第54話 赤いウイアーさん その1

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 俺と司はこの後、医者に行くとの事で、ビクトリーズの練習は先に上がらせてもらった。


 そして、司のバッグにはビクトリーズジュニアの契約書一式の書類が入っている。


 大下監督から「とにかく持って帰って、そして、1日でも早く、親御さんとお話をしましょう」と言われてしまった。


「なあ、神児、俺のサッカーどうだった?」と心配そうに聞く司。外から見てどんなプレーをしていたのか気になっているみたいだ。


「簡単に言うとな、司」


「……なんだよ」と緊張した面持ち。


「幼稚園児のサッカーに中年のおっさんが紛れ込んだかのようなサッカーだ」


「……なんじゃ、そりゃ」


「わかんねーよ。でも、とにかくそう思えたの!!」


「……それって、褒めてんの」


「少なくとも、けなしては無い」



 稲木の山の夕日が司の背中に優しかった。


 ……………一週間後、司はビクトリーズジュニアユースに正式に入団した。


 あの、しかも、衝撃のデビューからたったの10日で週末のU-13関東リーグの公式戦でスタメンで使われることが決まった。


 しかも、相手は埼玉の雄、さいたまレッドデビルズだ。


 メンバー発表の際、思わず司が「本当に俺でいいんですか?」と聞いてきた。


 俺も、そう思った。こいつに前後半合わせて60分を走り切る体力なんてあるはずもない。


 でも、それ以上に、俺もみんなもこいつのプレーを実践で見てみたいと思った。怖いもの見たさって奴だ。なんかごめんな司。



 監督は言った。「交代何回でもできるから、疲れたらベンチで休んでなさい」……優しい世界。


「そういう事なら」……という訳で、北里司は、去年の6月以来、1年と4か月ぶりの実践復帰が決まった。


 背番号は9番、あの、ロナウドと一緒の背番号だ。監督もやはり意識しているのだろう。監督ロナウド好きだもんなー。


 背番号が付いた正式のユニフォームは、司のための特注のXO、うん、ムームーみたいで似合ってるぞ。



 という訳で、順位表では現在1位と2位を争っているレッドデビルとビクトリーズ。トップチームはJ創設時からの因縁の相手だ。


 もっとも、順位に関してはお互いそんなに意識はしてない。というのも、ここはU-13のカテゴリー。


 実力があったら、U-14,U-15とみんな、上のカテゴリーを狙っている。


 それにこの年代、成長の具合や選手の体調などで、選手同士の実力差などすぐにひっくり返ってしまうため、どのチームも、少しでも多くの実戦経験を積ませて、上のカテゴリーに送り出してやるという考えで育成をしている。


 ちなみに俺は相変わらず練習生。まあしょうがないよな、通っている中学校で公式戦に出てるのだから…………



 というわけで、週末の日曜日、ついに司は多摩っ子ランド天然芝サッカー場のピッチに選手として戻ってきた。


 あの、衝撃の決勝戦から1年と4か月、あの日の活躍を覚えていたものも結構いるという中、司がピッチに足を踏み入れた瞬間、ざわめきが起こった。


「えっ、大人が混ざってない?」


「わんぱく相撲だっけここ?」


「ひとり、変なのがいる」


「あれって、北里君?……いや、まさかな」


 大方、ネガティブな意見。司も薄々感じていたのか、針の筵に座ってるみたいだった。


 そして、相手チームのキャプテンの関口君も、ショックを受けてたその一人だった。


 選手同士の挨拶の時、「おまえ、去年の決勝の時にいた、北里か?」と聞いてきた。


 司はなんだか、すまなさそうに、「ええ、実は、あそこにおりまして」と、なんだか申し訳ない様子。


「俺、お前と対戦するの楽しみにしてたのに……」とあからさまに、失望した面持ち。


「なんだか、ごめんね」と本当にすまなそうに試合する前から謝る司。



 体が大きくなった分、腰が低くなったんだな。まあ、それも、いいだろう。人生なにごとも経験だ。


 というわけで、俺はのんきにスタンド観戦。秋晴れの日曜日、ここにビールがあったら完璧なのだが残念ながらまだ未成年なので、司に隠れてコーラを飲みながらの応援をする。


 横にはお重の差し入れを持った司のお母さん。と、午後から練習があるので、少し早めに来ている遥。


 うん、完璧なサニーデイだね。俺は遥に口止め代わりにキンキンに冷えたコーラを渡すと、「あら、悪いわね、神児」と共犯者をゲットです。


 ところでお母さん、お重の中身はなんですか?


 ビクトリーズは司をトップに据えた3-4-3、そして、浦和レッズもミラーゲームを意識したのか同じ3-4-3。


 お互いが、マンマークしてバッチバチにやろうって魂胆ですね。1対1のスキルを上げるもってこいです。さあ頑張ってください。

 


「神児君、おばさん、サッカーのこと、あんまし詳しくないから、よかったら、教えてね」


「任せてください、おばさん」と胸を叩く俺。ところで、コーラを飲んでいるのは司には内緒ですよ。


 スタンドにいる赤い保護者の方々からも、「ういあーれっず、ういあーれっず」の大合唱が聞こえてきます。


 ピピーッっとレッドデビルズ……めんどくさいんでレッズでいいですよね。そんなわけでレッズのキックオフで試合開始。


 

好戦的なレッズの皆さん、DFラインをガンガンに上げて、ボールを押し込んできます。


「あれ、うちの司、あんなところに一人ぽつんといるけれど、そういう作戦なの?」


 敵のDFラインに置いてけぼりを食らう司。とぼとぼとDFラインに付いてってるのが哀愁を誘う。 


「いや、あそこにいたらオフサイドですよ。お母さん」


「さぼりすぎでしょ」と遥もあきれている。


 すると、センターサークル内で、ゆっくりとゲーム状況を見守る司。


 あんた、オープニングからうちのチーム押し込まれてピンチなんだから、ちっとは戻れよ、司。


 すると、健斗の渾身のクリアで、どうにか逃げれた。


「司ー、ピンチの時くらい、戻って来い!!」と健斗に怒鳴られる司。

 

 センターサークル内で、自分を指さし、「俺が?、そこに?、戻るの?」と聞いているようだ。


 もどれよ、デブ。ピンチなんだよ、今うちのチーム。


 渋々と、ゴール前まで戻る司。


 相変わらずレッズの猛攻は続く。



 しかし、周りの選手に比べて身長では明らかに頭一つ飛び抜け、体格では二回りは優に飛び抜けている司。


 ゴール前の電信柱としているだけで、レッズの攻撃をことごとく邪魔している。


 クロスは大方司が、一人ではじき返している状況だ。


「すごいわねー、司、まるで琴欧州みたい」と目をキラキラと輝かせて司の活躍を見守る遥。


 もしかして、遥さんのツボってそこですか?



 しかし、今日はレッズのサイド攻撃がよく効いている。特にキャプテンの関口君が獅子奮迅の活躍で、ビクトリーズの右サイドをことごとく突破している……が、クロスをことごとく跳ね返す司。


 まあ、こういう、使い方もできるのだと、再発見。


 適材適所って大切だよね。


 と思ったら、普通のクロスじゃ埒が明かないってんで、ショートコーナーから崩されて、こぼれ球を関口君がシュート。


 怒涛の攻撃で前半8分、レッズの先制。


 うちのチームはいいところなし、大丈夫?


 さてと、一旦切り替えての、ビクトリーズからのキックオフ。


 翔太はサイドバックの涼君にパスをして、前に抜けるが、それを狙ってた関口君……あぶねー、健斗が何とか奪い取ってマイボールにした。


 あのままだったら、カウンター決まってたぞ、多分……



 しかし、司はまるで他人事のように、相手DFライン前で仁王立ち。いや、少しは動こうぜ、相棒。


 みると、全身から玉のような汗をかいている。


 ……どうした、司。水入りか!!


 そういや、ゴール前でディフェンス結構頑張ったもんな……ってあれでスタミナ切れ!?!?嘘だろ、オイ!!


 と、そこに、ぜんぜん優しくない健斗からの渾身の縦パス!

 トラップし損ねたら後で怒られるぞーと思ったら、ふぁさりとシルキーなタッチで絶妙の位置でトラップ。


「うまい」と思わず声が出る、未来の嫁の遥さん。やっぱ旦那の活躍はしっかり見ないとね。


 相手DFライン上にボールを落とすと、体を入れながら突進。


 すぐにCBバックが体を寄せるが、司が腕を振るった瞬間、ぶわっと体がすっ飛ばされた。


 ジュニアユースではなかなか見ないようなフィジカルコンタクト。

 

 あれっ?ここって、プレミアリーグでしたっけ?


 一瞬、審判は笛を吹こうとしたけれど、ギリギリセーフでオンプレー。


 倒されたDFが両手をあげているが、そんなの関係ねぇーとばかりのペナルティーエリア外からの渾身のインフロントキック。


 するとボールは糸を引きながらゴール右隅の神コースにゴラッソ、多摩っ子ランド天然芝サッカー場にフェノーメノが舞い降りた。


「しゅごーいい!!」と喜びながら司のお腹に抱きつく翔太。


「今のファールじゃないか!!」と渾身の抗議をする関口君。


 俺から見ても微妙だけれど、別に肘をあげても無ければ、手でつかんでもないしなー。


 司のぷにぷにの二の腕で相手のDFを押しのけただけだし……まあ、ホームだからノーファール。


 納得のいかないレッズイレブン。


「私だったら、ノーゴールだなー」と今のプレイを冷静に分析する遥。


 さあ、だんだんと雲行きが怪しくなってまいりました。

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