止まらない。


 おじさんの方を見るとどうやらおんなじことを考えているみたいだ。


 やっとひと段落着いたのか、司は寝ころんだままビンディングペダルを外すと、「足、一回もつかなかったぞー!!」と高らかにVサイン。


「おおおー」とおじさん。「すっげなー」と俺。


「ちなみにタイムは33分50秒。初めてにしては上出来だぞ司」とおじさん。


「あー、死ぬかと思った、死ぬかと思った」と司。こんなに取り乱した司を見るのは久しぶりだ。


 ヨタヨタと起き上がると、俺の自転車の隣に司も自転車を立てかけてベンチの上にグテーっと横になった。


 空を見ると雲一つないいい天気。


 どこからか桜の花びらがひらひらと舞い降りてきた。




https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663956165716


「なー、親父ー、このピザトーストも頼んでいいー?」とシロノワール極み いちごづくしを食べながら司。


「いいけど、全部食べきれるのか?とおじさん」


「大丈夫、大丈夫、食べきれなかったらテイクアウトすれば」と初めて来たはずのコメダ珈琲なのに妙に詳しい司。


 ってかお前、まだ、ダイエット中なんだろ、そんなに食ったらまた太るぞ。


「神児君は大丈夫かな?」とおじさん。


「シロノワールだけじゃ腹いっぱいにならないだろ。味噌カツパンでも頼め、そして俺と交換こしようぜ」と司。


 おまえが単に味噌カツパン食べたいだけだろ。前の世界と同じことをしてるな。


「ってか、たまごサンドをピザトーストにするって、これノーベル賞もんだろ!!」と司。


 そういいながら「たっぷりたまごのピザトースト」をもふもふ食べながらアイスコーヒーで流し込む司。


 前の世界でも、お前それ好きだったからなー。俺は味噌カツパンをかぶりつきながら思う。


「交換交換」


 司はそう言いながら、自分のビザトーストを味噌カツパンを交換する。


 って、おい、お前なんで、味噌カツパンを三切れ中、二切れ持っていくんだよ、デブ!!しかも真ん中!!


 すると、おじさんが自分のエビカツパンを一切れくれた。

 なんかどうもすみません。


「あ、ずりー、神児、俺にも一切れくれ親父」と司。


 だから太るぞ、デブ!!


 時計を見るとまだ9時半。


 一日の予定全て終わったような気がしたけれど、今日、この後、ビクトリーズの練習があるんですよねー。我々。


 すると、司。おじさんから分捕ったエビカツパンをむしゃむしゃ食べながら、「なあー、神児ー、今日の練習、よかったら自転車で行かねー?」と司。


 おお、ナイスアイデア上司。


「でも、荷物はー」


「ユニフォーム着て自転車乗っちゃえばいいじゃん。あと、ボールなんか向こうで借りれば」


「なるほど!!」


「今日、おじさん休みだから車で連れてってあげようと思ったんだけど、どうする?」


 うーん、魅力的なご提案ですけど、今日日曜日だから、多摩っ子ランド周辺、道が混んでるんだよなー。


「ありがとう、親父、でも、今日は自転車で行ってみるよ。今日休みだからきっと道混んでそうだし」と司。


 だよなー。渋滞にはまると1時間半かかるんだよなー。家から多摩っ子ランドまで。

 

 というわけで、午後も自転車で多摩っ子ランドに行くことになったのだ。

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