第68話 ツール・ド・八王子 その2

「で、おやじー、今日はどこに行くー?」と司。


「どこか行きたいところ、あったか?」


 実はおじさん、昨日俺たちに地図を渡してくれて、


「どっか行きたいところあったら決めていいぞ」


 と言われたのだが、結局昨日は、自転車と関係のない話に終始してしまい、行きたい場所を見つけられなかった。


「いやー、どこまで行けるかとかまだ分かんないしなー」と司。


「ええ、おじさん、なんかおすすめの場所ありませんか?」と俺。


「じゃあ、江の島でも行ってみるか?」とおじさん。


「江の島!!」と司。


「湘南の江の島ですか?」と俺。


「うん、そうだよ。湘南の江の島」


「遠くないですか?」と俺。


「日暮れまでに帰ってこれるの?」と司。


 時計を見るとまだ9時前。


「羽田で往復90㌔、江の島だと往復120㌔、どうかな?」とおじさん。


「えっと、それくらいしか違わないの?」と司。


「ああ、車だと、高速で結構遠回りするからそんな感じなのかな?意外と近くよ、行く?」


「行く行く!!」と俺達。


 そんなわけで、昨日は羽田、今日は江の島に行くことになった。


 司の母さんに言ったら、「あんたらも好きねー」とあきれられてしまった。


 というわけで、江の島にレッツゴー!!ってそんなに簡単に行けるのかねー……



 と思った矢先、ピッピッピッピッピッピピピピピーと司のハートレートモニターからアラームが鳴る。


「おーい、司ー、心拍上がってる、上がってる」と心配そうにおじさん。


「んなこと言ったって、んなこと言ったって……」と司は今にも倒れそうだ。


「ギアを軽くして、ゆっくり、もっとゆっくり上りなさい」


「んなこと言ったって、んなこと言ったって……」バイクが左右にゆらゆら揺れ始める。


「ストップ、ストップ、ストップ、ストップー」おじさんはそう言って、司の横に並んで、自転車を止めた。


 走り始めてほんの20分でいきなり司がストップ。早すぎるだろ。オイ!!


 八王子市を出るどころか、一旦、日野市に迂回して八王子に再び入る前に足が止まった司。


 平山城址公園の丘は司には高すぎたのだ……って、お前、どの口が一番坂って言ってるんだよ!!


 堀之内第三トンネル手前でぜーはーぜーはー言ってる司。


 ちなみに司の心拍計を見ると180を超えている。ゾーン5に入りそうじゃないか!!


「あー、きついかー、司ー」と心配そうなおじさん。


「ちょっと、休めば大丈夫、ちょっと休めば」と言ってバームをごきゅごきゅ飲む司。


 俺は別にそうでもないんだけれどなーと心拍計を見ると、まだ150にもいってなかった。


 なるほどね、俺はゾーン3のトレーニングだ。このくらいの強度で練習すると心臓や肺が鍛えられるんだね。


「もう、100mくらい登ったかな?」と司。


 すると、おじさんは、自分の心拍計をピッピと押して、うーん、獲得高度50m、半分だな司」と。


「えっ、それ、登った高さも分かるんですか?」と俺。


「ああ、この心拍計、気圧計も入ってるから標高がわかるんだよ」


「すげー」と俺と司。


「ちなみにそれいくらしたんだよ、親父」と司。


 気まずそうにおじさんは指を4本立てた。


 高っけーなー、オイ!!!


 ちなみにおじさんの心拍数を見ると、おおー、まだ140台、やっぱ自転車乗ってると違うんだなー。


「がんばれ、司、今日のコース、実はここの坂が一番きついから、これよりもきつい坂はもうないぞ」と司を励ますおじさん。


 司は「わかったー」と言いながら、ヘロヘロと自転車をこぎ出した。


 トンネルを通って、そのまま坂を下る。


「路面が凍ってるかもしれないから、ゆっくりなー」とおじさん。


 俺たちは慎重にトンネルの中を走ると、そのまま下り続けるかと思ったら、京王堀之内の駅のガードをくぐるとまた登り、


「またですかー」と泣き声の司。まあ、でも、さっきの坂に比べたらまだましだ。


 片側2車線の広い車道の坂道を登りきると、おや、まあ、なんか、絶好のサイクリングロードが……


「なんか、この道いいっすねー」と俺。


「うん、この道、50年前の東京オリンピックの時のコースで多摩尾根幹道っていうんだ」


「へー、オリンピックですか!!」俺が感動している傍らで、司はバームをゴキュゴキュ飲んでいた。無くなるぞ、まだ、十分の一も走ってねーのに!!


 しかし、その後は、拍子抜けするくらい真っ平な道が続く。


 そして、またもや河川敷のサイクリングロードに出ると今度は信号も無い。


「この道はねー、境川サイクリングロードといって、江の島の手前まで続くんだ」とおじさん。


「マジっすか!?!?」と俺。


「なんだ、ほんとに一本道じゃん」と司。


 きれいに舗装されたサイクリングロードをのんびり走る。


 お日様も照り始めてきて、真冬の割にはぽかぽかと体もあったまってきた。


「本当にこれ、まっすぐ走ると江の島にでるの?」と司。


「いやー、出ちゃうんだよねー」とおじさん。


 俺たちは収穫の終わった田んぼの中をひたすら南下する。きっと初夏には青々とした稲が一面に生えているのだろう。


 境川サイクリングロードを道なりに1時間程走ったところで、おじさんが「ちょっと休憩ー」と言った。すぐ先には大きな鉄橋が掛かっている。


 するとおじさん、「お前ら、そこに立ってちょっと待ってみ」そう言ってiPhoneを構える。


 一瞬、何だろ、と思ってたら、すぐに、フォーンと爆音がする。みると新幹線がやって来た。


 ああ、これ、新幹線の鉄橋だったんだ。


 おじさんは新幹線を背景にパチリ。そしてその写真を俺たちに見せてくれた。Vサインをする俺と司の後ろに新幹線。うん、いい写真だ。


 撮れたおじさんも満足げに笑っている。


「さっ、行こうか?」おじさんはご機嫌に自転車にまたがる。


 その様子を嬉しそうに見つめる司。



 前の世界では、すれ違ったままの司とおじさん。なあ、司、俺たちは少しくらい親孝行ができたのかな?と思った。


 おじさん、司、俺の並びで自転車を走らせる。すると、お昼過ぎに本当に江の島についてしまったんだ。


 やっぱ、羽田と違って海が見えた瞬間の達成感は半端なかった。


 ほら、羽田って海とはいえ、なんか、川の終点って感じがしてたのに対して、こっちは、見通しの良い場所に出た瞬間、目の前に広がる海、そして海岸。


 視線を先に移すと、江の島。なんか、感動しちゃった。


 お正月で江の島の周りには人がごった返している。そして俺たちみたいな自転車乗りもたくさん来ていた。なんかお祭りみたくなってんだ。


 するとおじさんが「こっち、こっちー」とラーメン屋の前で手招きをする。


 俺たちはおじさんの後を付いていくとそのラーメン屋さんに入った。


「お昼ご飯食べよう」とおじさん。


「どうも、ごちそうさまです」と俺。


「親父、何がおすすめ」と司。


「おじさんはいつも江の島に来るとこのお店でサンマー麺とシラス丼セットを食べるんだ」とニコニコで答える。


「サンマー麺!?!?」サンマが入ったラーメンですか?と俺。


「いやいやいやいや」おじさんはそう言うと、サンマー麺の写真が載ったメニューを俺たちに見せる。


 するとそこにはおいしそうなあんかけの乗ったラーメンが。あー、これ、絶対うまい奴ですやーん!!


「うまそー」と司。


 メニューにはしょうゆベースのラーメンの上に熱々の白い野菜あんかけが乗っている。冷えた体にはたまらない一杯だ。


「じゃあ、それでいいかな、みんな?」とおじさん


「はい!!」と俺と司。


 正月から自転車で江の島まで来て、名物のラーメンとシラス丼。


 なかなかの有意義なお正月だ。しかもちゃんとトレーニングまでできる。


 しばらくすると、俺たちの目の前に3杯のサンマー麺がやって来た。


「やけどに注意しなさい」とおじさん。


「うん、」と俺と司。


 しょう油のスープを一杯、レンゲですする。


 …………あー、染み渡るー。醤油味の鶏がらスープ。これだけでも十分にうまい。


 俺はもう待ちきれないと言った感じで、麺をすする。「ブホッ」あまりの熱さで麺を口から出してしまった。


「汚ねーなー神児」そう言ってげらげら笑う司。


 猫舌の司は、レンゲに麺とスープとあんかけを乗せると、小さなサンマー麺をレンゲの中に作りふーふーと息を掛ける。


 十分に冷ましたのにも関わらず、司は口に入れるとハフハフ言いながら、あまりの熱さで麺を吐き出してしまったのだ。


 なんだよ、結局やっていることは同じじゃねーか。


 それを見て笑うおじさん。


 おじさんは食べなれているのか、麺を器用に持ち上げると、フーっと冷ましてから、ズルズルズルっと上手に食べた。そして、「ぶほっ」と言ってやはり麺を吐き出した。


「きったねーなー」といってゲラゲラ笑う司。


 とりあえず、作戦変更という事で、サンマーメンの次にやって来たシラス丼を先に食べることにした。うん、これも美味しい。


「もうしばらくすると、シラスの禁漁期間になっちゃうから、今のうちに腹一杯食べておきなさい」とおじさん。


 生のシラスと茹でたシラスが半々になっててとってもおいしい。生シラスのねっとりとしてちょっとほろ苦い食感とサンマーメンのスープがよく合うんだ。


 もちろん茹でたシラスもいつも俺たちが食べているようなシラスよりも全然新鮮でそして甘い。


 俺たちはシラスご飯、サンマー麺を交互に食べる。


 やっといい熱さになって来た野菜のあんかけが麺に絡まってとってもうまい。


「こんなに食べちゃって、大丈夫かな?」と司。


「大丈夫だよ、司、このまえ走った時には4000㌔カロリー消費したから食べた分はすぐに無くなっちゃうよ。それよりもちゃんと食べないと足が止まるぞ」とおじさん。


「そ、そっかなー」とおじさんのお墨付きをもらって、心置きなくサンマー麺を食べる司。


 その途端、また、ぶほっとむせる。お前ちょっとは学習しろよ。


https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663915052656



 俺たちはラーメン屋でサンマー麺とシラス丼を食って腹いっぱい……にはならず、おそるべき自転車乗りの食欲。


 その上、近所のコンビニによって、食後のデザートでミニあんパンを食べる始末。

 

 俺たちは江の島の堤防の上であんパンを食べながら、冬の海の景色を満喫する。

 

 いやー、車で何度か来たことはあったけれど、自転車でこんなにあっさりと来れるとは思わなんだ。マジびっくりです。


「これも結構定番のサイクリングコースなんだよね」とおじさん。


「なあ、親父、これから冬休みの間、いろいろ自転車のコースを教えてくれないか?」と司。


「もちろんさ、司」とおじさんもニッコリ。


 その瞬間、司の持っていたミニあんパンが何者かに奪われた。


「な、な、な、なになになに?」とビビる司


「大丈夫か司」と心配するおじさん。


 そしてその一部始終を見ていた俺。


 トンビってあんパン食うんだ、知らなかった。


 さっきから司の様子をチラチラ伺っていたトンビが気を抜いた瞬間に司の手に持っていたあんパンを狙いに来た。


 よく見ると、あちこちに「トンビに注意してください」との看板が。


 司からあんパンを奪ったトンビは、50m程先の海から出ている岩場の上でおいしそうにあんパンをついばんでた。


 まあ、食い過ぎだから取られたと思えばいいさ。それよりもケガないか?お前。


 それから俺たちは、江の島を一周すると、そのまま来た道を俺たちは帰って行った。

 

 家に着いたのは夕方の4時半。おお、ちょうど日没には間に合った。


 そして、その日も、温泉にサウナ、そして晩御飯に司の母ちゃんの特製カレー、またもや司の家で泊まることとなりました。


 なんか、この正月、ずーっとこいつと一緒だなー。

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