第15話 14年目のハーフタイム その2
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作者近況ノートにスタジアムの様子を掲載しました。
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「うぉぉぉぉぉー」
スタンドからは地響きのような歓声が起こった。誰もが待ちわびていた中島翔太のスーパープレイに。
翔太はまるでフットボールの神様からの祝福を受けるかのように、空を見上げ、両手を広げながらくるくると回っている。ここら辺は大人になってからも全く変わってない。代表でも何度も見た光景だ。
一方の俺たち八王子SCのみんなは、まるで白昼夢でも見たかのように、誰もがその場から動けなくなっていた。
その静寂を破ったのは遥。
「チクショー」
そう言って、芝のピッチを何度も何度もこぶしで叩く。
「分かってたのに、分かってなのに、また止められなかった」
悲痛ともいえる叫び声をあげる。
遥、そんなに自分を責める事はないさ。今の翔太のスーパープレイは、ここにいる誰もが止めることなんかできなかったさ。
俺のそんな思いとは裏腹に、遥は頭を抱え込んでピッチにうずくまったまま。
って、あれ、なんか今、ちょっと気になること言ったよね。「分かってた」とか、「また」とか…………
すると、うずくまっている遥のそばに翔太が近づいていくと、何かをしゃべってる。
と……遥が何か言い返しているな……
俺は体に絡まったゴールネットをほどくと、遥の元に駆け寄る。すると翔太はさっさと自分の陣地に戻っていった。
「なぁ、遥、翔太に何か言われたのか」
すると、遥は頭を掻きむしりながら、「あー、むかつく、むかつく!翔太の奴、僕、サッカー上手になったでしょ、遥ちゃんだって!!ふざけんな!!」
遥はそう言うと立ち上がり、足で芝生のピッチを蹴飛ばした。やべー、激おこぷんぷん丸です遥さん。ってアレ?
「なぁ、遥、おまえ翔太の知り合いだったっけ?」
俺は遥に尋ねる。
すると遥は信じられない顔をして、
「何言ってんのあんた、この前のミーティングで翔太とは小さい頃に一緒にサッカーしてたんで、クセとかわかるから私がマンツーマンに付くって言ったじゃない?大丈夫?」
そう言って自分の頭を指さした。
え、いやっ、そうだったっけ、なんせほら14年前の事じゃん。そういや確か遥が翔太と知り合いだってくらいは知ってたけれど。
「って、小さい頃っていつぐらい?」
「幼稚園から小学校2年生まで……」
「ああ、じゃあ、ほんと知り合いなんだ。」
「いや、知り合いって言うか、幼馴染?ほら、お母さん同士が知り合いでよく翔太の家に泊まりに行っててさ。」
「お泊りって、じゃあ一緒のお風呂に入ってたりとか?」
「何当たり前のこと言ってんのよ!!そんなことよりほら、さっさと試合再開するわよ!!」
遥はそう言うと、センターサークルに向かっていった。
ふーん、いいこと聞いちゃった。
俺はベンチにいる司の方を見て見ると、あきらめにも似た表情で首をしきりにかしげている。
おまえ、なに、他人事のような面してんだよ!!
すると、武ちゃんと順平が近づいてきた。
「おい神児、どうする、これから!!」
切羽詰まった様子の武ちゃん。確かにそうだ。あのビクトリーズの6番をどうにかしないと同じことの繰り返しだ。
「攻撃はどうすんだ?」
順平もキックオフ後に、ペナルティーエリアから飛び出すかどうかの確認をしたいみたいだ。
と、その時、信じられない光景を見た。
なんと、虎太郎とかいう、ビクトリーズの6番がハーフフェーラインあたりから、審判に何も言わずに出て行ってしまった。そしてその代わりに別の選手が……
俺が目を真ん丸にしながら、武ちゃんに聞くと、「ああ、6番の奴、交代か?」と言った。
俺が、「じゃあ、もう、試合には出てこないんだな?」と聞き返したら、武ちゃんは驚いた顔をして、「何言ってんだ神児、8人制サッカーは交代は自由だろ」と言ってきた。…………アレ!!
俺がいまいち納得してない顔を見せたら、今度は順平が、「8人制サッカーは、交代ゾーンにいる選手は、いつでも、好きなタイミングで交代できるだろ。大丈夫かよ神児」と言った。
……そうだっけ?
「って、ことは、あそこのいる連中は、いつでも、交代できるの?」
「もちろん!!」と武ちゃんも順平も言った。
すると、ピッチサイドで監督が、「大輔ー、交代交代」としきりに交代のジェスチャーをする。
確かに大輔も、敵の6番の対応に追われて、キツそうだったな。
「ってことはさ、順平、コーナーキックやフリーキックの時だけ、司が出るとかもできるの?」
「もちろん。たしか、司もメンバーに名前入ってるんだろ。ユニフォームに着替えて交代ゾーンに入れば、何時だって出られるぞ」
おいおいおいおい、ちょっと話が変わってきたじゃねーか。
俺はふと、ベンチを見ると、司はゆったりとベンチでくつろぎ大好きなポカリを飲んでいた。
お前、もう、今日は完璧に試合に出ないつもりだな。
とにかく、厄介な敵の6番が居なくなったおかげで、翔太へのマンツーマンの作戦は今まで通り。
さて、その前に、俺たちの攻撃だ。
前半開始直後のリプレーを見るかのように、キックオフ直後、バックパスを繰り返し、キーパーの順平まで戻す。
もっとも、翔太はさっきのことがあったのか、センターライン付近に張り付いたままプレスをかけてこない。……やっかいだな。
GKの順平は、敵ゴール目掛けて再びボールを蹴り上げる。ボールは向かい風に乗ってグングンと伸びる。
今度は相手のペナルティーエリアの中までボールは届いた。俺は渾身のジャンプをして体を投げ出す。と、その時、まるで軽トラにでもはねられたような衝撃が体を襲った。
見ると、そこにいたのは、三岳健斗。どうやらさっきの4番とポジションチェンジをしてたみたいだ。当たりの強さが全然違う。
こぼれたボールをそつなく回収する相手の4番。健斗との息があっている。やはり、ビクトリーズのレギュラーは伊達ではない。
すると、すぐさま、センターライン付近で待ち構えていた翔太にボールを預ける。
「速攻ー」健斗が攻撃のスイッチを入れる。
「遅らせろー!!」俺は必死に仲間に声を掛けた。
ビクトリーズの選手たちが一斉に八王子ゴールに向かって走る。俺は必死になって翔太を追いかけた。
遥は俺の意図をよく汲み取ってくれて、うかつに翔太につっかけていくことなく、十分に腰を落とし、一定の間隔で翔太との間合いを図る。
こういう場合はうかつに飛び込んで中に入られるというのがもっともやってはいけないことだ。
遥と翔太は並走しながら、遥は必死になって内のコースを消してくる。そして少しでもタッチラインへと翔太を追い出しにかかる。あわよくばタッチラインを割ってくれたらめっけもんだ。
が、翔太は強引に肩を入れて、遥と競り合いながら、無理矢理に体を入れてくる。
普通、接触しながらドリブルをしたら、少しは足元からボールが離れるってもんだ。
それなのにボールは翔太の足元にピッタリとくっついたまま。おまえ、スパイクに磁石でも仕込んでるんじゃないのかと疑いたくなる。もっとも、スパイクに磁石を仕込んだところで、ボールはくっつくわけではないのだが…………
しかし幸いなことに、遥が必死になって翔太のスピードを押さえてくれたおかげで、どうにか俺も追いつくことができた。
自軍ペナルティーエリア左45度。さっきと全く同じ場所だ。今度はさっきのようにいくとは思うなよな。翔太。
「遥、ケア、よろしく」俺はそう言うと、翔太に全力のプレスをかける。こういう時は足元のボールを見てはいけない。翔太の顔と腰の向きそれさえしっかりとケアをしていれば、うかつに抜かれることは無い。
翔太は今までとは違ったディフェンスの掛け方に、幾分戸惑っている。どうだい翔太、J3とは言え、プロ仕込みのディフェンスは。
こちとら伊達にプロの飯4年以上も食ってないんだ。いくら天才小学生だからってそう簡単に抜かせるわけにはいかないんだよ!!
しかし、翔太に散々プレッシャーを掛けているがボールがどうしても刈り取れない。まるで生き物のように翔太の足にボールがまとわりついている。
「さっさとボールをよこせ、翔太!!」
「ボールは友達、絶対に渡さない!!」
「テメーは大空翼か!!!」
もっとも翔太のフットボールのキャリア自体、マンガの中の大空翼と遜色がない。
キャプテン翼を地で行くような八王子の生んだサッカー小僧。相手にとって不足はない!!
とその時、「ヒール!!」と健斗の声が聞こえた。
翔太が反射的にヒールで蹴る。
すると、それに詰めていた三岳健斗は、左足で逆サイドにクロスを入れた。
八王子SCのみんなは翔太につられるように自軍の右サイドに集まっていた。
そこに逆サイドから、さっき6番と交代した選手がものすごい勢いで突っ込んでくる。
「クリアー!!」そう言う間もなく、ドンピシャのダイビングヘッドが八王子ゴールに突き刺さった。
前半13分、八王子SCと東京ビクトリーのスコアは1-2となった。
「どうする、神児、翔太に2枚付けたところで、空いたところからまたやられる」
悲壮な顔で武ちゃんが言う。
「このままじゃ、点を取られるばっかしだ、一か八か前に出ようよ!!」
MFの陸が言ってきた。
チームとしての統率が取れなくなってきた。このまんまじゃ、八王子SCが崩壊する。と、思ったところで、「あ、アレ……」と、翔が交代ゾーンを指さした。
見ると翔太が他の選手と交代している。ホッとする八王子SC。しかしすぐに、この後、十分に休息をとった翔太がまたやってくるのだと思うと、気分が一層重くなる。
まるで真綿で首を絞められているかのようだ。
その時、監督からの声が届く。
「遥ー、交代、交代」そうだ、翔太と同じタイミングで遥を休ませなければ……この上疲労まで蓄積したら、遥に翔太を止めることなどまったくできなくなってしまう。
「武ちゃん、拓郎、陸、大丈夫か?」俺は試合開始から出続けているほかのメンバーに声を掛ける。
普通の試合ならともかく、ビクトリーズとの試合は体力だけでなく精神までもがものすごい勢いで疲労してくる。
「俺は大丈夫、神児お前は?」と武ちゃんが聞いてくる。
「俺は大丈夫、陸、拓郎は?」
「ゴメン、ちょっとキツイかも」と拓郎。「ちょっと、ヤバイ」と陸。無理もない。相手は東京ビクトリーズなのだ。
相手だってしっかりとローテーションを組んでいる。実力だけでなくコンディションまで差を付けられたら勝機など微塵もない。
「ありがとう、拓郎、陸」俺はそう言って二人を交代ゾーンに送り出した。
しかし、選手層の厚さまで加えると、これまで以上にビクトリーズとの差が開いてしまう。
翔太がいないとはいえ、圧倒的にボールを支配されつづける八王子SC。
相変わらずビクトリーズの中心には三岳健斗が立ちはだかる。
俺も試合開始からずーっと、プレスをかけ続けたせいでか、15分を過ぎたあたりでスピードがガクッと落ちてきた。小学生の体力とはこんなにも無いものなのか!?
しかし、それでも俺は前線でのプレスを止めるわけにはいかない。もしそれが無くなってしまえば、ビクトリーズは一気呵成に攻め込んでくる。
ギリギリのところで、どうにか耐えきってると思えた前半19分、翔太の代わりに入った9番の折り返しに、健斗が合わせた。
痛恨にも順平の股下を抜かれると、とどめを刺されたかのように、順平はその場で大の字となった。
前半20分、八王子SCと東京ビクトリーズのスコアは1-3となる。
ここでの2点差は正直きつかった。
1点差のままハーフタイムに突入すれば、休憩をはさんでの後半、気持ちを切り替え、何とか戦う姿勢を見せれたのだが……
圧倒的にボールを支配され、気力も体力も削られ続けた八王子SCのみんなはここに来て緊張の糸が切れてしまった。
アディショナルタイムの表示は1分。
俺たちのキックオフで前半は終了か。チームの誰もがそんなことを考えてしまった。
しかし、俺たちのそんな心の隙を王者ビクトリーズは見逃してくれなかった。
芸もなく順平までボールを戻してのキック&ラッシュ。
どうにかこれで、前半が終わってくれればという気持ちがどこかしらにあったのかも知らない。それとも股下を抜かれたのが順平にはよっぽどショックだったのか、これまでよりも威力も精度も無いキックとなる。
三岳健斗は俺との競り合いに勝つと、敵の4番がボールを回収した。
ああ、これで、前半の終了だと一瞬気を抜いてしまったのが命取りだった。
その時チームの誰もが敵の右サイドに交代で入った選手のことに気が付かなかった。
CBの4番が交代で入ってたフリーの選手にボールを渡す。
その瞬間、チームの全員がその交代で入ってきた選手が誰だかを認識した。
視線の先には中島翔太が……首筋にヒヤリとナイフをあてられた気がした。
「翔太だ、戻れー!!」
俺はありったけの声で叫んだ。
みんなは俺の声よりもはやく反応した。
でも、もう後の祭りだった。
十分に休息をとった翔太は、ワンフェイクで交代で入った純也を置き去りにする。翔太を初見で止めることなど土台無理な話だった。
残るは順平ただ一人。
順平はペナルティーエリアを飛び出して、スライディングで一か八かの賭けをする。
が、憎らしいまで冷静に、翔太はキックフェイントで順平をかわすと、そのまま無人のゴールにボールを流し込んだ。
絶望的な4点目が入る。
ゴールの笛が鳴り終わると同時に、前半終了の笛も鳴った。
前半21分、八王子SCと東京ビクトリーズのスコアは1-4となった。
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