第20話 浮島作り
「カラマ料理長。材料はそろっていますか?」
「ああ。もちろんだとも」
彼女が指し示した先には、『浮島』に必要な材料がすべて用意されていた。
白餡、砂糖、卵、上新粉、抹茶、そして甘納豆。
浮島のために白餡と甘納豆を作った。そして、前もってここの厨房に教えに行ってくれてありがとう、ヨシノ。とても助かりました。
浮島の作り方はとても簡単。基本的にすべての材料を混ぜ合わせるだけ。
順序良く作れば30分くらいで出来上がってしまう。
「早速どうするの、アズ先生!」
ぐふぅ……せ、先生呼びを気に入ったんですか、サルビア様……。
割烹着姿のサルビア様は待ちきれないご様子で、少女のようなあどけない微笑みを浮かべていらっしゃる。
「まずは卵の白身と黄身を分けます。白身はボウルへ。黄身は白餡のボウルにお願いします」
「はいはい。任せて」
サルビア様は実に手慣れた様子で卵を割り、あっさりと白身と黄身に分けてしまわれた。
手際が全然素人には見えない。不死鳥のワンポイントが入った割烹着も様になっているし……料理慣れしている? 王妃であるサルビア様が?
私の心を読んだのか、サルビア様はクスクスと笑い、
「ふふふ。私、料理をするのが昔からの趣味なの。陛下や子供たちにもよく振舞うのよ」
『本当ですか?』と暇をしている殿下に無言で問いかけると、『本当だ』と無言の肯定が返ってきた。
なるほど。それでお上手なのですね。
素人はそんなに軽々と卵の殻を使って白身と黄身を分けることができない。
実は私はできない。いつもお皿に卵を割って、スプーン等を駆使して丁寧に分けている。それでもたまに失敗する。
私のほうが確実に料理が下手だ……どうしましょう。
「卵を分けたわよ。次はどうするの?」
「ルビア様は黄身と白餡を混ぜてください。混ざったら、上新粉と軽くお砂糖を加えてまた混ぜます」
「わかりました、アズ先生」
「カラマ料理長は、この白身を使ってメレンゲを作ってくれますか?」
「あいよ。任せな」
料理長はもっと手際がいい。惚れ惚れするほどの手の動き。
魔導具のハンドミキサーを使ってテキパキと一切の無駄なくメレンゲを作り始める。
サルビア様のほうも上手く黄身と白餡が混ざってきた。そろそろ上新粉や砂糖を入れてもいいかもしれない。
「アズ先生? 今作っている和菓子は『浮島』と言うのよね? どういうお菓子なの?」
「そうですね、『米粉を使った蒸しカステラ』と言ったら想像できますか?」
「なるほど。米粉を使った蒸しカステラ、ね……カステラを食べたことはないけれど、形はだいたい想像できたわ」
「あたしも質問していいかい? 浮島の名前の由来はなんなんだい? ちょっと気になってね」
浮島の名前の由来は、たしか……
「蒸し上がった時に、ふっくらと膨れ上がった生地の様子が、水面に浮かび、漂う浮島のように見えるから、浮島です」
「あら。風流で雅な素敵な名前ね」
前世では諸説あるけれど、この世界では私が提唱者。
王太子妃という地位もあって、私の発言がそのまま真実となる。
「なるほどね。じゃあ、結構膨らむわけだ」
「あ、いえ。そこまで膨らみません。若干という程度です。ベーキングパウダーを入れたら膨らみますが」
「ほうほう。あとで試してみるか」
ベーキングパウダーを入れたら、浮島というよりは蒸しパンに近くなると思う。
米粉の蒸しパンも美味しいのよね!
小麦や牛乳のアレルギー持ちのサルビア様も、米粉のパンなら食べられるからオススメ。
「ルビア様の生地はよさそうですね。しっかり混ざっているようです。では、これを二つに分けます」
「二つに?」
「はい。片方はそのまま使って、黄身の黄色が綺麗な生地に蒸し上がります。もう一方の生地には、コレを入れます」
「それは……抹茶ね」
そう。抹茶の粉末。和菓子には欠かせない重要素材の一つ。
「てっきり抹茶を飲むために用意したのかと思っていたわ」
「いえいえ! 今回は抹茶味の生地を作るために使います。見た目も緑色で綺麗ですよ」
ほほう、とサルビア様とカラマ料理長が抹茶の粉を興味津々に眺めている。
今までの記憶に抹茶を使った料理は存在しない。
『豆=おかずに使う』という常識のように、『抹茶は飲むもの』というのが常識。
だからこそ、食べ物に使うのが想像できないらしい。
抹茶パンを厨房にお願いしたら作ってくれませんかね?
私、和菓子は専門でもパンは専門外なんです。せいぜい米粉の蒸しパンが限界。
「じゃあ、紅茶の葉を粉にして混ぜたら、紅茶味になるってこと?」
「その通りです。あれ? 紅茶味のお菓子ってあります……よね?」
「カラマ、知ってる?」
「あたしの記憶にはないねぇ」
紅茶味も無いのか……。
和菓子とは違って洋菓子は発展しているから、てっきり誰か作っているかと思っていた。
「カラマ、試作してみて」
「あいよ。任せな。ったく、あたしたちはどれだけ不甲斐無いんだろうねぇ。どうしてこんな簡単なことも思いつかなかったのか……」
発想も大事だけれど、そこからどう発展させるかも大切だと思うの。
私以上に料理の知識を持っているカラマ料理長なら、きっと私の想像できないものを作り出せるに違いない。
ぜひ和菓子を希望します!
「抹茶を入れてみるわね……あら、綺麗な色」
かき混ぜていくたびに卵黄の黄色と抹茶の緑色のマーブル模様が描かれ、少しずつ抹茶の色に染まっていく。
あぁ……美味しそう。抹茶餡食べたい……。今度作ろうかな。
「メレンゲもできたよ」
「ありがとうございます。綺麗なメレンゲですね」
「生地と混ぜればいいのかい?」
「はい。混ぜるときに気をつけなければならないことが――」
「メレンゲを潰さないようにってことだろ?」
わかってるよ、と言いたげにパチンとウィンク。
あらやだ。格好いい……! 料理長に惚れそう。
男装したらさぞ凛々しい男前になるだろう。ちょっと着てみません?
「カラマ、メレンゲを入れてくださいな」
「あいよ。こっちのはあたしが混ぜてもいいかい?」
「ええ、お願いね」
抹茶生地をサルビア様が、プレーン生地をカラマ料理長がメレンゲと混ぜ合わせる。
一度に入れるのではなく、二回か三回に分けるのがポイント。
メレンゲをできるだけ保ったほうが、出来上がった時にふっくらした食感と滑らかな口当たりになる。
生地が混ざったら、作業はもう終わり。あとは生地を容器に流し入れるだけ。
「断面は二層になりますが、上下はいかがいたしましょうか?」
「上下のどちらが黄色か緑色かってことね。んー。どっちが綺麗かしら?」
二択なのだけど、せっかくだしサルビア様にお任せする。
どっちが上でも綺麗になることは請け負いましょう。
「上が黄色にしましょう。そのほうが綺麗だと思う!」
「では、先に抹茶生地を流し入れましょうか」
水などの液体を使わず白餡やメレンゲを混ぜた生地は、結構ねっとりしている。
ゆっくり流し入れて表面を平らにし、その上にプレーン生地を流し入れる――直前に、一つ工夫をする。
「ここで軽く甘納豆をのせましょう」
「甘納豆を間に?」
今日のために事前にヨシノが教えた甘納豆をこのタイミングで使う。
上にのせるのも美味しいけれど、中に入っているのも乙なのよね。
「甘納豆……どんな味なのか食べてもいい?」
「いいよ。毒見は済ませてあるからね」
「なら遠慮なく。いただきます……あら。あらあらあら! とても美味しい。甘い金時豆がこんなに美味しいなんて知らなかったわ……。軽く摘まむのにちょうど良さそう。カラマ、常備しておいて」
「あいよ。任せときな」
王妃様のお墨付きをいただきましたぁー!
味覚が似ている殿下やカトレアが気に入ったから、もしかしてサルビア様も、と思っていたら、無事に気に入ってくれたみたい。
今更だけど、サルビア様の口に合わない可能性もあるよね……。
餡子、大丈夫ですよね? 先に試食をしていただいたほうがよかったかも。
サルビア様はよほど気に入ったのかモグモグと摘まみ食いしながら、抹茶生地の上にパラパラと甘納豆をまいていく。
「これくらいかしら? これで黄色の生地を流せばいいのよね?」
「はい。ゆっくり流せば綺麗な二層の断面になります」
ドバッと入ることも無く、生地が容器の中に流し込まれた。
あとはトントンと軽く打ち付けて空気を抜き、蒸し器で蒸せば浮島の完成です。
「蒸す時間は15分から20分? 出来上がりが楽しみね。綺麗に分かれているといいけれど」
「大丈夫だと思います。今回は二層に分けましたが、軽く混ぜてマーブル模様にしても面白いですよ」
「あら。それもいいわね。カラマ、今度試してみましょう」
「まったく。楽しみが尽きないよ」
ぜひいろいろ試してください。和菓子の新たな可能性を期待します。
「浮島を蒸している間、別の和菓子を作りましょうか」
浮島だけじゃない。今日はいろいろな和菓子を作る予定。
ヨシノもカトレアも別の場所で頑張ってくれている。
作るものは沢山あるのです。よろしいですか、サルビア様?
サルビア様は、裏表のない満面のニッコリ笑顔で可愛らしくガッツポーズ。
「うふふ。腕が鳴るわ!」
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