世界を救うために彼女を適切に殺害してください
一ノ清永遠
第1章 旅立ち
第1話 私をね、殺してほしいの
机と、教科書と、生徒たちの残り香と、黒板とチョークのにおい。
教室に残っている生徒は僕だけ、そんなガランとした教室に山吹色の夕陽がガラス越しに差し込んでくるのがなんか好きで、宿題を口実によく居残っている。
誰もいない教室っていうのは、予習と復習に使えるから便利っていうのもあるけど……頭の中に過る「あれ」や「これ」やを忘れられる感じがするから好きだ。
もっとも、放課後に居残る生徒は僕だけじゃないから……そんな時には、特別教室なんかを利用してるんだけど。
でもやっぱり、教室が一番落ち着く感じがする。
「ふぅ……」
鉛筆をカランと鳴らして机に転がし、ノートを閉じる。真っ黒になった消しパンをゴミ箱に捨てて、残ったパンを口に運ぶ。
消しパン用のパンというのは、油分が少なく鉛筆の汚れをこそぎ取ってくれるが味は正直微妙だ。元々食べる目的で焼かれたものではないので当然ではある。
水筒に入っているお茶でその微妙なパンを流し込んでいると教室に誰かが入ってきた。
「ああ、やっと見つけた……」
やっと見つけた、というからにはきっと僕を探していたのだろう。
でも、僕の方は彼女とそこまで面識がない。
同じクラスの『フィリア・アイル』だ。
身長は150cm前後、小柄で童顔。真紅色の赤毛はセミロングほどの長さだがハーフアップにして纏めている。
瞳の色は赤毛とは対照的な黒に近い紫色なのが彼女自身が何かを抱えているように思わせる。
とはいえ、遠目に見ている分には明るく元気でお人好しの……言い方は悪いけどちょっと、頭の悪い感じがする女の子だ。
「探したんだよ、ユウゴくん」
「何か用事でもあったの?」
「実はね、お願いがあって……」
「お願い?」
このグイグイくる感じからは想像出来ないかもしれないけれど、僕とフィリアはまともに会話をした事がない。
同じクラスとはいえ、多感な時期という事もあって男子と女子はほぼ会話をしない。
そもそも、僕はあまりお喋りをするタイプではないし入学して数ヶ月経っても全く会話をした事がないクラスメイトがいるほどだ。
なのに、僕を探していたとはどういう事なのだろうか?
「私をね、殺してほしいの」
◆◆◆◆◆◆◆
僕たち1年生の教室は校舎の4階に位置しており、僕たちが向かっている校長室は1階の玄関口の近くにある。
彼女は僕の過去を知っていて、あのような事を頼んだのだろうか。
色々と彼女には聞きたいことが多過ぎるが、下手に校舎内で聞くわけにはいかない。
「ごめんね、こんな事を頼んじゃって」
えへへ、と申し訳なさそうに謝るフィリア。
「まだ仕事を請けるとは言ってないよ、詳しい事を聞かせてもらってから請けるかどうか判断する」
詳しく話を聞いてからは断れない、なんてケースもあるにはあるが。
そんな言葉を交わしているうちに校長室の前に到着する。
校長室の扉は他の部屋に比べて分厚く、縁は金メッキで覆われていて豪勢な作りになっている。
金メッキはともかく、分厚い扉は防音のためであり機密事項は校長室で話される事が多い。
防音扉になっているため、校長室には呼び鈴が設置されている。
呼び鈴を鳴らすと扉が開かれ、神妙な面持ちで校長が僕たちを招き入れた。
「ようやく来たね、入って」
「……失礼します」
◆◆◆◆◆◆◆
校長室には歴代校長の肖像画が描かれた額縁がかけられており、椅子もテーブルも戸棚も他の部屋に使われているものより数グレード上のものになっている。
これは校長の威厳を示すため──というよりは、校長室は客間としても使われるから来客もてなすためという側面が強いと思われる。
「これは個人的に仕入れた茶葉でね、リラックス作用のあるハーブを発酵させたものだ。遠慮せずに飲んで」
「いただきます」
校長が個人的に外国から買ったというお茶に対する興味よりも、真向かいに座っている学舎に不似合いなスーツ姿の男達の方が気になる。
室内だというのに帽子を外さないし、サングラスをかけている男は長年の経験から信用出来ない。
「校長、こちらの方は?」
「ああ、彼は──」
「シゲイラ・フィル・アルバート。聖グリムゼラ王国政府防衛庁長官だ」
「政府の……」
政府の人間となれば数年前まで僕の敵だった人間だ。
僕は依頼者から依頼料を受け取り、要人を夜な夜な暗殺してきた。
その人間が、僕の正体を知ってか知らずか依頼してきたというのか?
校長は暗殺者として生きてきたこの僕を拾い、この魔法学園に入学させた張本人だ。
「校長、どういう事ですか?」
「フィリア君の意向だよ、彼女が君を指名したんだ」
「なんで……」
まさか、校長が僕の存在を明かしたという事なのだろうか?
でも、そんな事はあり得ないはずだ。
校長は僕を真っ当な人間として更生させるために、僕をこの学園に入れたのだから。
「君は非道な人間や凶悪な犯罪者を、仕事として始末してきた。本来であればこの場で逮捕し、処分を下すものだが……今は世界の危機だ。危険極まりない任務を与える事で手打ちにしたいと思う」
「世界の危機?」
まるで訳が分からない。なんの罪も犯していないだろうクラスメイトが「自分を殺してほしい」と依頼してきたのに。
今度は世界の危機などというよく分からないワードが飛び出した。
世界など、そうそう簡単に滅んでなるものか。
「彼女、フィリア・アイルは魔女の転生した存在だ。魔女は18歳の誕生日に完全覚醒し、人格を魔女に塗り替えられる。魔女に塗り替えられたらもはや手遅れだ……そうなる前に、彼女の遺体を世界の最果てに封印してほしい」
「何言ってんだかよく分からないです」
「簡単に言えば18歳の誕生日の前に世界の最果てまで辿り着き、彼女をそこで殺してほしいという事だ」
何故、世界の最果てに向かえというのか。
この場で殺してはいけないのか。
大体、殺すだけなら僕じゃなくても良いのでは?
「聞きたいことは沢山あるんですけど、なんで僕なんですか?」
「それはね、キミだったら確実に私のことを護れるでしょ?」
「殺してほしいっていうのに、どうして護る必要が──」
「それはね、私が自分の意志以外で死んでしまうと……魔女が目覚めてしまうからだよ」
フィリアがそう言うと、まるで漫画のようなタイミングで校長室の扉に魔力の弾丸が次々と撃ち込まれる。
攻撃的な魔力が近づくと、肌の表面がチリチリとした感じがするので咄嗟に魔力のシールドを張る。
シールドに手応えはない、という事は扉に何らかのバリアが張られているのだろう。
いつ命を狙われても良いように訓練を怠らなくて良かった、とこの瞬間は思った。
「よく分からないけど、全員奥に引っ込んでて」
なんかよく分からないけど、ここで誰かに死なれるのは困る。
僕が逮捕されないのはシゲイラって人の権限だろうし、校長は恩人で、フィリアが死んだら魔女になる。
つまり……誰か一人でも死んだら、多分ゲームオーバーだ。
「魔力障壁とは……姑息な真似をするものだ」
分厚い扉は刃物のようなもので斬り裂かれ、ゴトゴトッと扉だったものは音を立てて崩れていく。
「お姫様、お久しぶりです。大体……100年ぶりくらいかな?」
タキシードを身に纏った黒髪に、黒い瞳の男が扉の残骸をピョンと飛び越えて校長室に現れた。
男は歪んだ刀のようなものの柄を握っており、臨戦態勢といったところだろうか?
僕は護身用に制服の内ポケットに忍ばせている短刀を手に取る隙を窺う。
「君は誰かな? 校長室は無断入室禁止だよ」
「失礼、まずは名乗るべきだった。私はジルハイド・ランヴェール……魔女『エルヴァイレ』の婚約者です」
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