第14話 14年目のハーフタイム その1

  試合開始前のセレモニーが終わると、さあ、いよいよ試合開始だ。


 目の前には緑のユニフォームを着たビクトリーズイレブン…………ではなくエイトだった。


 なんかしっくりこないな。まあ、いいや、じきになれるだろう。そして、センターラインのすぐそばで中島翔太が今か今かと待ち構えている。


 前半はうちのチームからのキックオフだった。


 試合開始直前、司からのアドバイスがあった。


 序盤はキック&ラッシュで試合を進めようと。


 体格ではビクトリーズと互角の八王子SC、特に中盤の遥のところで翔太とのミスマッチが起きる。


 足元には自信のあるビクトリーズ相手に、わざわざ相手の土俵に立ってまで付き合う必要はない。それに翔太をゲームから追い出すという意味もある。


 さあ、原始的なフットボールを楽しもうじゃないか。


 俺はキックオフの笛が鳴ると同時に遥にバックパスをする。すると翔太が獲物を見つけた猟犬のように遥に襲い掛かる。


 そして、翔太を十分に引き付けてからCBの武ちゃんにバックパス、翔太の勢いは止まらない。さらにGKの順平に渡ると、順平が全力のキックをした。


 ボールは風に乗ってグングンとビクトリーズゴールに迫る。実は順平はチームで一番のキック力の持ち主なのだ。


 翔太がゴール前に完璧に置いてけぼりをくらった。


 8人制サッカーのフィールドは68m×50m。でも、今の順平のようにペナルティーエリアを飛び出してボールを蹴ると、実は相手のゴール前まで40mそこそこだ。


 キック力のある小学生だったら一発で届く。しかも今日みたいに追い風に乗ればゴール前まで一瞬だ。


 虚を突かれたビクトリーズDF陣とあらかじめ準備をしていた俺。ハイボールの競り合いが五分五分の訳が無い。


 俺は順平の蹴ったボールに競り勝つと、DFラインの前に落とす。するとそこには、まるで、予定通りと言った感じで遥が待ち構えていた。


 キックオフ直後の狙いすませた攻撃でパニックに陥るビクトリーズDF陣。


 お前ら、俺達が考えなしにやってくるとでも思っていたのか。


 遥はぽっかりと空いたGKとDFの間のスペースに、これ以上ないというくらい丁寧にインサイドでボールを流し込む。


 俺はオフサイドに十分注意をしてからDFの裏に抜けた。


 柔らかな天然芝が遥の蹴ったボールの勢いを優しく包み込んだ。一瞬判断の遅れた相手GK。


 天然芝でのプレーだったら、本来ならお前らの方にアドバンテージがあったんだじゃねーのか?


 俺は慌てて飛び出した相手よりも先に遥の蹴ったボールに追いつくと、左足を振りぬいた。


「ピピーッ!!」ゴールを告げるホイッスルが鳴った。


 そうだ、思い出した。14年前の5-4の殴り合い。オープニングシュートは俺が決めたんだっけ。


 前半開始25秒、先制点は俺達八王子SCが取った。


 「おおおおおー」


 ビクトリーズのホームとはいえ、これ以上ないくらいの完璧な先制攻撃。


 見学していたビクトリーズのユースもジュニアユースも思わず声を上げる。


 自軍のベンチを見ると司がこぶしを突き出していた。


 「よっしゃー」俺は芝生の上で膝をついて雄たけびを上げる。


 アドレナリンがドクドクとあふれてきた。子供同士のサッカーとはいえやはりゴールを決めると気持ちいいもんだ。

 

 「やったなー、神児ー」チームの仲間たちが次々と抱きついてきて喜びを爆発させる。

 

 そうだ、14年前もそうだった。俺の開始早々の一発で完璧にこの場の空気を持って行っちまったんだ。

 

 すると……「すごーい、神児君」そういって、俺に抱きついてくる聞き覚えのある声は…………緑のユニフォームを着た翔太だった。

 

 歓喜の輪の中にただ一人、まるでエイリアンのようにあたりに異常な空気をまき散らす翔太。

 

 そんな敵のゴールを祝福するフットボーラーなんか聞いたことがない。

 

 その理解不能な翔太の行動にドン引きする八王子SC、すると、足早に緑のユニフォームを着た敵の3番が翔太を連れ戻しに来た。


「すいません、おさがわせしまして、」そう言って、翔太の頭をポカンと殴って自軍に引きずり戻る3番。忘れもしない、三岳健斗だ。


「健ちゃんいったーい」そう言いながら頭を押さえる翔太。スタンドの観客はゲラゲラと笑っている。


 チッ、せっかく盛り上げた空気、全部もってかれちまった。ベンチを見ると口元に笑みを浮かべながら首を振っている司。


 今朝からいろんなことが起こりすぎてすっかり忘れていた。


 三岳健斗、俺たちの代のビクトリーズジュニアユースのキャプテンで、のちの日本代表。前回のロシアでは惜しくもW杯行きを逃してしまった。


 東京ビクトリーズのシャビ・アロンソ、三岳健斗だ。よくこんなメンツに俺たちは勝てたな。尊敬するよ我が事ながら……

 

 すっかりと、空気を持ってかれてしまった。


 まるで、仕切り直しのように、今度はビクトリーズからのキックオフ。俺たちとは対照的にゆっくりとボールを回し始める。


 俺たちの布陣は3-3-1。既にゴール前にはDF3枚、そしてその前に2枚のブロックを作っている。


 相手ボールの敵のエリアでは、一切ボールを追ってない。


 すると、当然のごとく、がら空きの右サイドを狙って、中島翔太が突っ込んできた。


 マンツーマンの遥がすぐに体を寄せる。しかしそんなの関係ないとばかりに強引に体を割り込ませる翔太。


「遅らせろ、遥ー!!」俺は必死に声を上げ、背後から翔太にプレスを掛けに行く。刈り取れる、そう思った瞬間!


「戻せ、翔太ー!!」健斗の声がピッチ全体にこだました。


 やっかいだな。俺はその時そう思った。この頃のビクトリーズのサッカーってこんなにも大人びたサッカーをしてたっけ?


 俺はボールを追いながら14年前の記憶を遡る。


 たしか、ビクトリーズは翔太にボールをもっと集めていたし、俺たちも司にボールを預けて、もっとイケイケのサッカーをしてたような気が……


 時計の針は既に前半5分を回っていた。前後半20分づつの合計40分の延長戦なし。


 プロのような45分ハーフの試合ならともかく、こんな風に様子を見ていたらあっという間に終了してしまう。もっと強引にチャレンジしてもいいはずだ。


 それなのに、ビクトリーズは薄気味悪いくらいに無理をせずボールを回し続けている。


 でも……実は最初の1点目以降、俺たち八王子SCは一度もボールを触れてなかった。


 ビクトリーズは、まるで俺たちの実力を推し量るかのようにつかず離れずの距離で、パスを回し続けている。


 と、その時、「虎太郎ー」健斗の怒声が響くとともに、左サイドをフリーで走っていた敵の6番にスルーパスが通った。


 やばい、完全にドフリーだ。その上、その6番は内に切れ込むわけでなく一気にライン際を上がってくる。


 「大輔ー、止めろー」俺は叫ぶ。

 常に翔太の動きを気にしていた大輔は、一瞬反応が遅れた。


 敵の六番はあっさりとアタッキングサードを突破すると、エンドラインまで一直線、そして一気にゴールライン際をえぐってきた。


「クロスが来るぞー!!」


 分かってはいたが、ここまで崩されてしまってはもうどうしようもない。


 すると、敵の6番は中を見ずに一気に折り返してしてきた。こうなってしまったら、後は運を天に任せて祈るのみ。どうにか誰にもボールが合いませんようにと願ったが、そこに最悪のタイミングで三岳健斗が走りこんできた。


「ディフェンス、クリアー」俺はありったけの声で叫ぶ。


 しかし、俺の声もむなしく、誰もそのボールに触ることはできずに、三岳健斗はフリーでシュートを打った。


 インサイドで確実にミートしたボールがゴールのニアサイドを襲う。


 と、その時、「おらぁぁー」と雄たけびを上げ、懸命に伸ばした順平の指先にボールが掠めた。


 ボールはわずかにコースがそれ、ゴールポストを掠めていく。


「あああー」とため息をつくスタンド。頭を抱える健斗。見ると、ビクトリーズの関係者以外にも結構な観客が入っていた。


 今、点が入らなかったのは、順平のファインプレイと……そして運がよかっただけだ。


 あんな攻撃、防ぎようがない。


 俺はベンチにいる司を見ると険しい顔して戦況を見守っていた。


「健ちゃーん、今、僕、フリーだったよー」


 翔太が両手を上げ、ぴょんぴょんとジャンプをしながら必死にアピールする。健斗はニヤっと笑うと親指を立てた。


 背筋がゾッとした、今、翔太も完全にドフリーだったのだ。


 ビクトリーズのコーナーキック。しかし、ビクトリーズは冒険をせず、ショートコーナーで再びボールを回し始める。


 俺と遥で翔太をマークしているのを完全に見越してなのか、あえて翔太を外してのパス回し。しかし結果的には人数的に相手が上回っていることもあり、俺たちはおいそれとボールを取りに行けない。


 時計を見るとまだ8分、こんなことしてたら、点を取られるのは目に見えてる。


 と、さっきのリプレイを見ているかのように再び、敵の6番にスルーパスが通った。


「大輔ー」チームの誰もが声を上げる。大輔もさっきのプレーで懲りたのか、先ほどよりも早い反応を見せる。が、敵の六番はそれよりも早かった。


 こんな奴までビクトリーズにいたっけ?俺は必死に14年前の記憶を思い出す。しかし俺のそんな思いとは関係無しに敵の6番は大輔を引き連れながらペナルティーエリアに侵入してきた。


 そして先ほどと全く同じように、中を見ずに折り返す。


 厄介だ、こんなロシアンルーレットみたいなプレイ。いつか必ずやられる。


 俺は翔太のマークを外し、必死にゴール前に戻る。しかし、そのボールの行き先を見透かしたように、またも三岳健斗がフリーで走りこんできた。


 しかし、そこは、我が八王子SCの仲間たち。さっき見たばっかのおんなじプレイをやすやすとはやらせはしなかった。


 大輔と武ちゃんが必死に足を伸ばすと、健斗のシュートは武ちゃんの足に当たってリフレクションを起こす。


 ボールが大きく跳ね返る。「クリアー!!」「押し込めー」ビクトリーズと八王子SCの選手の声が入り乱れる。


 すると、ディフェンスラインから走りこんできたビクトリーズの4番がインステップで思いっきり蹴り込んだ。唸りをあげるボール。きっと最初の失態を取り返そうとしているのだろう。


 しかし勢いがあるが、順平の真正面。必死にパンチングでボールをはじくと、ペナルティーエリア内で敵味方が入り混じっての蹴り合いが始まった。


 「押し込めー」「クリアー」


 なんて原始的なフットボールなんだ。俺たちが望んでたとはいえ、こんな場所では勘弁して欲しい。こんなんじゃ、いつ点を取られてもおかしくない。


 俺たちは必死にタッチラインに逃げようとするがビクトリーズは許してくれない。


 そして、何度目かのシュートがDFに当たり大きく跳ね返ると、ペナルティーエリアの外で待ち構えてた翔太の足元にすっぽりと収まった。


 その瞬間、俺たちの誰もが金縛りにあったかのように、動きを止めてしまった。


 たった一人、中島翔太の時計だけが動いていた。


 翔太はペナルティーエリア3m手前、左45度でボールをトラップすると、ニッコリとほほ笑んだ。


 ああ、やっと僕の元に帰ってきてくれたんだね。と……


 まるでこのボールの所有者が自分であると言わんばかりに……


 直後、ピッチに稲妻が走った。


 最初の犠牲者は遥。


 翔太は一瞬、内に切れ込む肩のフェイントだけで遥を振り切ると、直後、右のDFの真人(まさと)を必殺のダブルタッチで抜き去った。


 真人はまるで幽霊でも見たかのような茫然自失の表情になる。


 でも、しょうがないさ真人。


 奴のダブルタッチはユベントスのDFだって初見では止められなかったんだ。自分を責める事は無い。


 最後の砦はGKの順平。


 それでも順平は必死になって抗うように、悲鳴のような雄たけびを上げながら翔太の足元に飛び込んだ。


 が、翔太は、まるでそれを見透かしていたかのように、ボールを右足の甲に乗っけると、これ以上ないくらいに優しく浮かせた。


 まるで初めてボールに触れる赤子に手渡すかのように……

 

 その時、俺は何をしていたのかだって?


 その一部始終を見ていた間抜けな俺は、一か八か、ゴールに飛び込み翔太のシュートを掻きだそうと試みた。


 が、結局はボールと一緒にゴールネットに吸い込まれてしまった。

 

 前半10分、八王子SCと東京ビクトリーズの試合は1-1の同点になった。 

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