第50話 プレジデントがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ! その2

 帰りの会が終わり、部活に向かうまで、司の後ろにはクラスメイトがわらわらとついてくる。


 そして、それにつられて他のクラスの生徒たちもなんだなんだとついてくる。


 マハラジャか、お前、インドのマハラジャにでもなったんか!!


 そして、大名行列のように生徒を引き連れ、北里司は八王子西中サッカー部に凱旋した。


 その一部始終を見ていたひとりの生徒が思わずつぶやいた。

「北里司が……来た、見た、勝った」と……



 すでに司が今日学校に来ていることを知っているサッカー部の皆さん。もちろん、2年生も3年生もだ。


 そして司はまだ一度も着ていないのに、既にサイズオーバーになってしまった八王子西中の白地に青い縁取りのユニフォームをパッツンパッツンしながら部室に入ってきた。


 その途端、


「大変遅れて申し訳ありませんでした。昨日、医者より、サッカーをしてもいいと許しが出ましたので、大至急でやってまいりました、初めまして、北里司といいます。よろしくお願いします!!」


 と芝居がかった立ち振る舞いで深々と頭を下げる。


 なになに司、これから「義経千本桜」でも演じるんですか?


 一瞬で場の空気を掌握してしまった司。お前にとっては初めてかもしれないが、ここにいる大半は既にお前のことを知っている。


 しかもかなりの人数が、去年のビクトリーズ戦でのお前の活躍を見ていた人間ばっかしだ。


「あ、そんなに、緊張しなくてもいいよ」と主将の神谷さん。「ってか、ビクトリーズの方はいいのかな?北里君」と気を使われる始末。


 まあ、ここにいる全員が、ビクトリーズのジュニアユースを蹴っ飛ばして、ここに来ているのを知っている人ばっかだし……


「もう、本当に大丈夫なの?北里君」と副キャプテンの立花さんが聞いてくる。


「はい、もう、大丈夫です。球拾いでもなんでもやります」と殊勲な司。嘘つけ!!!


「あっ、球拾いとかはいいから、じゃあ、早速、アップでも初めてよ」と司にボールを渡す神谷さん。


 すると、司は、上級生に連れられてグラウンドに来ると、「じゃあ、とりあえず、ここらへんでアップでもして」と……


 そこから、司の曲芸まがいのリフティングが始まる。


 あちこちから、「ウメー」だの「やっぱビクトリーズからスカウトされたのは本当だったんだー」だの「なんでうちのクラブにいるの?」だのそんな声が聞こえる。


 いっとくけど、俺も、いま司がやったことくらいはできるからな。


 それを見ていて、司のあの言葉を思い出す。


 「リフティングって別にサッカーにはあんまし役に立たないけれど、サッカーを知らない人間を黙らせるには一番手っ取り早いんだよな」……と。


 ギャラリーの皆さん、あなた方は司に馬鹿にされてますよ。こいつ結構腹黒いんです。 


 すると、「神児ー、ちょっとアップ付き合えー」と例のボールを落っことさないパス交換を始める。


 教室からついてきたギャラリーたちが騒ぎ出す。


「ああ、これ、プロで見たやつだー」とか「いや、プロよりも上手なんじゃないの?」とか……


 俺は、今度こそはこいつよりも長く成功させてやろうと思ったのに、変な力が入ったせいか、10回目で失敗してしまった。くやしい!!!!おまけに司の奴、


「大丈夫、神児、リラックス、リラックス」と……、なあ司、お前は一体どの立ち位置からそういってんだ!!


 一通りのアップを済ませると、既に司はギャラリーの大半をアップだけで魅了してしまったのだ。なんか納得いかない。


 さらに、その後のパス練でも、1対1でも、ミニゲームでも、その才能をいかんなく発揮する司。デブのくせに思いのほか動けて、俺の方がびっくりだよ!!


 そして、デブのくせに妙にサッカーが上手いと、それだけで人目をつく。ほら、ポール・ガスコインとかレアルの時のデブのロナウドとか妙に人気あったじゃん。


 もっとも、そんな司にも、司のことをあまりよく思って無い人もいることはいる。


 その筆頭が3年生の大城さんだ。


「天才だか、ギフテッドだか、なんだかわかんねーけど、いるじゃん、小学校の時だけの天才少年ってやつ、実際、ほんとに才能があったらこんなとこにはこねーって。それに中学の部活サッカーなめんなよ!!」って言ってたんだよねー。


 事前に司にはその事は伝えていたのだが……事件は司がサッカー部にやって来て1時間ほどたったところで起こった。


 ゲーム形式になって、CBの立花さんから右サイドバックの大城さんにパスが通った瞬間、「ちがーう!!!」とピッチ全体に響き渡る声で司が叫んだ。


 雷を打たれたように、立ち止まる八王子西中イレブン。めんどくさいんで、以後、八西中と言います。


 すると、ピッチ横のパイプ椅子に座っていた司が猛然と立ち上がり、立花さんに向かって歩いていく。


 ってか、司、その椅子、監督の座る場所なんだけれど何勝手に座ってんだよ。しかもさっきまで腕組んでたよな。おまえ。


「ど、ど、ど、どうしたんだ、北里」と完璧にビビっちゃってる立花さん。


 すると、「立花さん!!、もっと、丁寧にパスを出さなきゃ、ダメじゃないですか。ボールに変な回転かかって、大城さんが上手くトラップできてないです。」と。


「丁寧なパスって?」と司に質問する立花さん。


 ちなみに立花さんは司よりも背が低く体も二回りは小さい。ピッチの外から見ると、この状況、監督に叱られているようにしか見えない。


 司は大城さんからボールをもらうと、「こうです」と言って、バックスピンのかかったきれいなインサイドキックのパスが大城さんの足元に入る。

 

 例の足元に届く直前に、バックスピンが止まり、すっぽりと収まるパスだ。


 フットボールを少しでもかじったものならば、一瞬でそのすごさが分かるパス。どんなにリフティングが上手でも実際のプレイがお粗末だったら話にならない。


 事実、先ほどのサーカスまがいの司のリフティングを馬鹿にした目で見ていた大城さんは、今の司のたった一本のインサイドキックで顔色が変わった。


 そして、立花さんも司の出したパスをまじまじと見る。


「ねえ、北里君、今のキックどうやったの?」するとそこから司のレッスンが始まった。


「立花さん、膝をもっと落として」「そうそう、ボールを蹴る瞬間まで体は脱力して」「上手上手」とものの2,3分で立花さんのインサイドキックの質がガラリと変わった。


「この練習、フリッパーズも取り入れてますから、ウォーミングアップの時に取り入れた方がいいですよ」と今後のメニューについてもアドバイスをしてくる。


 そして、「今度は、大城さーん」そう言いながら、膨らんだ体をぼよんぼよんさせながら大城さんの元に行く。


「大城さん、さっきのトラップもう一回見せてください」とお願いする司。


「お、おう」と言って、既に司の言いなりになってしまっている大城さんは、立花さんの出したパスをトラップする。


「あ……トラップしやすい」


「でしょー」と司はにっこり笑う。「でもねー」


「でもって、なんだよ」


「大城さん、悪いんですけれど、立ってる位置とトラップの方向が違うんですよー」と司。


「な、なにが違うんだ北里」



 たった一本のパスで、それまで司に対し反感を覚えてた大城さんの心をつかんだ司。


「右サイドバックの立ち位置はライン際まで張らないで、あと、1.5m内に絞ってください」と極めて具体的な指示を出す司。


 司も大城さんと同じ位置に立つ。


 そして、「立花さーん、もう一本パスくださーい」そう言って両手をあげてジャンプする。ついでに膨らんだお腹がボインボイン。


「じゃあいくぞー」と立花さんがパス。すると司は、自分と自分の背後のタッチラインの間にボールを落とした。


「ちがい、分かりますか?大城さん」と司。

「あっ、ああ」と大城さん。


 大城さんはタッチラインいっぱいに張り出し内側にトラップをしたのに対し、司はタッチラインから1.5m内に入り、自分とタッチラインの間にボールを置いた。


「大城さん、これ、できますか?」と司。


「ばかにすんなよ、北里、このくらいできるわ」そういって、立花さんからパスを要求すると司と同じようにトラップをする。


「うん、上手い、上手い!!」と満面の笑みで大城さんを褒める司。年下からとはいえ、これほどの笑顔で褒められたら嫌な気分はしない。


「そ、そうでもねーよ」と謙遜しつつ、ちょっと照れくさそう。


 すると、司は大城さんの背後に立ち、「どうですか、大城さん」と聞いてきた。


「なっ、なにがだよ」と大城さんは返事をする途中で「アッ、」と声を上げた。どうやら気が付いたようだ。


「大城さん、CBからパスが入り、ここにボールを置くと、縦のスペースが空きます。このまま一気に上がってもいいし、ほら、見てください」


 そういって、司はフォワードの高橋さんを指さす。ずーっとピッチの上で立花さんや高橋さんのアドバイスの間中、待ちぼうけを食らっていた高橋さんは、


やっと、お呼びがかかったと、嬉しそうに手を振っている。


「すいませーん、高橋さーん、大城さんにボールが入ったら、少し開いてくださーい」そういって、高橋さんの位置を動かすと、大城さんの方を見てニコリ。


「ほら、高橋さんまで、縦一本のパスコース、見えるでしょう」と。


 目から何枚もの鱗が落ちたような顔をする大城さん。「こういうことだったのか……」と思わずつぶやいた。


「いや、あのさ、北里、俺、いつも思ってたんだよ。立花からボール渡されても、思ったように組み立てられなくって、敵のボランチやハーフの奴からプレスが来ると立花に戻すか、苦し紛れのロングボールくらいしか選択肢がなくてさ……」


「おーい、立花、もう一本」そういってもう一回ボールを要求する。「うん、うん、うん」と実感する大城さん。


「ついでに、そこにちゃんとボールを置けると、敵のプレスをかいくぐりやすくなります。そして、プレスが入ってくると、今度はコースが開けるんで」


 そういって、ボランチの位置にいる先輩に声を掛けてボールに寄せてもらうと、確かに、右サイドバックからのコースがいくつもできる。


「うん、うん、これ、すげーや」とものすごい手ごたえを感じている大城さん。すでに司を見る目が全然変わってしまっている。


 さらに「立花さーん、立花さんのパスからうちのチームのビルトアップが始まるんです。丁寧に、そして意志を持ったボールを渡してください」と司。


 立花さんも「うん、分かった」と拳を上げる。


 そしてその直後……「神児、ちょっと来ーい」と上司司がおかんむり状態。


「な、なんだよ、司、いきなり、そんな声出して……」とちょとばかしビビる俺。


「おまえ、知ってたろ」


「な、なにがですか?」


「俺が今言ったこと」


「ま……まあ」確かにこれはビクトリーズに入ってサイドバックの練習でいちばん最初に習ったことだった。サイドバックとしてのボールの置き方と立ち位置。


 フットボールとはたった一つの立ち位置によって局面が大きく変わり、プレーの選択肢も千差万別になるという話だった。


「なぜ、教えてない」やばい、これ、完璧な上司の顔になってる。


「あっ、いや、俺、ちゃんと言ったよ」……でも、ほら、上級生にあれこれ言うのって、ちょっと気まずいじゃん。


「できてなかったら、意味ねーだろーがよ!!!」えっ、まさかの、俺に雷ですか???

 司の雷は収まらない。


「おまえ、何のためにここに半年以上いたんだよ、ビクトリーズで覚えたこと、ちゃんと伝えるのがお前の役目じゃねーのかよ!!」


「ご、ご、ごめんなさい」


「お前が、覚悟持ってアドバイスしてたら、大城さんや立花さん、もっと前の試合でこの技術、使えたんじゃねーのかよ」


 …………たしかに。じつは今の3年生は、先日の地区予選のベスト8で敗退してしまい、ここにいるみなさんは、今月いっぱいで部活を引退することになっている。


 もっとも、それでも残っている三年生は半分くらいで、残りの人たちはもう受験勉強に取り掛かっていたのだ。


「ピッチの上に立ったら、年が上とか下とか関係ーねーんだよ。


 その程度でビビってるくらいだったら、サッカーやめちまえー!!!」と周りを威嚇するような司の怒声。


 ああ、分かりましたよ、司さん。俺を出汁に使って、先輩たちをいいなりにさせるつもりですね。


 分かりました。あなたの作戦に乗らさせていただきます……くやちー!!!!


「まあ、まあ、まあ、司君、落ち着いて落ち着いて」神谷さんがどうにか司をとりなしてくれる。


「あっ、すいません、ちょっと感情的になっちゃって」と頭を下げる司。


 そして、置いてけぼりの俺……なんか、納得いかないなー。


 その後も、的確かつ完璧なアドバイスを続ける司。


 終いの方には、上級生が司のことを「北里さん」呼ばわりして、アドバイスを求めてくる始末。


 そして、そのアドバイス一つ一つに懇切丁寧な対応をする司。


 結局、司はたったの一日で、八西中サッカー部を掌握してしまった。


 宗教ってこうやって起こるのだと俺は実感した。

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