第13話 決戦当日
「いよいよ、ビクトリーズとの決勝戦だ!この一戦に勝てば、我がクラブとして初の全国大会の出場が決まる。
これまで苦しかったことがたくさんあったと思う。
それもすべて今日の戦いのためだ」
チームのみんなは目を瞑り、決勝戦までやって来た長い道のりを思い出す。
「相手は東京ビクトリーズジュニア。相手にとって不足はない。
さあ、お前ら、思う存分戦ってこい」監督が檄を飛ばす。
時折未練がましく司の方をチラチラ見るのは気のせいではない。
司の思った通り、クライマーコーチを通して司の怪我のことを話したら、監督が「どうにか、今日一試合くらいはできそうにないか?」と聞いてきた。
それを聞いてたクライマーコーチがおかんむり。
「ノー、ハジーメ(←あっ、これ、横森監督の名前ね)ワタシハ、アナタニ、ジュニアの選手、ケガしてるのにシアイダスこと、イツオシエマシタカ!!!」
って、クライマーさん、俺達のが驚くくらい怒っちゃってさ、監督、かわいそうなくらい詰めれてんの。
というのも実はうちの監督、クライマーコーチの元教え子でさ、いまだに頭が上がらないんだって。
まあ、クラブのプロジェクトを立ち上げて、ジュニアとはいえ初の全国大会へリーチがかかってんだから、そう思ったってしょうがないけれど……
ちなみに、クライマーさんって、八王子のでっかい教会の牧師さんでドイツから来ている人なんだ。
最初来た時は、3年くらいで帰る予定だったんだけれど、日本の治安がいいのと食べ物がうまいのと、思った以上にサッカーが盛んだったことで、向こうに住んでいる家族を呼び寄せて、こっちにすむようになっちゃった人なんだ。
本業はもちろんプロテスタントの牧師さんなんだけれど、ボランティアで俺達にサッカーを教えてくれている。クラブのお偉いさんとか、クライマーコーチに未だにいろいろと相談をしてくる。
実は俺もチームにコーチの件を打診されてから、クライマーさんにはいろいろ相談を乗ってもらってたんだ。
クライマーさんってドイツにいたころ、ドルトムントっていうチームのユースのコーチとかしていた人で、オリンピックにも出たことがあるんだって。
小学生の時はへー、ドルトムントかー、どんなチームなんだろーとか思ってたけれど、大人になってあのチームのすごさを知ることになって、当時の自分の無知さに頭を叩きたくなってきた。
ドイツ屈指の名門、あのドルトムントのユースの元コーチ、実は監督を打診されていたのだけれど、本業の牧師の仕事を疎かにできないと、当時のチームの首脳陣からの三顧の礼を断って、コーチにとどまったのだと、大人になってから聞いた。
目の前にこんなにもすごい人がいたというのに、その時の俺は、本当に人を見る目が無かったのだと、大人になってから自己嫌悪に陥ったものだ。
すると、今度はクライマーさんが話し始める。
「さあ、ワタシノタイセツナキッズタチ、フットボールを楽しみマショウ。主ヨ コノコタチニ カミノご加護を」
そう言って、クライマーさんは十字を切った。
「じゃあ、最後に鳴瀬、お前がまとめろ」
監督からキャプテンマークの黄色いアームバンドを渡された。普段は司が付けているアームバンド。ドキドキと胸が高鳴ってきた。
俺は今の自分の気持ちを包み隠さずに言った。
「みんな、今日は司が出ない。」
周囲に一瞬ざわめきが起きた。既に事前に知らされているとはいえ、やはり動揺は隠せないみたいだ。
「正直、俺たちのチームにとっては、最大のピンチだ。」
ごくりと唾を飲み込む音がそこかしこから聞こえる。
「でも、だからと言って、このままおめおめと負けるのか」
チームのみんなは強いまなざしで首を振る。
「今まで俺達に負けたチームに、司がいなかったから負けましたって言えるのか!」
「言えない!」
誰かが言った。
「俺は、今日、自分のすべてを出す。司が居なかったからとか言い訳が出ないくらい、死に物狂いで、すべてを出す。頼む、みんな、今までのベストを越えてくれ!!」
「おう!!」
チームのみんなから返事が聞こえる。
「俺たち11人、みんなで10%づつ、ベストを更新すれば、きっと司の穴は防げるはずだ!!」
「………………………………?」
途端にみんなの反応が無くなってきた。……アレ、まあ、いいや、続けよう。
「そうすれば、俺達はビクトリーズよりも1人多い12人の力で闘えるんだ、怖いものなんかないじゃないか」と言ったところで、「ちょっと、来い、この馬鹿!!!」と司に首根っこを捕まれ、円陣から連れ出されてしまった。
「な、なんだよ、司、まだ話の途中じゃないか」
司は俺の言葉には耳を傾けずに、ロッカールームの隅っこまで俺を連れてきた。
そして……「バカ神児!!、今日の試合は8人制だよ!!!」
「あれっ?…………」
チームのみんなの方を見ると、これ以上ないくらい冷めた目で俺達を見つめていた。
チームで一番計算ができる翔が言った。
「8人が10%つづ頑張っても、9人にはならないぞ」
あちこちからため息が聞こえた。
すると肩まであった髪の毛をポニーテールにまとめた遥が凛々しい顔してやって来た。
「あ、ごめん、遥」
すると遥は何も言わずに、俺の右腕に付けてたキャプテンマークを取り上げた。
「ああー、俺のキャプテンマーク」
遥は無言のまま踵を返し、アームバンドを右腕に巻きつけながら円陣に戻る。と、「さあ、今日は大一番よ、覚悟はいい?」
「おう!!」
「今日はビクトリーズのホームで戦うけれど、さっきスタンド見た?ユースやジュニアユースの選手まで来てるじゃない。ちょうどいいわ、ビクトリーズの連中に赤っ恥をかかせて上げましょう」
クスクスと周囲から笑い声が起きる。
「私たちの今日の相手は!?」
「東京ビクトリーズ!!!」
「ビクトリーズなんていうだっさい名前の奴らに私達は負けるの!?」
「負けない!!!」
「今日の勝者は!?」
「八王子SC!!」
「強いのは!?」
「八王子SC!!」
「かっこいいのは!?」
「八王子SC」
「わかってるじゃない、あんた達。それでも、試合中、どうしても苦しくなったら、私の背中を見なさい」
そう言って遥は八王子SCのチームカラー、スカーレットレッドのユニフォームに白字で染め抜かれたナンバー8をみんなに見せる。
遥の真紅のヘアバンドからその覚悟を伝わってくる。
すると遥はくるっとこちらの方を向き、「司、後でちゃんと優勝カップ持って帰るから、安心してベンチで待っててね」
そう言い残すと、ロッカールームから出て行ってしまった。
遥の後をついていくように、チームのみんなもロッカールームから出て行ってしまった。
「くぅー、遥ちゃーん、かっこいいー」
司がプルプルと打ち震えながら感動している。
「さすが、俺の嫁、そして太陽君のお母さんだ。ああ、スマホがあったら録画しておきたい。それに比べて、このあほタレは……」
司はそう言うと、深いため息をつく。これはダメな部下を持った上司のため息だ。ああ、肩身が狭い。
ってかさ、ちょっと待ってくれよみんな、俺のことをあきれる前に、一言、言い訳をさせてくれ!!
今ではジュニアでは8人制サッカーは当たり前になっているけれど、この当時は、まだ、8人制と11人制がごっちゃになって、大会ごとに規定がまちまちだったんだ。
隣町のカップ戦では11人制、市内のリーグ戦では8人制と、そんな感じでさ!!
それに8人制のサッカーなんて、本格的にやったのはこの大会が最初で最後。俺が今教えているジュニアユース(あ、中学生のカテゴリーね)では、11人制だし、うっかりしてたんだ。
人間、間違いは、誰だってあるじゃないか!!
「でも、このタイミングで普通間違いないだろ!!」
まるで、俺の心の内を見透かすように司がツッコミを入れる。
「すみませんでした」俺は正直に謝った。
大人になってから知ったんだ。人間素直に謝ることが大切なんだって。
人生で大切なことはおおよそ幼稚園でならうものなんだぜ。知ってたかい?
と言うわけで、恥かきついでにもう一つ。
「司…………」
「なんだよ…………」
「あのさ、8人制サッカーってどうやるんだっけ?」
俺の上司の司は今日一番の深いため息をついた。
「つーわけで、おまえ、完璧に忘れてそうだから一回おさらいな!!」
「はい」
司はロッカールームのホワイトボードの前に立つ。
「うちのチームは、基本の布陣は2-3-2だ。」
「2-3-2って、DFは2バックなのかよ」
「そうだ、でも、守備時には両サイドのMF下がって来て4バックになる」
「ふんふんふん」
「お前は2トップの右」
「そのくらいは覚えているよ」
「信用できるか!!!」
「あ、ひでー」
「でも、今日のビクトリー戦は3-3-1の布陣だ」
「ふんふんふんって、俺は、どこ?」
「お前は1トップでとにかく前線からプレスを掛けろ!!」
「ういっす」
「真ん中の右サイドの遥は翔太のマンマーク」
「はい」
「お前は中盤の遥の抜けた穴をカバーするか、状況によって2人で翔太を押さえに行け」
「でもそうしたら、他の奴、ノーマークになるんじゃ……」
「そこはあきらめて、仲間を信じろ。とにかく、DFライン3枚、中盤2枚でブロックを作る」
「でも、そしたら、サイドは……」
「クロスは好きなだけ入れさせてやれ、それでも、翔太にだけ自由にさせるな!」
「ラジャ!!」
「あとはGKの順平とCBの武ちゃんを信じるしかない」
「オケ!!」
うちの数少ないアドバンテージの一つとして、長身のCBの武ちゃんとGKの順平がいる。
本来ならセットプレーもうちの大切な得点源だったのだが、この試合、肝心のキッカーである司がこのありさまだ。
と、そんなことを考えてたら。
「いつまでロッカーにいるの、さっさとピッチに出てきなさい」と遥が血相を変えて怒鳴りに来た。
「ラジャー!!」俺と司は了解のポーズをとった。
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