第21話 みんなで和菓子作り


 浮島作りの次は、みたらし団子のタレ作りだ。


 お団子のほうはヨシノが料理人に教えながらせっせと作ってくれている。

 だから、私たちはタレを用意すればいい。


 作り方は簡単。水とお砂糖とお醤油を混ぜて熱し、沸騰する前くらいに片栗粉を溶かせばいい。あとは軽くとろみが出れば完成だ。


「長くお料理をしているけれど、お醤油をお菓子に使うって発想はなかったわね」

「あたしも最初聞いたときは『え?』って思ったね」


 この世界にはお煎餅やおかきも存在しないものね。

 でも、ポテトチップスは存在する。どうして和菓子が無いのやら……。


「ポテトチップスのコンソメ味と同じではないでしょうか?」

「「……なるほど」」


 一度思い込みが崩壊してしまったら、あとは早い。柔軟な発想は次から次へと出てくるものだ。


「ポテトチップスのお醬油味って美味しそうじゃない?」

「いいね。ニンニク醬油もどうだい?」

「あらあら! 好きな人は好きそうねぇ! 立場的に人前では食べられないけれど。ニンニクの匂いがねぇ。でも、陛下は気に入りそうだわ」

「あっはっは! 偉い人は大変だねぇ! 大丈夫さ。あたしが代わりに食べとくから!」

「むぅ! 太るわよ」

「消費すればゼロカロリーさ!」


 カラマ料理長はスラリと高身長だけれど、調理服の裾から覗く腕は実にたくましい。体幹もしっかりしているから、おそらく全身鍛えられている。


 料理人は一日中立ち仕事。それに鍋も自在に振るうためには筋肉も必要なのだろう。

 ますます格好いい。ちょっと触らせてくれませんかね?


「とろみが出てきたみたい。甘くて良い香りね」

「そろそろ火を消してよさそうです」

「あらもういいの?」


 トロトロのタレにするなら充分。冷えたらもう少し固まるのでこれくらいで。


「簡単ねぇ……」


 サルビア様は少し不満そうだ。

 浮島は混ぜるだけ。みたらしのタレも混ぜるだけ。

 料理を趣味としているサルビア様には簡単すぎて物足りないのだろう。


 和菓子ってそんなものなんです……洋菓子みたいに複雑な工程は必要ないんです……。

 でも大丈夫。まだまだやることはありますよ。簡単な作業だけど。


「ヨシノ」

「はいっす!」


 少し離れたところでお団子づくりに勤しんでいるヨシノに呼びかけると、即座に返事が返ってきた。


「求肥はもうできていますか?」

「できているっすよ! あとは餡子を包むだけっす!」

「ありがとうございます。助かります」


 というわけで、今から大福を作り――


「――なんだ。呉豆腐は作らないのか」

「うひゃっ!?」


 突然、背後から声がして飛び上がらんばかりに驚いた。


 バッと振り返ると、いつの間にか殿下が甘納豆を片手に忍び寄って私の手元を覗き込んでいる。


 び、びっくりしたぁ! 驚かさないでくださいよ。てか、顔が近い近い近い! 近すぎます! なんかいい香りが……って、そうじゃなくて! その甘納豆はどこから拝借したんですかっ!?


「呉豆腐? なにそれ?」

「呉豆腐は豆乳を葛粉や片栗粉で固める豆腐ですよ。黒蜜をかけて食べると美味しいです」


 サルビア様の疑問に殿下がスラスラと答えている……そんなに呉豆腐が気に入っていたの?


「アズ先生、今日は作らないの?」

「作る予定はありません……でした……が……」


『なにそれ! 食べたい!』という興味津々のサルビア様の眼差しと、『食べたいのだが』という食い意地を張った殿下の眼差しの集中攻撃をくらい、


「豆乳と葛粉、黒蜜もあるよ。作るのに時間はかかるのかい?」


 カラマ料理長の援護射撃も受けて、私はあえなく撃沈した。

 この状況で逆らえるわけがない。


 作る予定はなかったから、呉豆腐の練習はしていなかったのだけど……殿下めぇ!

 こうなったら言いだしっぺの殿下にも責任を取っていただく!


「わかりました……作りましょう! その代わり――」


 交渉事かとワクワクしているサルビア様には申し訳ないが、今回のお相手は殿下です。舌戦でサルビア様に勝てる未来が見えないし。


「殿下には責任を取っていただきます!」

「せ、責任だと!?」

「あらあら! まあまあ!」


 何故か殿下が狼狽えて、サルビア様がキラキラと瞳を輝かせる。

 私は作ったニコニコ笑顔で夫を見据え、


「呉豆腐は、言い出した殿下が作ってくださいね。大丈夫です。作り方は簡単です。サポートしますから!」

「……なんだ。責任ってそういう……」

「そっちかぁ……でも、面白かったからオッケー! うふふ!」


 他にどんな責任が? 予定にない作業が増えたのですから、本人には責任を取ってもらう必要があるでしょう?


 まあでも、これはチャンスかもしれない。和菓子が広まる絶好の機会!

 ナイスアシストをしてくれた殿下には感謝しておきましょう……心の中で。


「豆乳と葛粉と黒蜜を持ってきたよ」


 お砂糖はみたらしのタレで用意した分が残っているから追加する必要はない。


「ありがとうございます、カラマ料理長。あとは広めの料理用バットを用意していただければ。冷蔵庫で冷やす必要があるので」

「あいよ。すぐ持ってくるね」


 これで準備は整ったかな。

 冷やす際になるべく面積を広げて厚さを薄くすれば冷える時間も短くなる。

 全部作り終えて食べる頃にはいい感じに冷えている……といいなぁ。

 では、急遽殿下のご要望にお応えして、呉豆腐を作っていきましょうか。


「豆乳と葛粉と砂糖を入れて……はい、殿下。粉が溶けるまで混ぜてくださいね」

「お、おう。わかった」

「ふふふ。夫婦の共同作業ね。何度目かしら?」

「は、母上!」

「殿下。集中しましょうね?」

「……す、すまん」


 危うく周囲に飛び散ってしまうところでしたよ。一体何に動揺したのやら。

 殿下はあまり料理をしたことないようで、不器用な手つきで混ぜるのにも苦戦中。

 そんな息子の奮闘をクスクスと笑いながらサルビア様は見守っていらっしゃる。


「混ざりましたね。では、鍋に移して火にかけましょうか」

「わかった」

「そのまま混ぜ続けてくださいね。すぐにとろみが出てきますから」

「すぐっていつだ?」

「混ぜていればわかりますよ」


 なんだかお可愛いこと。冷たい仏頂面の印象が強い殿下が緊張して、不安そうな瞳が鍋と私の間を何度も何度も行ったり来たりし、『大丈夫か? 大丈夫なのか?』と、ちょっとしたことに慌てているのがとても新鮮。

 子供の初めての料理を見守っているような感じ。なぜか私の中の母性がくすぐられる……。


「ア、アズキ妃! まだか!? まだなのかっ!?」


 殿下はお忍びの偽名を呼ぶ余裕もないようだ。焦り具合が可愛い。


「まだですよ。落ち着いてください。私も見ていますから」

「も、もういいのではないかっ!? 結構とろみが出てきたぞ!」

「もうちょっとですよー。ほら、混ぜて混ぜて」

「ま、混ぜればいいんだな!?」


 サルビア様の大爆笑も集中する殿下には聞こえていないらしい。

 おっと。お鍋はそろそろいいかな?


「殿下、火を止めますよ。そのまま料理用バットに流し入れてください」

「お、おう。わかった」


 危なっかしい手つきの殿下。見てるこっちがハラハラしてしまう。

 最後は代わって私が鍋の底や側面に残った生地を綺麗に注ぎ込み、軽く表面を平らにして冷蔵庫へ。

 全部終わった時には、殿下は面白いくらい疲労困憊だった。


「お疲れさまでした。美味しくできるといいですね」

「つ、疲れた……」

「うふふっ! あー、面白かった! こんなに笑ったのは久しぶりよ」


 目の端に浮かんだ涙を拭うサルビア様を、殿下は不機嫌そうにムスッと睨む。


「母上……息子の頑張りを笑わないでください」

「息子が頑張ったから笑っているの。必死そうなあの顔……! くふっ! あぁ、ダメ! 思い出し笑いが……くふふ!」


 サルビア様の笑いの発作はしばらく止まらなさそうだ。

 今のサルビア様に何を言っても無駄だと思いますよ、殿下。こういう時は逆に笑いを助長させてしまいますから。


「まあいい。オレはもう用済みだから――」

「おっと。どこへ行こうというのですか? 逃がしませんよ、殿下?」

「なっ!? ア、アズキ妃!?」


 アズキ妃ではありません。正体がバレバレだとしても、今は侍女のアズアズです。

 無事に呉豆腐を作り、自分の仕事は終わったという顔でこの場から逃げ出そうとした殿下。


 ――だがしかし、私は彼の手を掴んで捕獲する。


 どうせ隅っこに座って摘まみ食いをするだけでしょう? なら手伝ってください。素人でも簡単にできますから。


「はいはい。こっちに来てくださいね。一緒に大福を作りましょう」

「ア、アズキ妃……手、手を……!」

「なに手を繋いだくらいで顔を真っ赤にさせてるの。アズ先生について行くわよ」

「は、母上っ!?」


 妻は夫の手を引っ張り、母は息子の背中を押す。嫁と姑の息の合った連係プレー。

 抵抗するかと思ったけれど、そんなことはなく、意外と素直に従ってくれた。


 サルビア様のおかげですかね。


 私たちが呉豆腐を作っている間にヨシノが大福を作る準備を整えてくれたようで、粒餡、こし餡、白餡、そして求肥が用意されて、後はもう作るだけだった。


「次はミニ大福を作りましょう」


 なお通常サイズではないのは、お腹がいっぱいになってしまうため。

 たくさんの和菓子を作っているので全部食べるには必然的に量が少なくなる。

 今日は一通り味わってから、各々好きなものを好きなだけ食べるという方式だ。


「まずはお手本をお見せしますね。求肥……お餅のようなモチモチの生地はもう切り分けてあるので、お好きな餡子を適量掬い、包んでいきます。コツは一気に包もうとしないことです」


 餡子を求肥で包んで……はい、完成です!

 綺麗な大福が出来上がると、自然と、おぉー、と感嘆の声と拍手が巻き起こる。


 練習しておいてよかった……。


 実は失敗したらどうしようとハラハラしていたの。無事にできて安心した……。


「面白そうね。やってみましょう!」


 サルビア様の号令でミニ大福づくりが始まった。


「これは……意外と難しいわね」

「ムラができちまったよ。求肥? とやらが柔らかくて扱いにくい」


 料理慣れしているサルビア様とカラマ料理長は、ちょっと求肥が薄くなって餡子が透けているけれど上手く包めて、初めてにしては充分すぎるほどである。


 お二人は作れば作るほど上達していき、この日のために練習した私をあっという間に追い抜いてしまった。

 無念……。


 対して殿下は――


「むぅ。破れてしまったか」


 初心者あるある。餡子の量が多すぎて包めない失敗。

 無理に包もうとして求肥を引っ張り、破れてしまったようだ。

 殿下は次のミニ大福に挑戦するが、また失敗してしまう。


「またダメか……」

「殿下。餡子の量が多すぎますよ」


 私は堪らずアドバイスをする。


「む? そうか。量が多かったのか」

「ちなみに、包まずともこうして餡子を挟むだけでもいいです」

「そうなのか……それならオレでも上手く作れそうだな」


 失敗続きだとどうしてもやる気がなくなってしまうのよね。

 せっかくなら殿下にも和菓子作りの楽しさを知ってもらいたい。


 その後は殿下の補佐に徹し、あんころ餅を作ったり、浮島が蒸し上がったり、呉豆腐も冷えたりして、続々と和菓子が出来上がっていく。


 出来上がりが増えるとともに高まっていく期待と空いていく小腹。

 主役のサルビア様の瞳もキラキラと輝きを増す。


 そして、すべての和菓子が綺麗に盛り付けられ、テーブルに並んだ。

 残すはもう食べるだけだ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る