第27話 お出迎え


 とうとう園遊会の当日がやって来てしまいました。


 数日前から王宮は慌ただしくなり、私も王太子妃として忙しい日々を送っていた。

 今日も朝早くから準備に追われている。

 まあ、私の場合は着付けや化粧が中心だけれど。


 早起きして湯浴みで身を清めて、体の隅々まで侍女たちに磨き上げられ、そろそろお化粧と着付けを始めようとしたそんな時、筆頭侍女のカトレアがそっと耳打ちしてきた。


「アズキ様。サルビア様がお越しです」

「サルビア様が!?」


 慌てて立ち上がってお出迎えの準備を整えようとしたところ、振り返ったらもう既にいらっしゃっていたサルビア様とバッチリ目が合った。


「突然ごめんなさいね。来ちゃった!」


 カトレアの報告は、事後報告でしたか……。

 そうですよね。この忙しい時に先触れを出している余裕はお互いにありませんよね。

 しかもサルビア様ですし……私を驚かせるために突然来訪されてもおかしくはない。むしろ深く納得する。


「お出迎えできず申し訳ございません、サルビア様」

「気にしないで。忙しい時に私が突然来たのが悪いから。時間もないし、早速本題に移りましょうか。アズキさん、この帯飾りを使ってくれない?」


 差し出されたのは、細部まで緻密に作られた緋衣草ひごろもそうの花の帯飾りだった。


 緋衣草ひごろもそうの花――つまり王妃サルビア様の紋章。


 私が付ける予定だったのは、当然自分の紋章の蔦のデザイン。

 王族は、公式の場では序列が上のお方と衣装が被ってはいけない習わしがあるという。

 もちろん、今回の着物や装飾品の色とデザインは、サルビア様と被らないよう配慮してある。


 なのに直前になって王妃の紋章の帯飾りを付けて欲しいというサルビア様のお願い――これは異例中の異例だ。私は聞いたことがない。

 当然、ご足労いただいているのに断れるはずもなく、


「わかりました。本日はお借り致します」

「いえ、それはあげるから大切にしてね」


 えっ……?

 私が驚きで目をキョトンと瞬かせている間に、『それじゃあ、また後で』とにこやかに手を振ってサルビア様はご退出なさった。

 えぇ……これはどうすれば……?


「サルビア様はよほどアズキ様を自慢したいご様子ですね」

「カトレア……自慢って……」

「アズキ様はお気になさらないでよろしいかと。もしアズキ様に何かあればサルビア様が黙っていない、ということを示したいのでしょう」

「虎の威を借りる狐にならないといいのですけど」

「その場合は、サルビア様に呼び出され、お説教を受けるでしょうからご安心ください」


 ヒェッ!? 全然安心できません! それだけは勘弁してください!


 サルビア様の庇護下にあるといって調子に乗るのはダメ、絶対。

 いかなる時も謙虚に行きましょう、謙虚に。そうでないとお説教……ガクガクブルブル!


「アズキ様、そろそろお化粧を始めましょう」

「そうですね。お願いします」


 悠長にしている時間もない。サルビア様のご厚意はありがたく受けとって、しなければならないことを済ませましょう。


 これから園遊会が始まる――



 ■■■



 王族主催の園遊会ということで、招待客のお出迎えも王族の立派な役割だ。


 お化粧をバッチリ施し、質素なデザインながらも高級な仕上がりの着物に身を包み、私は王族の一員として、そろそろやってくる招待客を笑顔でお出迎えすることになっている。


 招待客は貴族や騎士団の団長、大商会の会長だったり、画期的な発明をした錬金術師だったり、ベストセラーを執筆した著者だったり、招待理由は多岐にわたる。


 それらを全員顔と名前と功績を覚えるのは本当に大変だった。

 今も頭の中ではそれらの知識がグルグル駆け巡っている。


 あぁ、記憶が零れ落ちてしまいそう。笑顔が引き攣りそう……!


 落ち着け。落ち着くのよ私。こういう時は和菓子のことを考えればいいの。

 園遊会が終わったら、なんの和菓子を食べましょうか。


「……あっ!」


 そうだ。あれの存在を忘れていた!

 豆腐、豆乳、醤油、味噌などが存在しているのに、『きな粉』様を忘れているなんて!


 和菓子において、餡子と抹茶の次くらいに重要な存在だと思う。

 まぶしても美味しいし、混ぜて練り込んでも美味しい。


 きな粉を思い出したら、猛烈にきな粉餅が食べたくなってきた……。

 呉豆腐にきな粉と黒蜜をかけるのもいいかも。


 園遊会が終わったら早速作ってみましょう。ぜひそうしましょう!


「アズキ妃。新作和菓子のことでも考えているのか?」


 おっと。顔に出ていたかも。気を引き締めなければ。


「……なぜわかったのですか?」

「緊張していた様子だったのに突然ご機嫌になったんだぞ。隣にいればそれくらいわかる。で、今度はどんな和菓子を思いついたんだ?」

「そうですね。きな粉を使ってみようかと」

「きな粉、か。炒った大豆の粉だろう? あまり食べたことはないが……アズキ妃が言うのなら美味いのだろうな」


 楽しみだ、と無条件で受け入れている夫の顔をじっと見つめる。


「もしかしたらお口に合わないかもしれませんよ?」

「その時はその時だ。美味いものだと期待していたほうが楽しいだろう?」

「それもそうですね。期待しておいてください。きな粉は呉豆腐と黒蜜に合うんですよ」

「むっ! ますます楽しみになってきたぞ。園遊会を抜け出して試してみたいくらいだ」


 ふふふ。そんな冗談もおっしゃるんですね。

 最初は女心もわかってない最低最悪な仏頂面野郎だと思っていたけれど、最近は意外と感情豊かな方だとわかってきた。今みたいに食い意地を張るし。


 相変わらず表情筋はあまり動かないが、笑うときは笑うし、驚く時は驚くし、嬉しい時や楽しみな時は瞳が少年のように輝き、口角が若干上がるのだ。


 ――ただ言葉足らずなだけ。


 じっと観察して知れば知るほど、彼は私を気遣ってくれているのがわかる。

 初夜の時も、結婚式や披露宴で疲れ切っていた私のことを気遣って何もしなかったのかな、と思うようになってきた。


 あの夜は『疲れただろう。休んでくれ』と言っていたし。


 たぶん、拒絶じゃなくてそのままの意味で言ってくれていたのだと思う。

 私に対して理由のないことを彼はしない。彼の行動は何かしら裏がある。ただ言葉にしていないだけで。


「なにもなく園遊会が終わればいいんだが――」

「突然不穏なことを言わないでくださいます?」

「あの母上がわざわざオレたちにイチャイチャするよう忠告してきたんだ。何かあるのは確実だろう? そう言ったはずだが?」

「聞いてません!」


 え? なにそれ! 初耳ですよ!

 サルビア様の忠告? 何かあるのは確実?


 そういうことは早く言ってくださいってば! 言葉足らず過ぎます!


 抗議としてキッと睨め上げると、キョクヤ様はパチパチと目を瞬かせ、うーむ、と唸って過去の記憶を呼び起こし始めた。


「……む? すまん。言った相手はウィルだった。すっかりアズキ妃に言ったつもりになっていた。申し訳ない」


 そういうことならギリギリ許しましょう。私に言う気はあったらしいし、聞いたのが園遊会が始まる直前だったし。


 園遊会の最中に言っていたら許しませんでしたよ。和菓子抜きの刑です。そうならなくてよかったですね。


 次からはもっと早く教えていただきたい。できれば数日前に。心の準備もしておきたいから。


「今言った通り、母上が忠告してきたということは、園遊会で何か起きる可能性が高い」

「心当たりはありますか?」

「十中八九、オレたちの結婚についてだな。君が嫌味を言われたり、オレに愛人を薦めてきたり……。アズキ妃は王太子妃に相応しくないと言う輩もいるかもしれん」


 なるほど。だからサルビア様はイチャイチャして私たちの仲を見せつけろとおっしゃったのね。今理解しました。

 もしかして、直前に帯飾りをくださったのもそのため……?


「……言いがかりをつけてきそうな相手に心当たりは?」

「婚約者候補と言われていた令嬢の家とか、候補にあがっていた令嬢も何人か同伴者として出席しているな」


 うわぁ……面倒くさそう。

 もしご令嬢が攻撃、もとい口撃してきたら、全部キョクヤ様に丸投げしようかな。

 夫ならばどうにかしてくれるでしょう。頼みましたよ、旦那様!


「至急、その貴族の家名と令嬢の名前を教えてください。記憶します」

「面倒をかけてすまない」

「いえ、これは夫婦の問題です。次からはもう少し早く情報共有してくださると助かりますが」

「夫婦の問題、か……。そうだな。次からは気をつけよう」


 どことなく嬉しそうなキョクヤ様からいくつかの名前を聞き、顔と情報を一致させる。


 その後すぐに招待客がやって来て、私は延々と笑顔で出迎えることになるのだった。


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