第3話 卒業旅行、したい! です!

 寮には3年間居続けるだろうと思っていたのでそれなりに荷物を用意したのに、入学してほんの数ヶ月で旅に出るだなんて思わなかった。


持ちきれない大きな荷物は校長の厚意で帰ってくるまで預かってもらえる事になったのは良かった。


僕には家族と呼べる存在が生まれつきいない。


生まれたばかりの僕は布に包まれて捨てられていたんだそうだ。


僕のことを産むだけ産んで、育てられないとみて捨ててしまったのだろう。


この「ユウゴ」という名前も暗殺者組織のボスが適当に名付けたもので、言葉がはっきりするようになってからは暗殺稼業に加担させられていた。



「寂しくなるわねぇ」



荷物を片付けて、掃除を始めた僕に寮母さんが声をかけてきた。



「ほんの数ヶ月ですけどね」

「ほんの数ヶ月だからよ、もし叶うなら卒業するまで見届けたかったわ」

「なんか、ごめんなさい。でも、旅を終えたらここに戻ってくるつもりなので」



必ず旅を終えたらこの学園に戻ってくるように、と校長に言われた。


帰ってくるまでが依頼なのだと。


まあでも、帰ってきたら報酬を支払わずに僕のことを逮捕して処刑台に上げるのが政府にとって都合のいいやり方だろう。


仕事を終えたら学園に戻らずに適当な村に流れ着いて働くのが良いのかもしれない。


まあそれは、仕事を終えた時に考えればいいか。



「それにしても、ずいぶん暑苦しい格好してるのね」

「制服、汚れちゃったんですよ。掃除を終えたらそのままここを発つんで、外を出歩ける格好にしてるんです」



僕が着ているのはいわゆる冒険者の服、というヤツだ。


防刃・防弾性のあるインナースーツの上に地図や暗器、薬や魔法アイテムなどが収納出来るスーツ。

その上に魔法でコーティングされた外套を羽織っている。



「それにこれ、埃とかつかないように魔法コーティングされてるから掃除するにも便利なんです」



◆◆◆◆◆◆◆



 僕一人で旅をするのなら、適当に魔物を狩ったりギルドクエストの報酬を得ながらのんびり旅を楽しめば良い。


でも今回は戦いも旅もした事がない女子を引き連れての旅だ。


その上、命を狙われている女子を絶対に奪われたり殺されたりしないように旅を進めなければならない。


世界の最果てを目指さなければならない以上、整備なんかされてない山道を歩いたりしなければならないだろう。



「道すがら、戦い方を教えるか……」



荷物を纏め終えた僕はあんまり方針の定まっていない旅の中で、いかに依頼を達成するかを考えていた。


戦いの素人がいれば、足を引っ張る可能性がある。


せめて武術の授業が本格的に始まってから旅立ちたいけど、時間が有限の旅だ。



「お待たせしました!」

「もう、友達に挨拶した?」

「はい、挨拶したらこの旅についてくるって張り切ってます!!」



フィリアの後ろに2人ほど女子と、男性教師が一人いる。



「私たちも一緒に旅に出ます!!」

「ダメです、授業を受けなさい」

「先生も心配なので、ついていきます!!」

「教え子たちのところに帰りなさい」



フィリアと僕のクラスメイト、エリナ・シジョウとラライア・フロウランだ。


教室で女子たちでキャピキャピしていたのを覚えている。


男性教師はカーム・ハームベルト、音楽教師だ。あまり絡みがないのでパーソナルな部分は正直言って分からない。



「ハームベルト先生、この学校には音楽教師が2人しかいないんですよ。帰らなきゃもう一人のサリア先生がかわいそうです」

「私は、フィリア生徒が好きなんです。恋しちゃってるんです!!」

「不純な動機すぎる、帰れ!!」

「嫌です、もう退職届は提出済みです!!」

「足手まといになるんですよ、大体この旅がどんなものになるのかわかってるんですか!?」



エリナとラライアとカームは顔を合わせて、首を傾げる。



「目的のわからない旅について行こうとするなよ……」



エリナが手をポン、と叩いて目を輝かせる。



「愛の逃避行……とか!?」

「百歩譲って愛の逃避行だとして、そんな旅についていこうとしないでくれ。そっとしておいてやれよ」

「18歳未満の不純異性交遊なんて先生としては認められないです!!」

「生徒に恋してるとか宣ってる男性教師に言われたくないわ!!」

「ユウゴ君、ツッコミタイプだったんだ」



取り敢えず、旅の目的さえはっきりと明示すればこの空気が読めない人たちもついてくる事を諦めるだろう。



「この旅の最終目的は、世界の最果てでフィリアを殺す事です」

「殺す……って、命を奪うって意味の?」

「そうです」



流石に困惑の色を隠しきれないらしい。

何故そんな事をするのか、そしてフィリアは何故それを受け入れているのか、分からない事は多いだろう。



「私はね、魔女の生まれ変わりなんです。18歳になったら、魔女として覚醒して……きっと、大勢の人を殺してしまいます」

「そうなる前に、自ら命を絶つって事?」

「そうです、でもただ死んでもダメなんです。私が死んだら、私の中の魔女が目覚めてしまいます。だから、世界の最果ての大空洞に遺体を封印する必要があるんです」

「他にさ、方法は無いの!?」



淡々と、穏やかな口調で説明するフィリア。


いつ頃、魔女の転生体だと判明して……いつ頃、自分の死を受け入れたのか。


それは、悲しくないのだろうか?


僕は死にたくないから、大勢の命を奪ってきた。


刃物を、魔力杖を、銃口を向けられるのは恐ろしく、怖かった。


仲間が死体に変えられるのは、恐ろしかった。


ああなってしまうのが怖いから、戦ってきた。


でも、そうやって人の命を奪ってきた事が愚かな行為だと気付いたのは……声変わりした頃だったかな。



「あったらきっと、とっくに私みたいなのはいなくなってます。だから──」



心の中では悲しいのに笑っているのを見るのは、やっぱり好きじゃない。


戦場に立った時、笑いながら死んでいった奴がいる。


そういうのを見ていると、どうしようもなく悲しくなる。


だから僕はフィリアに言った。


「そういう態度は、やめた方がいい。悲しまれるよりも、笑って自分の死を受け入れられる方が……友達としては、多分キツいよ」

「あ……えっと、ごめんなさい。だから──」



ただ黙って聞いていたラライアが口を開く。

何か、意を決したような目をしている。



「卒業旅行、したい! です!! 死んじゃうんでしょ!? 思い出を作ろうよ!! そうすればさ、きっと……寂しくないよ!!」

「卒業旅行って、まだ入学してほんの……」

「ほんの何ヶ月かでも、一緒だったから!! そんなの知らなかったから、私……」



ラライアはそういう提案をしながら、ポロポロと涙を流し始める。


自分が思っていた以上に、辛く重い宿命を背負っていると知ってしまったから。


自分だったら苦しくて、きっと堪えられない宿命を友達が背負ってしまっているから。


それを少しでも和らげてあげたいという、ラライアなりの優しさなのだろう。



「……エリナ、ラライア。二人は何か得意なものある?」

「私、攻撃魔法が得意かもです!! 色んな属性に適合してるみたいです!!」

「家が病院なんで、治癒魔法は覚えました!!」

「分かった、立ち回りは追々教える。魔法の腕は磨いておいて」

「分かりました!!」



情に絆されたわけじゃない、エリナとラライアの友達に対する真剣な想いが武器になるかもしれないと判断したまでの事だ。



「私は、徒手空拳が得意です!! ご覧ください!!」



おもむろに校長像の元へ歩み寄るカーム、ゆっくりと息を吐いて腕を振り上げ校長像を殴りつける。


すると、校長像はバラバラに吹き飛び音を立てて崩れ落ちる。


校長像は簡単には壊れない堅牢な石で作られているので、パンチ力だけで破壊するのは至難の業だ。それをあっさりとやってのけるのは……。



「喧嘩が強い少女性愛者とかタチが悪い」

「少女性愛者じゃないです!! ただ私は、フィリア生徒に恋をしているだけで……!!」

「っていうか、校長像壊したらダメでしょ」



などと言っている矢先、校長が僕達を見送りに来たらしくバラバラに砕けた校長像を見て絶句する。



「……!?」



早朝、体力維持のためのランニングをしているとよく校長像を磨いている校長の姿をよく見かけた。


それだけ大事にしていた校長像が無惨にもバラバラに砕かれたのだから、ショックだろう。



「ハームベルト先生、これは、君が?」

「はい、私がやりました!! ユウゴ生徒に力を見せつけたくて、私が砕きました!!」

「退職届は預かっているつもりだったが……君はクビだーーーー!!」



結局、退職が決まってしまったカーム・ハームベルト先生は僕たちの旅についてくる事になった

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