第2話 引き受けて、くれますか?
100年ぶりに会うとはどういう事なのか、フィリアの婚約者とはどういう事なのか、魔女の名前がなんか頭の中にスッと入ってこない。
そんな事はどうでもいい、体育館以外で武器を手にするなんて危険人物に違いない。
胸ポケに仕込んでいるナイフを、ヤツの心臓目がけて投擲すれば……当たっても当てられなくても隙が出来るはずだ。
その一瞬の隙を突いて、ヤツを気絶させる事が出来れば。
「今回のエルヴァイレ様はまた小さいですね。胸も多少あれば良かったんですが」
僕は内ポケット内で鞘からナイフを抜き、心臓をめがけて投げつける……!!
「うん?」
ザシュッと僕のナイフの切っ先がジルハイド・ランヴェールとやらの胸に突き刺さる。
正直、刺さるとは思っていなかった。
なんなら避けられたりするかと思ったが、刺さったのなら好都合だ。
僕はややお高い椅子を蹴り飛ばし、僕はジルハイドと距離を詰めてジルハイドの胸に突き刺さったナイフを引き抜く。
「ぐ、お……っ!?」
鮮血がジルハイドの胸から溢れ出す、次は腹部にナイフを突き刺して、すぐさま引き抜く。
「が……!!」
急所を二箇所も刺されて助かった人間はまずいない。
異様なまでにタフな人間は何度か遭遇した事はあるが、心臓と大動脈を傷つけられて助かる人間など聞いたことがない。
人間は血液量に限界があるし、急速に大量出血をすればショック死してしまうはずだ。
だが、ジルハイドは目を白黒させて驚いたような困惑しているようなカオを浮かべている。
「容赦がないな、ユウゴ君」
「扉に向けて魔力の弾丸をぶち込んで、武器下げて現れたらそりゃあ殺さざるを得ないでしょう」
「やはり躊躇が無いな、元暗殺者」
なんか若干周囲に引かれているような気もするけど、気にしたら負けだろう。
それはそうと、面倒ごとになる前に遺体を片付けなければならない。
だが──
「はあ、いてて……いきなり乱暴じゃないか」
死んだはずの人間の声がする。
いや、仮に生きていたとしてもこれだけ血液を失えば意識を保つことなど不可能なはず。
「何だっけ君、君だけ知らない……。そこにいるサングラススーツがシゲイラ・フィル・アルバートに、そこのハゲが」
「ハゲって言わないでよ」
「──そこのツルピカ頭がこの学校の校長、そんで、そこのちっこくて可愛い赤毛がエルヴァイレ様」
ハゲもツルピカ頭も大して傷つき度合いは変わらない気がするが、あれだけの重傷を負って生きているなんてやはりおかしい。
魔術ではなく、呪術的な技術で生きているのだろうか?
「どうしてそこまでされて生きてる?」
「そこまでされて……って、こんな風にしたのキミじゃないか。えっと、誰?」
「ユウゴ・フィンレイだ」
「私はね、魔女の眷属なんだ。魔女エルヴァイレ様と命を共有する存在。だからこの程度の傷じゃ死ねない」
「魔女の眷属……」
魔女から命と魔力を分け与えられる魔女は相当な力を持つとは聞いたことがある。
でも、だからといってここまで頑丈であるものなのか?
「とはいえ、覚醒の兆しすら見せていない状態だと流石にこの傷はきびしー……帰るわ」
「待て!!」
まだ分からない事が沢山ある、ここで帰してしまったら次は万全な状態で襲撃してくるかもしれない。
「いや、ハラワタ出そうだから帰りたいんだけど」
「魔女の眷属、お前の目的は?」
「あー、一応エルヴァイレ様の覚醒。そのためには、器の女の子には死んでもらう必要があって」
「……は?」
器の子、というのは話の流れから察するにフィリアのことだ。
だが、魔女になる事を阻止するために彼女を殺さなければならない。
「話が違う、聞いていた話と!」
「世界の最果てで器を殺して、その遺体を大空洞に封印するんでしょ? そうすれば、魂ごと浄化されて魔女化しなくなる。魂も遺体に固着するからしばらく魔女がこの世界に顕現しなくなるんだよ」
校長とシゲイラは頷いている。
この辺りの話はどうやら魔女の眷属、ジルハイドの話は本当らしい。
「18歳になったら魔女の器は魔女に覚醒するけど、そうなると魂が極めて不安定な状態になるんだ。本来の器の人格と、魔女の人格が混ざったような感じ。そうなると、諸々面倒だから器の子を殺したい。眷属の考えとしてはそんな感じ」
「そうか、概ね分かった」
僕はジルハイドの背中にナイフを突き刺し、引き抜く。話が聞けた以上、もうこいつに用は無い。
見た感じ頑丈なだけでかなり弱っているのだから、多分このまま攻撃を続ければ死ぬだろう。
「痛い痛い痛い!! キミは人の心とか無いのか!?」
「残念ながらこちとら物心がついた頃にはもう武器を手に戦ってたんで」
「なんだよそれ! 眷属以上の化け物じゃんか!! もういいや、ワープするから!! バイバイ!!」
ジルハイドがそう言うと、本当にフッと姿を消す。
この世界にはまだ、空間転移をする魔法など存在しないはずだ。
だが、一瞬で姿を消したという事は本当に「ワープ」してしまったのだろう。
「逃したか……」
「もう良いよ、取り敢えず掃除をしよう。せっかくこ校長室が血生臭くて仕方がない」
◆◆◆◆◆◆◆
血液が大量に付着したカーペットと椅子は校長が泣きながら処分すると言っていた。
それなりにお高いものだと察する事は出来るが、これらは校長のポケットマネーで買ったものなんだろうか?
世界の最果てというのがどこなのか、大空洞というのがどこにあるのか。
そもそも、数ヶ月では済まない距離を移動するのだから学校に居られなくなるじゃんという心配と……。
「あの、ユウゴ君……」
カーペットを貫通して床にまで広がった染みを拭き取る作業をしていると、突然フィリアが声をかけてきた。
「私を世界の最果てで私を殺すという仕事……引き受けて、くれますか?」
「……一生遊んで暮らせるだけの報酬が貰えるんでしょ? だったら、断る道理は無いよ。それに──」
ギャラがどうだとか、魔女がどうとか、世界の危機なのだ〜とか、正直イマイチピンと来ていない。
正直言って、フィリアとそれほど仲良くないしフィリアが可愛いからって下心があるわけでもない。
こんな任務を引き受けたら、自分の命だって危ないだろう。
これまでだって、死の危険と隣り合わせではあったけど……それまでとは比べ物にならない。
なにせ、魔女の眷属とやらを敵に回すことになるし自然の脅威もあるし、魔物と戦うことにもなるだろう。
「それに!? それに!? 何!?」
フィリアの物凄いテンション上がってる事に戸惑いながらも、僕はその問いに応える。
「……それに、世界を知るには丁度いいかと思って」
「なるほど、冒険は勉強になるからね」
これは半分本当で、半分くらい嘘だ。
自由気ままに旅をしてみたいのは本当だし、見たことのない景色を見てみたい。
それと、旅をして見聞を重ねる事でこれまで奪ってきた命の重みを感じることが出来るのかもしれない。
そうする事で、はじめて僕は犯してきた罪と向き合えるかもしれない。
「ありがとう! それじゃあ、引き受けてくれるんだよね!!」
「ああ、うん……でも、その前に聞いていい?」
「何?」
「どうして、僕だったの?」
そうやって問いかけると、フィリアはウーンと悩んだような素振りを見せてからこう言った。
「なんとなく?」
「そんなわけあるか!」
ちなみに、おろしたての僕の制服が返り血でダメになったけどこのまま退学する事になったせいで特にダメージは無かった。
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