第6話 餡子作り
さあ、待ちに待った餡子作りのお時間です!
昨夜は遠足前の小学生みたいに眠れなくて眠れなくて。
楽しみ過ぎて朝から何も手につかない……ということはなく、いや実際なりかけたけど、有能侍女カトレアの監視のもと王太子妃教育の座学と護身術を教わりました。
カトレアの睨み、もとい眼差しは、無意識に背筋が伸びるというか、ピリッとするものがあるのよね。おかげで浮かれていた気持ちがスッと落ち着いた。
昼からも軽くマナー講習を受けた後、私は侍女服に着替えて不死鳥の簪を髪に挿し、カトレアを連れて厨房へ向かう。
厨房へ入ると、
「やっと来たっすね、アズ様! お待ちしてたっすよ!」
真っ先に元気な挨拶が出迎えてくれた。
今日も元気溌剌な料理人のヨシノ。慕ってくれている後輩っぽくて可愛い。
「こんにちは、ヨシノ。今日もよろしくお願いします。料理長、お邪魔しますね」
「お待ちしておりました、アズ様」
海賊の船長みたいな強面の料理長も待っていてくれたようで、胸に手を当てて優雅に一礼。でも、どこかウキウキしているのが瞳の輝きでわかる。
き、期待が重い……!
いや、逆にこれはチャンスよ、アズキ。この国に和菓子を広める第一歩。気後れしてどうするの! 『まずは王宮の料理人を魅了してあげましょう!』くらいの心意気でいかなきゃ!
「ほら料理長、シッシッすよ! あっち行ってください。邪魔っす! 甘味はウチの担当なんすから」
トボトボと立ち去る料理長の背中が少し寂しそう……。
まあ、そんなことより餡子作りね!
「ヨシノ。水に浸した小豆は――」
「もう用意してあるっす! たっぷり水を吸ってるっすよ!」
「あら、助かります」
「で、小豆をどうするんすか!? ウチの知らない甘味ができると直感が言っているっす!」
おそらく知らないと思います。小豆の産地であるダイナゴン家の私が知らないんだもの。餡子があったらもっと和菓子が有名になるはずだし。
ヨシノは学ぶ意欲が旺盛で、メモの準備を整えて私の一挙手一投足を見逃さないよう目を見開いている。
……全く瞬きしないから目が血走っていてちょっと怖い。
「じゃあまず、お水を捨てて」
「ふむふむ」
「また水を入れて、火にかけます」
「なるほどっす」
「あとは、小豆が柔らかくなって水がなくなるまでひたすら煮るだけですね」
「……簡単っすね」
「まあ、アクを取る作業もありますし、焦げないよう混ぜないといけませんけど、これだけです。最後のほうに砂糖を入れて水分を飛ばせば完成です」
実際、餡子を作る作業は簡単なの。煮る時間が長いだけで。
今日は時間短縮のために小豆を一晩水に浸けておいたし、煮るのは一回だけのつもり。最も簡単な方法だ。それでも1時間はかかるかも。
本当はそのままの状態から煮てもいいし、沸騰したらお湯を捨て、また沸騰したらお湯を捨て、と何度か渋抜きのつもりでお湯を入れ替えてもいい。
餡子の作り方はいろいろある。
突き詰めれば、小豆の種類や産地によって美味しい作り方があるだろう。
美味しい餡子を食べるために、試行錯誤を繰り返したいところね。でも、今の私は王太子妃。厨房を使えるのは最大週に3回、しかも2時間だけ。悠長に待っていられないの!
今すぐ食べたい。たくさん餡子を食べたい。口いっぱい頬張りたい……!
なので最初のきっかけを作って、あとはヨシノや料理長たちに任せましょう!
彼らは王宮の厨房を任せられているほどの腕の立つ料理人。きっと私よりも美味しい餡子を作ることができるに違いない!
ふふふ。権力があるってこういう時に便利ね。今はお忍びだけど。
「――という作り方もありますので、試してみてください。お手数をおかけしますが、私は時間が限られていますので」
私の知識はすべてヨシノに伝え終えた。
彼女は私の言葉を一言一句書き漏らすことなくガリガリとメモに記して、ドンッと自分の胸を叩く。
「お任せくださいっす! まだ味はわからないっすけど、未知の料理に心が躍るのが料理人っていう生き物なんすよ! しかも甘味! うっへっへ! 今から楽しみっす! 和州の甘味はウチの専門分野っすからね」
「もしかして、わた――王太子妃アズキ様にお出ししている和菓子は」
「ウチが担当させてもらっているっす! まあ、黒糖の形を整えたり、寒天と黒蜜を作ったりするだけっすけどね。新しい和菓子を自作しようとしてるんすけど、なかなかうまくいかなくて……」
「新しい和菓子!?」
それは初耳! いったいどんな和菓子を作ろうとしていたの!?
教えて! 教えて教えて教えて! この和菓子大好き王太子妃に教えなさーい!
「聞きたいっすか? もう! しょうがないっすねぇー!」
満更でもなさそうに、ヨシノが教えてくれる。
「最近失敗したのは、昆布の砂糖漬けっすね」
「……おっふぅ」
昆布の砂糖漬け……初手から凄いのがきたわね。マジですか。
味を調えるために昆布が入った煮物とかお漬物とかに砂糖を少々入れる、というのはあるけれど、昆布を砂糖で漬けちゃったんですか。もしかして、塩じゃなくて砂糖で昆布の表面が白くなっちゃったんですか?
は、発想はすごいわね……うん、すごいと思います。チャレンジ精神も。味はともかく。
「……ちなみに、他に失敗したものを聞いても?」
「えっと、海苔とワカメとアオサっすね。噛めば噛むほど味が混沌としてエグかったっすねぇ」
おっふぅ。なぜ海藻限定!? ヨシノって海藻が好きなの?
なぜ海藻で砂糖漬けを作ろうとしたのか理解に苦しむ。
「砂糖漬けを作るなら果物にして……」
「果物の砂糖漬けは洋州にあるじゃないっすか」
「なら果物の皮はどうですか? 私は見たことが無いですけど」
「果物の皮……?」
そうそう。果物の皮。特に柑橘類の晩白柚が美味しいのよね。今世では食べたことがないけど。
「ほら、和州にしかない果物で作ればいいのでは? 例えば……
「晩白柚……皮が厚いから作ろうと思えば作れる……っすねぇ。マーマレードも皮付きで作るっすから、果物の皮の砂糖漬けもワンチャンいける……?」
ヨシノがブツブツ呟きながら熟考している。
きっかけは作った。この様子なら試作してくれるはず。いっぱい試行錯誤して、美味しいものを作って欲しい。
……キウイのトゲトゲした皮を使ったりしないでしょうね?
なんだか不安になってきた。ヨシノは海藻で試作するほどアグレッシブな
砂糖漬けと言えば……あ! 甘納豆が食べたい!
甘納豆も豆の砂糖漬けよね。それがあった。果物の皮よりも先に豆で試すように言っておこうかしら。
そうこうしているうちに、
「あら、いい感じに小豆が煮えましたね」
「あ、本当っすね」
小豆が柔らかくなって、水嵩も低くなっていた。少しドロドロしている。いい感じいい感じ!
そろそろ焦げないよう混ぜていかないと。
「砂糖はいつ入れるんすか?」
「うーん……もう入れちゃいましょうか」
実際、いつ入れてもいいと思う。作る人によって違う。一回全部水気を無くしてから入れる人もいれば、今回みたいに途中から入れる人もいるし、最初から砂糖を溶かした水で煮ていく人もいる。
そこらへんはヨシノが試して。
今回は砂糖は少なめ。私は甘さ控えめのほうが好きなの。小豆そのままの味が好き。
砂糖を入れたらまた少し水分が出てくるから、これをずっと混ぜていく。
混ぜて、混ぜて、混ぜ続けて、途中、料理のプロのヨシノに代わってもらって焦げないよう根気強く混ぜ続け――
「よし、いいでしょう。餡子の完成です」
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