第53話 プレジデントがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ! その5

https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663837217419


「俺がですか?」とやっと呼吸が整ってきた司。


「ああ、守備はいいから、ポスト役になって、翔太と虎太郎にボールを回せ。もちろん、自分で決めてもいいぞ」


「えーっと、守備の時、戻らなくてもいいんですか?」


「ああ、オフサイドとられないように、必要最低限動けばいいから」と優しい言葉をもらう司。


「はい、そういう事なら」……と、


「じゃあ、練習再開な」監督がそう言うと、司は首をかしげながら、トップに上がる。


 司がトップに上がった代わりに、翔太と虎太郎が下がり気味になって、トップ下が無くなり、その代わりにサイドバックに入る。


 フォーメーションとしては3-4-2-1から3-4-3に変更って訳だ。


 司が歩いてDFライン前で手を振ってアピールする。ってか、お前、そもそもトップやったことあったっけ?


 すると、練習再開そうそう、ものは試しという事で司の足元にボールが入る。


 一斉に司からボールを奪いに来る相手DF。


 すると、司は腕でブロックしただけで相手をすっ飛ばしてしまった。

 その場で笛が鳴る。



「タイム、タイム、タイム」と監督やコーチ。


「大丈夫か、おい?」と心配されるサブチームのCB山村君。


「は、はい」と目をパチクリ。


 すると司が申し訳なさそうに、「あのー、もしかして、ヒジ入った?」と聞く。



「いや、入ってない、入ってない、いきなりなんか丸太に突かれたような感じがして……」と自分の体をキョロキョロ見る。


 どうやら、怪我はないらしい。


 司も監督に聞いてみる。


「もしかして、僕のプレー、ファウルでしたか?」


「いや、ファールじゃないけれど、山村が変な風に倒れたんで、いったん止めたんだ」


「……あ、そうですか」と司。


 とりあえず、ボールデッドにしてスローイングからやり直す。



 さて、あらためて、司の足元にボールが入る。こんな体形だけあって、スペースに走り込めだなんて無茶な要求はしない優しい仲間たち。


 マークについている選手の一瞬裏を取って、すっぽりと足元に収める。こういうところは相変わらずうめーんだよなー。見習わなくては。


 すると、無難に、翔太にフリックで流す。


 おお、おっしゃれー。


 しかし、残念なことに、シュートは枠に外れた。


 うんうん、悪くないじゃん、司。とりあえず、戦力になってるなってる。



 ……しかし、相変わらず、サブ組の攻撃の際は空気になってる司。いくら守備免除の特権をもらったと言っても、パスコースくらい切りなさいよアンタ。



 おっ、すると、またもやターンオーバー。さすが健斗、目の覚めるようなインターセプトで、今度は右サイドを経由して虎太郎に入る。


 前のスペースが空いてたからてっきりいつものように、えぐるのかと思ったら、あっさりと司にパス。


 なるほど、虎太郎も、司のプレーを見たいのだろう……とおもったら、パスをもらうそぶりを見せての股下スルー。


 おやおや、DFもつられちゃって、ドフリーの翔太の足元にいっちゃったよ。


 こういう、トリックプレイとかまあ、自分で汗をかかないプレーがうめーなー。


 で、そのままドスドスと前に詰めて、あらあら、翔太のセンターリングに合わせちゃった。


 点取ってやんの、司の奴……とりあえず、おめでとう。13歳になって、多摩っ子ランドでの初得点だよね。



 おーおーお、喜んでる、喜んでる。ってかさ、せめてゴール決めた時くらい、仲間のところまで走って行って祝って貰えよ。なにゴール前でみんなが来るのをまってるんだ、アイツ。


 しかし、たまたまラッキーで入ったと思った司のゴール。


 もうこれで打ち止めかと思ったら、この後、とんでもない展開になる。



 サブ組も負けてられぬと、必死になって反撃する。


 おまけに守備が司のせいで一人いないというアドバンテージをいかして、徹底的にボールを支配して、最後、ワンツーからきれいに崩して見事にゴール。


 まあ、サブ組と言っても、そこら辺のクラブチームなんか歯が立たないメンツだし、実際リーグ戦にもよく出ている。


 さて、今度はレギュラー組はどう出るかと思ったら、例の磯貝って司の代わりに左サイドバックに入った選手がドリブルで突っかける。


 おおおー、はえー、しかも足元上手ー。と思ったら、前にスペースがあるのに、あえて、DFのマークが付いている司に向けてロビングをあげる。


 まるで俺のボール、ちゃんと収めてみろよとメッセージが込められているかのようだ。


 すると、そのボールに合わせて、司がジャンプ……まるで、鴨川シーワールドのシャチのジャンプを見ているようだ。


 もちろんマークの付いたDFも一緒に飛ぶ。


 次の瞬間、マークについていたCBの山村君がぶっ飛ばされた。どちらかと言ったらぶつかりに行ったのは山村君の方なのに、まるで象にでもぶつかったみたいに吹っ飛んだ。あいつ大丈夫か?


 そして、司は、何事も無かったかのように胸トラップでボールを収めると、なんとGKと1対1。そりゃ、そうだよなー。マークで付いてた山村君ぶっ飛ばしちゃってんだもん。


 なんだか、状況がよくわかってない司はとりあえず、ゴールキーパーに向かってドリブルすると、カバーに入ったCBが追いつく前に、豪快にシュート。


 うっそー、入っちゃったよ。しかも司得意のインフロントに引っ掛けての外を巻いてのシュートがドスン。


 なんか、ゴール決まったのに、キョロキョロしてんな。ああ、吹っ飛ばした山村君のところに行ってなんか謝ってるわ。


 審判の方を見て……セーフのジェスチャー。どうやら自分がDFをぶっ飛ばしたプレーがファール取られたかと思ってたみたい……もういっかい、セーフのジェスチャー確認して……ばんざーい。


 もう少し、ゴールパフォーマンス考えた方がいいんじゃないか?


 ビクトリーズのみんなもなんか、キツネにつままれたような顔してる。そして司自身もおんなじ顔してる。


 どうやら、そこらへんで、みんなこの異変に気付いたみたいだ。

 

 なんと司は、今日誰からもボールを奪われていない。……うそだろ、おい。


 司もなんか、自信なさげにキョロキョロしてる。


 すると、あらあら、マークが変わったわ。もう一人の明らかに山村君よりもガタイのでっかい選手だ。


 そして、また、しばらくの間、空気となる司。敵のマークについているDFもやることなさげで暇そうだ……と思ったら、カウンター発動。


 前で残っていた司はもちろん最前列。すると、ボールを持っていた磯貝君、迷うことなく司にパス。でも、司にはしっかりとマークが付いてる。


 さあ、どうする司。と思ったら、マークで付いていたDFを腕で押しのけ、そのままターン。そしてゴリゴリとドリブル始めやがった。


 初めて見たなー、奴のこんな強引なプレー、敵のDFも何とかボールを刈り取ろうと試みてるけれど、なんつーか、体がでっかいだけあって奥行きがあるんだよなー。奴のドリブル。


 で、そのまま重戦車みたくゴリゴリ。


 と、反対側から山村君もやってきた。さすがにここまでだろうと思ったら体を当てに来る直前、腕を伸ばしてのガード。


 また吹っ飛ばされる山村君。今日は災難だな。


 一瞬、ファール??しかし審判は首を振っている。司が突き飛ばしたのではなく、司の伸ばした手に相手が突っかかって来たと判断されたみたいだ。


 おまけにマークに付いたDFを引きずりながらドリブルをしている。


 お前はラグビーでもやってるのか?


 と思ったら、またもや、インフロントに引っ掛けてのシュートでゴール。マークに付いていたDFも茫然自失の顔になってるよ。


 おまけに司は、パツパツのユニフォームを引っ張られてやぶけちゃったのか、上半身が丸裸。なんだか裸の大将見たくなっている。


 おめでとうハットトリック。


 そして、サブ側のチームはもちろんのこと、味方チームも信じられないものを見たといった顔に……しかも監督まで。


 俺は、こんなプレーをする選手、今まで見たことない……と思ったら、いた。たった一人だけ。


 そうだ!レアルのロナウドだ!!


 んっ?レアルのロナウドはこんなデブでもないし、もっとキレのあるドリブルをする選手だし、そもそも左のウイングだろって思ったそこの君。


 俺が言ってんのはCR7のクリスティアーノの方ではなく、元祖ロナウドのおデブちゃんの方だ。


 W杯通算得点の最多記録15点の偉大な記録を持つブラジルの英雄、通称フェノーメノ(超常現象)。


 いま、多摩っ子ランド天然芝サッカー場には人知を超える超常現象が起こっていた……といったら言い過ぎか。


 「交代、交代、交代ー」と味方の健斗の声がする。


 何、何、何?と言った感じの司。


 どうやら自分が交代されるのかと思ったみたいだ。しかし、交代したのはサブ組のCB。健斗は司に引きずり回されたサブ組のCBからピンクのビブスを奪い取ると、監督に確認を取る。


 こっくりと頷く監督。すると鬼のような顔で「司、今からお前のマークに付く、抜けるもんなら、抜いてみろ!!」と宣戦布告。


「おおおー」と盛り上がるビクトリーズのみんな。一人、司だけがこの状況を分かりかねているみたいだ。


 と、CBがそのままチェンジして、試合再開。


 そして相変わらず、司は空気。DFラインが上がればDFラインと一緒に。DFラインが下がればDFと下がる。


 ぽてぽてとゆっくりお散歩するおデブちゃん。さぞかし健斗も苛立たしかったことだろう。


 すると、やっとレギュラー組にボールが渡ると、空気を読んだように司の足元にボールが入る。しかも入る直前にいやらしいフェイントをかけて、一瞬で健斗の逆を突いた。


 しかし、健斗も司に振り切らることなく、しっかりと司についていき、足元にボールが入っても、前に向かせないように必死に体を寄せる……寄せる……ってあれ、寄せているのか?


 なんか、司の背中に貼り付いてわちゃわちゃと足掻いているようにしか見えない。


 そして、司はしっかりと腰を落としてがっちりとキープ。


 健斗も必死になって足を伸ばそうとするがどうしても届かない。


 そういや、確か、健斗、俺より背、低いもんなー、確か身長158cmくらい。うん、身長で10cm以上、体重に至っては……30キロ以上違うとこんなことになってしまうのか。


 しかも司の方が明らかに足元のテクニックがあるし……


「なにボケーっとみてるんだ、早く来い!!」と健斗の叫び声にどやされて、やっとボランチが司を挟みに来る。


 しかし取られない。いやらしく、足の裏を使ってボールを転がしながらキープし続ける司。


 まあ、こんなこといっちゃ失礼だけれど、こういうの象に群がる蟻のようだっていうんだよね。健斗に聞かれたら怒鳴られちゃうけど、そんな感じ。


 他のDFも取りに行きたいけれど、その途端、フリーになった翔太と虎太郎にパスが入るのは目に見えてる。


 しかも、二人ともわかっているのか、DFラインで敵と駆け引きしながら上下を繰り返す。


 こんなサッカー初めて見た。と、その時、なんと司は、ディフェンスに来たボランチの足にボールをあてて、そのリフレクションで一気に裏に抜けた。


 健斗が鬼の形相で司のボールを刈り取りに行くが、司のガードした腕が邪魔して、ギリギリで届かない。と、ペナルティーエリアに入る前に、虎太郎に絶妙のスルーパスを出す。


 あとは、虎太郎が冷静にシュートを決めた。


 すると、いったんここで監督が全員を呼び戻す。


 茫然自失の顔のまま戻ってきた健斗。


「だめです。ぜんぜん、ボール取れそうな感じがしません」と敗北宣言。珍しい。


「なにあれ、地蔵、それとも大仏?いくらぶつかってもビクともしないんですけど」とサブ組のCBの山村君。


「バケモンだ、バケモン」と司に吹っ飛ばされたもう一人のCB。


「なにこれ、俺の知っているサッカーじゃ全然ない」とサブチームのボランチの糸田君。


「すっごーい、司君、ハットトリックおめでとー」と言って司のお腹に貼り付く翔太。


「ナイスパス、司、すげーなお前」と虎太郎。


「これが……これが北里司か」と磯貝君。


 みんなからの、これじゃねーからというツッコミが聞こえてくる。


 そして……「こりゃ、プレジデントだ」と2006年のドイツワールドカップの時のロナウドを引き合いに出す大下監督。


 結局、今日の司は実労20分そこそこで3得点の1アシスト。


 ハットトリックおめっとさん。


 その後、大下監督とコーチ陣は司を囲んで「今すぐお母さんを呼んできなさい。正式にビクトリーズジュニアユースで契約するから」と事務手続きの話になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る