第83話 U-14 その1

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「忘れ物無い?」と遥。


「大丈夫、大丈夫」と司。


「よかったら、スパイクくらい持っていくわよ」


「平気、平気、これも練習だから」と俺は荷物が一式入ったリュックをポンポン叩く。野球と違ってサッカーだったら、スパイクとユニフォームがあればどうにかなる。


「気を付けてねー」と司の母ちゃん。


「じゃあ行ってきまーす」と俺と司。


 こんな感じで今日は自転車で多摩っ子ランドに行くことになった。


 ちなみに遥は最寄りの駅までおじさんが車で送ってくれるそうだ。



 俺たちは甲州街道に出ると多摩川を目指して走る。


 途中、高倉町の信号で国道20号に入る。数年前に日野バイパスができて、甲州街道と国道20号が分かれたのだ。


 そしてそのまましばらく走ると、石田大橋に出る。そこまで来たらあとは簡単。


 そのまま一気に多摩サイ沿いを走り多摩っ子ランドを一路目指す。


 是政橋を渡って川崎街道に出ると、そのまま道沿いにしばらく走ると多摩っ子ランド駅に着いた。


 ここまでの時間40分。アレッ、こんなあっさり着いちゃっていいの?


 しかし最後の難関、多摩っ子ランドの激坂が待ち受けている。うんざりした顔で観覧車を見上げる司。


「これ、どんくらいあると思う?」


「うーん、まあ、100mは無いんじゃないの?」


「はぁー」と深いため息をつく司。まあ、朝走った和田峠の五分の一くらいだドンマイ。切り替えていこう。


 すると、「あれー、司君に神児君じゃーん」と翔太。

 

 ちょうど駅から出てきたところだ。後ろにはビクトリーズのメンバーが何人もいる。


「おう」と俺、「やあ」と司。


「えー、かっこいー、それ、いつも言ってる自転車なの?」と司や俺の自転車をしげしげとみる翔太。


「ああ、今日はこれで家から来たんだ」と司。


「おー、最近自転車ばっかり乗ってるんで、自転車選手にでもなるのかと思った」と健斗もやってきた。


「よう、健斗」と司。


「えっ、なに?今日はチャリンコでやってきたのか?物好きだなー」と健斗。


「まあな、けど、びっくり、40分でこれちゃった」


「マジっか、はえーな、このチャリ」


 チャリンコというなロードバイクと言え。


「俺も、今度から自転車で来ようかなー」と健斗も俺や司の自転車をしげしげとみる。


「ってか、こういうのって高いんだろう」と健斗。


「うーん、よくわかんないなー、司のおじさんから借りてるやつだから」ととぼける。


 まさか、50万円からするロードバイクだなんてちょっと言いずらい。


 すると、司も、「ああ、俺も、親父が乗らないやつを借りてるからなー、ちょっとわかんないなー」と、先日、ホイール含め、この自転車も40万円以上することが判明した司も口を濁す。


 健斗は目をキラキラさせながら、「あのさー、ちょっとこれ、またがらせてもらってもいいかな?」と司に、


「おう、ちょっとくらい乗ってもいいぞ、でも、ビンディングだから気をつけろよ」と司。


「なんじゃい、そのびんじんぐとやらは」


「固定式のペダルね」司はそういうと足首をひねってパキッとシューズからペダルを外す。


「おー、すっげーなー、それ、専用のスパイクなのか?」


「ああ、スキーやスノボーみたいに固定するんよ」と司。そういって健斗に自分の自転車を差し出す。


「うわっ、軽っ!!」そういって司のCAAD9を上げ下げする健斗。


 軽量ホイールとパーツのおかげで、アルミ車だというのに7キロ台前半までもっていってる司の父ちゃんご自慢のスペシャルバイク。ってことは、いったい例のコルナゴフェラーリーは何キロなのやら。


「僕も持つ、持つー」と翔太。


 どうやら自転車乗りは自分の自転車の軽さをことあるごとに人に自慢したくなるみたいだ。


「おう、神児、お前のもちょっと持たせてみろよ」と健斗。


「俺のは鉄でできてるから、司のよりは重いぞ」と健斗に渡す。


「いやいやいやいや、軽い、軽い。俺のママチャリの半分くらいじゃねーの!?!?」


 なんかそういわれると、ちょっと嬉しいのはなんでだろう。


 そんなことを駅前ロータリーでわちゃわちゃやっていたら、


「あんたら何やってんのよ」と遥。


「おー遥、どうよ、電車より早く着いたぞ」と司。


「ほんと早いわね。今度から私も自転車で来ようかしら?」と目を真ん丸に。


「えー、遥も自転車持ってるのかよ」と健斗。


「まあねー。この前司たちと江の島行ってきたわよ」となぜかVサインの遥さん。


「すげーな、江の島まで行けんのかよ、コレ」そういってしげしげ見る。


「ってか、あんまりのんびりしてると、バス乗り遅れるわよ」と遥。


「おおっと、やべっ」と健斗。


「じゃあ、後でねー」と翔太。


「坂、頑張ってねー」と遥。


 ほかのビクトリーズのメンバーもバスに乗って行ってしまった。


「さぁ、追いかけるか」と俺。


「ういーっす」と司。



 …………10分後、


「司、あんた、大丈夫?」と心配そうに遥。


「神児君も大丈夫?」と翔太。


 和田峠登って余裕ぶっこいていたんだけれど、何気にここの坂もやばかった。


 最初の登りだけでも下手したら斜度15%はいってるかもしんない。


 思いもかけない最後のトラップに、俺と司は足をふらふらさせながら、クラブハウスへ向かっていった。


 最初のアップでいきなりコーチから呼ばれる俺と司。


「膝、大丈夫なの?」と木下コーチ。


「はい」と俺。「どうにか」と司。


「その割にはヨタヨタじゃん」


「ちょっと、練習前に頑張りすぎまして」と司。


「朝からちょっとトレーニングやりすぎまして……」と俺。


「ちなみに今日、どんだけ走ってきたの?」と木下コーチ。


 このコーチ、俺たちが自転車トレーニングやってるのを知っているし、自分もロードに乗っているから話が通じるのだ。


「朝一で和田峠行ってきまして」


「和田峠!!」


「俺は30分ちょっとで」とテレテレと司。


「ちなみに俺は20分切りました」と俺。


「んで、そのあと自転車でここまで来ました」と司。


「多摩っ子ランドの坂が結構エグかったです」と俺。


「はぁー」とため息をついて頭を抱え込むコーチ。「そんなんじゃ、下半身ガクガクだろ」


「……たしかに」と俺と司。


「ってか、和田峠、20分切ったの、エグいね。神児」


「あれ、そうなんですか?」と俺。


「俺でも足ついて25分くらいよ。あそこ」


「へー、じゃあ、来月あたりには俺、抜けるかな」と司。


「調子に乗んな!!ったく。まあ、いいや、とりあえずアップは十分だから少し休んどけ、ミニゲームになったら呼ぶから」と、ベンチで休むことになった俺と司。

 

 結局、ミニゲームに入っても、足腰の踏ん張りが全く効かず、なにもアピールすることなく練習は無事終了した。

 

 U-14のシーズンしょっぱなで何やってんだかと俺と司。

 

 とりあえず、練習日にロードに出るのはやめておこうと肝に銘じた。

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