第17話 夏空の陽炎 その1

 ピッチに戻る通路上で、司は俺に言った。


「神児、後半、翔太ではなく、健斗にマーク付いてくれ」


「翔太のマーク大丈夫か、司」

 俺は司に言った。


「大丈夫、それよりも、あの厄介な6番へのパスを止めなくてはならない」


 そうだ、結局ビクトリーズの攻撃の組み立ては全て健斗経由で始まっている。まずは、パスの供給源と止めなくては……


 俺は司を信じ、三岳健斗のマークにつくことにする。


 すると、すぐに司はDFの大輔と武ちゃんのところに行く。


「えー、そんなの、無理だよー」と大輔は言う。


「大丈夫だ、大輔、俺だけを見てればいいから」

 そういって、肩をぽんぽんと叩く司。


「なぁ、ホントに大丈夫なのか司?」


「今更、3点差が4点差に変わってもたいして変わんないよ。負けたら全部神児のせいにすればいい」


「ひっでーなー司」


 後ろの方でそんな軽口が聞こえてくる。


 もしもし、司さん、一応俺、今日1得点してるんですけれど…………


 ピッチに戻ると、ビクトリーズのメンバーは、前半開始と同じのベストメンバー。


 両サイドには翔也と虎太郎とかいう足の速い厄介な選手がいた。


 そして、CBの真ん中には三岳健斗がいる。


 そうか、お前もこの試合、一度も交代するつもりはないんだな。


 いいよ、俺とお前の体力勝負だ。プロのフットボーラーをなめんなよ!!

 

 後半はビクトリーズからのキックオフ。


 てっきり、一気に攻めて来るかと思ったら、健斗を中心にパス回しを始めやがった。

 

 そうか、体力を消耗しているのは何も俺たちだけではないんだ。

 今日は梅雨の晴れ間のカンカン照り。

 ピッチの上では時折ゆらゆらと陽炎が見えている。

 どんよりと湿った空気が、八王子SCとビクトリーズに選手たちに分け隔てなく、体力を奪う。


 このまま静かに試合を閉めても、4-1でビクトリーズ的には万々歳だ。


 と、その時、6番の選手がDFの裏に抜ける。

「ピピーッ」 


 今日初めて、オフサイドの旗が上がった。


 このオフサイドは偶然ではなかった。


 その証拠に、DFの三人はラインを上げると同時に手も上げて、審判へのアピールを忘れてなかった。


 見事なまでのオフサイドトラップだ。


 しかし、司、練習無しの、本番一発で、それ、決めるか!?


 やったやったと大輔がはしゃいでいる。


 今日ずっとチンチンにされていた敵の6番にやっと一矢報いたと言った感じだ。

 

 司も喜んでいるのかなと思ったら……鬼の形相……アレ!?


 と、その直後、「神児ー!!!」と司の怒声がピッチに響き渡った。


 えっ、俺ですか?と言った感じで俺は自分の顔を指さした。

 

 すると、司は、「お前、健斗のチェック、もっとしっかりしろよ!!翔太へのコース、がら空きだったぞ!!」とおかんむり。


 あ……確かに…………今のパス、もし、翔太の方に通ってたら、一転ピンチになってたじゃん。


 俺は素直に頭を下げる。

 司は人差し指を立てて、さらになにかを怒鳴っている。


 きっと、「次は無いからな」とでも言っているのだろう。おーこわ。

 

あのー、上司、さっきから、俺にだけ、要求が厳しすぎませんか?


 そして、それから、立て続けに、司のオフサイドトラップに引っかかる6番。しきりに首をかしげている。

 

 あっ、おれもちゃんと翔太へのコースは切ってるからな!!

 

 そのせいで、翔太には効果的なパスは入らなくなっていた。


 そうこうしているうちに、この暑さの中、前半から上下に走り続けていた相手の6番のスピードがみるみる落ちてきた。


 そして5分過ぎには交代でピッチの外に出て行ってしまった。


 ビクトリーズもこの暑さの中で、体力が落ちてきたのか、前半程の圧倒的なボール支配は出来なくなってきた。

 

 そして時折、単発的にだが、我が八王子SCも攻撃を仕掛けることが出来るようになった。


 が、しかしそこは、三岳健斗を中心とする強固なビクトリーズDF陣、得点の匂いは全くしない。


 すると司は、敵の6番がピッチからいなくなったのを境に、ポジションをCBの真ん中から一つ上のトップ下へと変えた。


 司の後には拓郎が入った。


 そして、そこから、司を中心とした八王子SCのパス回しが始まった。

 小気味よくボールを回し続ける八王子SC。


 こんなことが出来るなら、前半からやっておけばよかったものを……と思うかもしれないが、俺はコレのからくりを知っている。


 ピッチの中央でマエストロのように攻撃のタクトを振るう司。絶妙な距離感でビクトリーズのプレスを外してくる。


 しかし、このからくりのタネはそれだけではない。


 司の蹴り出す、一級品のインサイドキックが八王子SCの選手たちに自信と視野の広さを与えているからだ。


 一級品のインサイドキック。

 それは、ボールの中心のやや下を蹴り、適度なバックスピンを与えたパスだ。


 全く弾むことなく芝のピッチの上を滑るよう、パックスピンのかかったボールはトラップの直前に無回転となる。


 今、八王子SCの選手達は自分が上手くなったと思っているだろう。が、そのほとんどが、司のボールの質によるところが大きいのだ。完璧にコントロールされた司のインサイドキックは、八王子SCのみんなの足元にピッタリと収まる。

 

トラップが大切だという話はよく聞くが、横、縦、斜めの不規則な回転のかかったボールを納める難しさは、フットボールをしているものなら誰でもが知っている。


 なのに、したり顔して、今のプレーはトラップが上手くなかったですねと言う解説者が多くいる。


 トラップが上手くなかったせいもあるが、半分はパスの出し手の責任なのだ。


 インサイドキックの精度をとことん迄上げる。これが昨今のサッカー界のトレンドの一つだ。


 その代表格が、直近の5年間で4度のJ1制覇を果たした絶対王者の川崎だ。


 正確無比なインサイドキックを使って、全盛期のバルセロナのようなティキタカを見せてくる。


 そして日本で最もインサイドキックにこだわった選手が、川崎のバンディエラ(象徴)とも言われた中村選手だ。


  今の川崎のフィロソフィー(哲学)は全て、この中村選手から出発している。

 現役中には一日2時間、ピッチを去った今でも、1日1時間はインサイドキックに時間を費やすという。


 そしてその執念が、万年シルバーコレクターの川崎を、絶対王者に変貌させたのだ。


 もっとも、タネを明かすと、司がこれほどまでにインサイドキックにこだわるようになったのは、ユースのコーチになって川崎の研修に行くようになってからだ。

 

 一時、川崎のクラブに入り浸りすぎて、あっちにリクルートするんじゃないかと噂がたったものだ。司自身、中村選手と練習して、目から何枚もうろこが落っこちたといっている。


 そういや、代表の吉田も、右サイドバックの内田に「横スピンのかかった変なボール出すな!!」と、よくどやされていたという話を聞く。


 ちなみに現役のJリーガーで最も正確なインサイドキックを蹴る選手は、神戸にいるイニエスタとか言う選手だ。おまえら知ってるか?

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