第26話 太陽がいっぱいいっぱいです。 その4
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俺と司はクタクタになって八王子SCのテントに戻ってくると…………
「お前ら、あんなサッカー野郎どもに負けて悔しくないのか!!」
と、なんだか物騒な檄がお隣で飛んでいる。その、サッカー野郎ってのは間違いなく俺と司だよね。
「サッカーの片手間で水泳やっているような連中に負けるような練習は、お前らにやってないぞ!!」
いやー、この夏のトレーニングをサッカーの片手間と一言で片づけられてはたまらない。
正直、お前らよりも、全然泳いでいると思うよ。実際の話…………
「いいか、もし、次のリレーで負けるようなことがあれば、残りの夏休み、無いと思っとけ!!」
「ええええー」とげんなりした返事がする、お隣のスイミングスクール。やれやれ、ご苦労なこった。
そんなことを思いながら、司特製の、レモンとはちみつとコーラを混ぜた特製ドリンクを飲んでいる俺。
「なんか、お隣、物騒なことになってきたねー」と俺。
「別に、俺たちの責任じゃないだろ」とどこまでもクールな司。
すると、顔を引きつらせながら、莉子と弥生がやってきた。
あれあれ、もしかして、お隣のスイミングスクールって…………
「あんた、何てことやってくれちゃったのよ」と弥生が、
「うちのコーチ、ちょーおかんむりよ」と莉子も…………、
「あれ、お宅んところのコーチ?」と司が、
「ぴんぽーん」とげんなりした顔の弥生。
「うちのスクールの男の子たち、軒並みあんたらにタイムで負けて、たまったもんじゃないわ、ホント」と莉子が。
「なんだか、お通夜みたいになってんじゃねーか。まあ、俺知らねーけれど……」あくまでも他人事の司。
「まあ、負けるほうが悪いんだけれどね、うちの男の子たち、あなたたち程、泳ぎ込んでないから、後で、コーチに行っとくわよ。ありゃ、特別だって」
「なんか、すみませんねー」と俺。
すると、「アアイウフウニ、コドモタチ、シカルノ、ヨクナイデスネ、ハジメ」と渋い顔の表情。
「しかも、サッカー野郎とか、うちも随分下に見られたものです……と、引率で来てた監督も」
「ハジメ、ユーなら ドウシマスカ? コドモタチ ヤルキオコスノ……」
おおっと、なんだか、クライマーさんに試されているみたいだぞ、大丈夫か監督!?!?
すると、監督はこっくりと頷く。おお、なんかいいこと言いそうな雰囲気。やるときやるからね、うちの監督。
「リレーの選手、集合!!」監督が集合を掛ける。
今日の市民大会のトリを務める団体リレー。小学生は男子も女子も50×4となる。
そして、その後、中学、高校、一般、シニアとなって行くのだが……
監督の掛け声に、俺、司、武ちゃん、そして真人が集まってくる。
武ちゃんは去年まで、そして真人は現在もスイミングに通っているという結構なメンバーがそろっている我が八王子SC。
そう簡単には負けるつもりはない。
と、そこで、監督が話し始める。
「まぁ、俺はサッカーの指導者で、正直、水泳のことはよくわからない」
いきなりガクっと来るスピーチだ。大丈夫か監督。
「だから、シンプルに言う。もし、隣のスクールにリレーで勝ったら、ここにいる全員、俺がこの後、『焼肉みんみん』おごってやる!!」
「おおおおおおおおおおおーーー」
かつて横森監督が、これほど破壊力のあるスピーチをしたことがあっただろうか、いや、無い!!
そして、なぜだか、リレーのメンバーではない、順平とか拓郎とかがこぶしを振り上げている。
「神児、負けたらただじゃおかないからな」と、順平が、
「司、俺、最近焼肉食ってないんだよ!!」と、陸が、
「やっきにっく、やっきにっく」となぜかダンスを踊り出す遥。
監督の一言で、ハチの巣を突っついたようになる、我が八王子SCテント。
クライマーコーチが、こういう事を言いたいわけではないんだけれどなーと、腕を組んでいたのが印象的だった。
ちなみに、焼肉みんみんとは、神奈川の相模原を中心にチェーン展開している焼肉屋。
そして、最近、ついに我が家の近所にもできて、もっぱら、焼肉といったらみんみんなのだ。
黒毛和牛を中心にした豊富なメニューとリーズナブルなお値段。
確かこの当時、和牛のブリスケ(胸部)やハラミなんかが500円台で食えてたはず。
価格破壊も甚だしい。たしか、千円を超えるメニューは存在しなかったはず。
さすがに昨今の値上げで、料金は当時ほどではないが、未だに薄給Jリーガーの私、大変お世話になってます。どうも、ありがとうございます。
シンプルに物で釣ってきた監督。まあ、こういうのもアリだよな。
プロの世界だって勝利給ってのはあるんだし、でも……子供相手にこういう手法はどうよ?司上司。
1コースのスタート台の上に立つ真人。一応メンバーとしては真人、武ちゃん、司、そして俺という事になっている。
お隣の2コースにいる、例のスイミングスクールの子達。みんなこちらをすごい目つきで睨んでいる。これは、下手したら俺達のせいでこの夏休みが無くなってしまう恐怖からか、
それとも、ご褒美に焼肉をぶらさせられた嫉妬心からか、多分きっとその両方だろう。
すると、各コースごとの選手の紹介に入る。
とくに、我が八王子SC、サッカークラブという紹介があった瞬間、会場内からどよめきが起こった。
「いいぞー、かんばれー」
「番狂わせ、やっちまえよー」など、温かい声援をいただいた。けっこうみんな判官びいきなのだ。
ほかのチームからの視線が痛い。
すると、いよいよ、スタートの号砲が鳴る。
「パーン!!」と同時に一斉に飛び込んだ。
おお、さすがは、現役スイマーの真人、お隣のスイミングスクールの選手に負けないくらいのきれいなフォームでの飛び込みだ。
お隣の選手は、まるでケツに火が付いたようなノーブレスのストローク、ぐんぐんと差を広げている。
もっとも、真ん中は、例のジュニアオリンピックを目指している怪物君、一人異次元で周りをグングンと引き離している。いいんです。あそこは、最初から相手にしてないし……
すると、きれいなクイックターンで帰って来る真人。
「ラスト20」の掛け声とともに、そこから一気にノーブレスで追い詰める。しかし、タッチの差でお隣が速い。
直後、ジャボーン!!という豪快な音と共に飛び込む武ちゃん。
「ああ、あれ、派手に腹打ったなー」と司。お互いに苦笑いする。しかし、スタートの失敗も何のその、我らが不動のCBはそのガタイの大きさをいかしてのダイナミックなフォームでスタートの失敗をグングンと取り戻してくる。
と思ったら、クイックターンで、また失速。
うーん……こういうところが、1年のブランクというものなのだろうか。それでも残り25mは一度も息継ぎしないで気合で泳ぎ切った武ちゃん。噴き出した鼻水が凛々しいです。
と同時に、司がプールに飛び込む。きれいなフォームできれいな着水、優雅にすいすいと泳いでゆく。それでいて速い。なんか、いろいろずるいぞ、司。
となりのスイミングとほぼ同時にやってきた司。
俺はフライングには十分気を付けて、司のゴールと共に飛び込んだ。
じゃぽん。よし、静かな着水。飛び込みもうまくいった。あとは向こうの壁にターンしてきたら終いだ。
今日最後のレース。俺は渾身の力を込めて、水を掻く。そして水を蹴る。
ぐんぐんと水の中で加速する俺。あれ、俺って、こんなに速かったっけ?と思えるほどの泳ぎができる。
グイグイと水をかき分け、クイックターン、今、頭一つ分リードしているのが分かる。
残り、25m、焼肉みんみんに向かってスパートだ。
「残り20」遥の悲痛なまでの叫びが聞こえる。
大丈夫、俺がみんみん、連れて行ってやるから。
「残り15」順平の叫び声が聞こえてくる。
そこからはノーブレスだ。残り、10、9、8、7、6、5、「ピキ!!」アレ…………
あ、あ、足が攣ったー!!!!!!!
けれども、俺は必死になって腕だけで泳ぎ続ける。
これまでの惰性のおかげでほどなくゴールを迎えられたが……ざんねんなことに、残り僅かのところでお隣のスイミングクラブの選手に差し切られてしまった。
ゴールと同時に足が攣ったアピールをすると、すぐに係員の人たちが飛び込んでくれて助けてくれた。
一瞬、ざわっと、会場がざわめいたが、すぐに俺のつま先をもって伸ばしてくれたら、どうにか治った。
「大丈夫か」と珍しく優しい司。
「まあ、これで9レース目だから、しょうがないよ」と真人、
「どんまい、どんまい、こういう事もあるさ」と武ちゃん。
みんなの優しさが心にしみます。結局総合順位は6位でフィニッシュ。
何のことは無い、お隣との争いは、ドベ争いだったってわけだ。
それでも、会場のみんなからは、大きな拍手が、
「よくやったぞー、サッカー小僧」
「見ごたえあったぞー八王子SC」
「来年もまた来いよなー」
などなど、励ましの声援が温かかった。
俺は、司と武ちゃんに肩を貸してもらいひょこひょことテントに帰ってきた。
すると、「てめー、なにしてくれちゃってんのさ」と、ドスを利かせてくる順平が……
「ぼくの焼肉返してよー」と涙ながらに訴えてくる陸が……
そして……「肝心なところで、役に立たないわよね、あんた」とけんもほろろの遥が……
さっきとは打って変わって、お通夜のような状態の八王子SCテント。
自殺点を献上した時だってこんな殺伐とした空気にはなんなかったぞ。
ってか、以前から不思議に思ってたんですが、一緒に戦った仲間程、お互いをおもんばかる態度をとれるのに、なぜか一歩引いた人たち程、とっても辛辣なんだよねー。
フットボールの現場でも。これって一体なんなんだろね。
その一方、お隣を見ると、コーチの留飲も下がったのか、さっさと次のクラスの中学の部に応援が切り替わっている。
「ダカラ、コドモタチ、モノツルノ、ダメナンデス、ハジメー」と渋い顔のクライマーコーチ。
「すみません、自分が考え足らずでした」と反省しきりの横森監督。
あらあら、こっちの方も、気まずい空気が……まあ、でも、しょうがないよね。勝負は時の運というか……だいたいレース詰め込みすぎだろさすがに、そりゃ足だって攣るわ!!
でも、その時、俺は横森監督のポッケにクライマーコーチが万札を突っ込む瞬間を見てしまったのだ。
もしかして、コレって……
すると、「みんな、集合ー」と横森監督が声を掛けた。
横森監督は、「残念だったけれど、君たちみんな、最後まで力を振り絞った姿に感動した。そこで、今日だけは特別に……」そこで言葉をためる監督。
「特別に」……と声を被せる八王子SCの選手たち。
一瞬の静寂の後、「特別に焼肉みんみん、おごってやるよー」とやけくその横森監督。
「いやっほー」と順平が、
「監督ー」と言いながら、横森監督にしがみ付いて涙流す陸が、
そして「やっきにくーやっきにくー」と謎のダンスをまたし始める遥が……
おまえら、試合に勝った時でも、こんなに喜んだことないだろうが!!
そういう態度ってちょっとフットボーラーとしてどうよ。
すると、「おい、神児、さっさと、足出せ」と我関せずの司。攣った足のマッサージをしてくれる。
「なっ、なんか、悪いな、司」と、俺の体を誰よりも心配してくれていることにちょっと感動してしまった。
「ああ、硬直した筋肉、ちゃんとほぐしておかないとな、明日のトレーニングに支障がでる」……と、おっかないことを言ってる。
俺が、口をパクパクしてると、「なんだよ、神児、夏休み終わるまで、あと10日以上あるじゃねーか、なんか勘違いしてねーかおまえ」と今日一番怖い発言が……
どうやら、俺たちの夏休みはまだまだ終わりそうにありません。
お空には、太陽がいっぱいいっぱいに輝いていました。
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