第28話 父と母と影響力


 ずらりと並んだ招待者。ある者は緊張して顔が引き攣り、またある者は慣れているのか泰然と構えている。


 その一人一人と喋り、功績を褒め、労いの言葉をかける――それが園遊会の主な目的だ。


 まずは国王ご夫妻が招待者たちと話し、その少し後に私たち王太子夫婦、そして王女殿下や王子殿下と続く。


 笑顔で話している間にも国王ご夫妻の歩みのスピードを考えなければならないから余計に精神力を使うし、これを平然と行なっている王族の方々は本当にすごいと思う。


 私もキョクヤ様のサポートとエスコートが無かったらどうなっていたかわからない。


 それに、男爵令嬢時代には話しかけることもできなかった国の重鎮たちが、今は私にへりくだっているのも、はっきり言ってストレスです!


 あぁ……胃が痛い。終わったら絶対に和菓子を大量食いする……。

 さてと、次の方へ挨拶をしましょうか。次は――あっ!


「久しいな、ダイナゴン男爵、男爵夫人」


 見覚えのある貴族の夫婦。見覚えどころじゃない。髪の色や目の色、輪郭、体型など、雰囲気までもが私と似ている。


 それもそうだ。彼らの遺伝子を私は受け継ぎ、彼らに育てられ、生まれた頃から嫁ぐ前までずっと見ていた人たちなのだから。


 ズンダ・ダイナゴン男爵とウグイス・ダイナゴン男爵夫人――私の実の両親。


 二人を見た瞬間、心の中に温かいものが広がっていく。

 招待者名簿に載っていたから来ることは知っていた。王太子妃を輩出した家だ。招待されないはずがない。


 どんな顔で会えばいいのだろう? どんな話をすればいいのだろう?


 そんなことをずっと考えながらもあまり実感が湧かなかったのだけど、二人の顔を見た瞬間、今まで気づいていなかった寂しさや愛しさが心の奥底からとめどなく溢れてくる。


 涙が出そうになるほどの安堵感や安心感を隠し、声の震えも懸命に我慢して、私は頭を下げる両親に声をかける。


「面をお上げください、。お久しゅうございます」

「はっ! 王太子殿下、並びに殿の拝謁に賜り、誠に恐悦至極に存じます」


 仰々しく、かつ堅苦しい挨拶の言葉がスラスラと述べられる。

 私たちは実の親子。なのに親子として接してはいけないのがもどかしい。


 実の娘を『アズキ』と呼べないし、私も昔みたいに『お父さん』『お母さん』と呼ぶことはできない。

 血の繋がった親子だろうと私は王太子妃であり、彼らは男爵と男爵夫人。王族と貴族なのだ。


 これが身分というもの。


 王族に嫁いだ時点で私はダイナゴン男爵家と縁を切っている。

 昔、縁故採用や賄賂が王宮で蔓延し、何度も国が荒れたことがあるという。

 王族と結婚させて家の権力を増すことも行なわれていたようだ。そして、貴族同士の争いや王族間の継承権争いにも発展し、最終的には大きな内紛が起きた。


 そういうことを防ぐため、現在では王族と結婚する際、必ず実家と縁を切らねばならない。

 だから一般的な『実家に帰らせていただきます!』というのはできないのだ。気軽に喋ることも、手紙を書くことも禁じられている。


 両親と話せるのはこういう公の場だけ――

 親子としては接することはできないけれど、父と母の私を見つめる目はとても優しい。


『大丈夫か?』

『無理してない?』


 ――うん。大丈夫。無理は……ちょっとしてるかも。今日は失敗できないから。


『眠れているか?』

『ちゃんとご飯は食べてる?』


 ――ちゃんと眠れてるよ。ご飯も食べてる。ご飯は美味しいし、和菓子が最高なの。


『元気そうでよかった』

『ずっと心配していたのよ』


 ――元気元気。心配してくれてありがとう。なんとかやってる。みんな優しくしてくれるし。サルビア様はちょっと怖いけど。大丈夫だってお兄ちゃんにも言っておいて。


『ああ。わかっている。ちゃんと言っておくよ』

『少しずつでいいのよ。ほどほどに頑張りなさい』


 ――うん。頑張る。


 今、私はちゃんと笑えているだろうか。

 あぁ、ダメだ。喋れないかも。気を引き締めないと涙がポロッと出てきそう。

 そんな私のことを察したのか、会話はキョクヤ様が中心になってくれる。


「――そうだ。ダイナゴン男爵、近々話し合いたいことがある」

「話し合いたいこと、でございますか」

「ああ。危急ってわけではないが、卿の領地に関わることだ。できるだけ早く話し合いたい。使者を送るゆえ、登城可能な日付を教えてくれ。内容はその時に伝える」


 一瞬、父と母の訝しげな視線が私に向けられるが、『知らない! そんな話、私は全然聞いてない!』と視線だけで必死に否定する。

 キョクヤ様! ウチの領地に関わることってなんですかっ!?


「かしこまりました。予定を調整致しましょう」

「頼んだ。おっと、つい話し込んでしまったな」


 もうそんな時間!?

 キョクヤ様から次の挨拶に向かう合図が来たので、両親との話を終える。


「ダイナゴン男爵、男爵夫人。名残惜しいですが、私たちは次の方へ挨拶に向かわねばなりません。また後で話す機会もありましょう。続きはまたそちらで。本日の園遊会をごゆるりとお楽しみくださいませ」


 久しぶりに会った両親に最後の言葉をかけ、私たちは次の招待者の挨拶に向かった。



 ■■■



 挨拶回りを終え、これから和菓子のお披露目が始まる予定だ。


 王族との会話に緊張した者も多いだろう。ゆえに、高級なお茶で喉を潤し、茶菓子に舌鼓を打つ、ひと休みも兼ねた一服タイムが設けられている。


 私はこの時間が一番楽しみで仕方がなかった。ヨシノたちがこの園遊会のために頑張ってくれた和菓子を食べることができるのだから!


 試作の味見? それはそれ、これはこれ。


 お披露目する和菓子は私が考案したことになっているから、試食するのも私の役目だったのですよ。


 だから、どんなものが出て、どんな味なのか知っているけれど、和菓子はいくら食べても飽きないんです。

 準備が整うまで控室で今か今かと待っていると、


「アズキ妃、すまなかったな」


 何の脈絡もなく唐突にキョクヤ様が謝ってきた。


「えっと……何に対しての謝罪なのでしょうか?」

「オレとの結婚についてだ。半ば強引に進めてしまったことが今になって申し訳なくなってきた……」


 え? なんで? どゆこと?

 私は理解できなくて、頭の中は大量のクエスチョンマークが浮かんでいる。


 いつにもましてキョクヤ様は言葉足らずだ。

 言いたいことはちゃんと言って欲しいと何度もお願いしているはずなのに、まったくもう!


 でも、最近はお茶の時間を過ごしたりして夫婦の時間が増えたせいか、キョクヤ様の言いたいことがなんとなくわかってきている。

 心当たりは比較的簡単に思い至った。


「あ、ダイナゴン男爵ご夫妻に対して、私が父や母と呼べないから申し訳ないと感じていらっしゃるのですか?」

「……そうだ。よく隠し通したが、泣きそうだっただろう?」

「ええ、まあ。少し。でも、私も家族もすべて納得した上でキョクヤ様に嫁ぎました。お互い王族や臣下として振舞わなければならなくても、そして言葉にしなくても、家族の絆はそう簡単に切れません。今回久しぶりに会って、そう実感しました」

「そうか……」


 安堵感や罪悪感が入り混じった複雑な表情を浮かべるキョクヤ様の手を、私は無意識にそっと包み込んだ。


 手を繋ぐ練習をしていた時はあれだけ力強くて大きいと思っていたのに、今はやけに頼りなく、小さく感じる。


「キョクヤ様も御父上のことを陛下と普段呼んでいらっしゃるではありませんか。それと同じだと思います」

「それは幼い頃からそう躾けられてきたからだ。母上も基本的には陛下だしな。プライベートでは陛下と呼ばなくてもいいんだが……」

「なにか理由があるのですか?」


 気になって質問してみると、キョクヤ様は苦虫を嚙み潰したような表情でボソリと答えた。


「……単純に陛下が面倒くさい。『お父様と呼んでくれ』やら『父上でもいいぞ』やら『パパはどうだ?』やら、しつこいくらいうるさい」


 お、おおぅ……。

 いつも仏頂面な無表情のキョクヤ様がそれほど嫌そうなお顔をされるなんて、よっぽどのことじゃありません?

 陛下ってそんなお方なんですか? 私の前では普通のお方ですけど。


「結婚したばかりで新しい生活に慣れるまで配慮していたようだが、近いうちにアズキ妃にも絡むだろう。その時は適当にあしらってやれ。一度呼んでしまうと母上以上に違った意味で面倒くさいぞ」

「お、恐れ多いのですが……」

「気にするな。プライベートではただのオヤジだ」


 ただのオヤジって……国王陛下ですよ? ただのオヤジで済む訳がないじゃないですか!

 将来のストレスの胃痛が今、襲ってきているんですけど……。

 こういう時は現実逃避――早く和菓子が食べたいなぁ。


「そういえば! ダイナゴン男爵と何を話し合うのですか? 無理には聞き出しませんが」

「別に機密でも何でもないからいいぞ。アズキ妃も関わっていることだしな」


 私に関わっている? なんだろ? なにかしたっけ?


「ダイナゴン男爵家は国内有数の小豆の産地だ。これから和菓子が振舞われて、しばらくは小豆が原材料であることを秘密にするが、気づく者は気づくだろう。招待者の中には商家の者もいる。目敏い者が何をするかわかるな?」

「――小豆の買い占め」

「そうだ。小豆の需要が高まることで供給量が追い付かなくなり、そして引き起こされるのは価格の高騰だな。小豆から作られていると公表すれば、貴族たちはこぞって買い占めるだろう。だからダイナゴン男爵と相談し、小豆の供給量の増加に備えるよう根回ししておこうと思ってな」


 なるほど。理解しました。

『王太子妃なんて和菓子を広めるのに最高の地位! ラッキー!』と軽く考えて和菓子を作っていたけれど、自分の影響力の大きさをいまいち自覚していなかったようだ。

 少しの軽はずみな行動で国全体に影響を及ぼす。

 私、自重したほうがいいのかもしれない。


「……和菓子作りを少し控えようと思います」

「なぜだ? どうしてそういう結論に至った?」

王太子妃わたしの影響の大きさを思い知った次第です。私一人の行動で国民に迷惑をかけてしまいます。だから――」

「迷惑? 果たしてそうだろうか? 今回の場合は、アズキ妃が考案した和菓子で小豆の新たな活用法が見つかった。需要は増えるだろう。すると小豆農家は儲かる。売る先の店や商会も儲かる。国民も新たな甘味を求めるに違いない。そして経済は潤い、循環する。さて、今回はどこに迷惑がかかった? 多少農家や商人が忙しくなるくらいじゃないか?」


 えーっと、よく考えればキョクヤ様の言う通りかも……?

 自分の影響力の大きさに驚き、怖くなっただけ。

 予想される悪い影響も未然に防ごうとキョクヤ様は尽力してくれている。

 じゃあ、私はこれまで通り、和菓子作りに勤しんでもいいの?


「あまり大きな声では言えんが、今回はメリットとデメリットを天秤にかけると、デメリットを遥かに上回るメリットしかない。価格高騰が起こったとしても、だ。和菓子はこの国発祥となり、アズキ妃が考案したというのも大きい。国内だけでなく、他国にも広めれば、どれだけの利益になるか予想もつかん。陛下も、そしてあの母上も太鼓判を押す、もはや王族や国を挙げての一大プロジェクトだ」


 ヒェッ!? そ、そんな大事になっているのですかっ!?

 ただ己の欲望のために和菓子を作っただけなのに……。


「面倒ごとはオレに任せて、アズキ妃は今まで通り和菓子を作ってくれ。まだたくさん案があるのだろう? オレも楽しみにしているんだ」

「本当に和菓子作りを続けてもよろしいのですか?」

「もちろん。アズキ妃が自重したら……間違いなく母上が心配するぞ。オレ以上に和菓子を気に入っているからな」


 そ、そうですか……そこまで和菓子のことを……。

 なんか少し安心したかも。私は遠慮なくこの国に和菓子を広めていいんだ……。


「言っておきますが、新作和菓子の考案にはいずれ限界がきますよ」

「それでいい。アズキ妃は好きに作って、オレに食べさせてくれたらそれで構わない。和菓子を広めたら、あとは国民が勝手に考えて、発展させてくれる。きっかけを作ればそれでいいのだ」


 おぉ! それは私の理想形ではありませんか!

 この世界に和菓子を広め、和菓子好きを増やし、独自に発展した新たな和菓子を食べる……私の野望そのもの!

 まさかキョクヤ様のお墨付きになるとは。俄然やる気が湧いてきましたよ!


「わかりました。私は今まで通り、和菓子を作らせていただきます」

「うむ。頼んだぞ」

「あ、でも、その面倒ごとというのも教えてください。キョクヤ様だけに押し付けたくはありません。いずれ王妃となり、お隣でキョクヤ様を支えるならば、私も知っておかなければならないことだと思います」

「オレの隣で……くっ!」


 なぜか口元を押さえて顔を逸らすキョクヤ様。

 時々ありますよね、そういう謎の言動。一体どうなさったんですか? 甚だ理解不能です。


「ゴホン! わかった。少しずつ教えていこう」

「ありがとうございます」


 ちょうど話がひと区切りついたタイミングで、お茶会会場の準備が整ったようだ。

 そろそろ入場する旨の連絡が来る。


「時間だな。オレたちも行くとしようか」

「はい」


 さぁて、新作和菓子のお披露目の時間です。

 張り切ってまいりましょう!



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