第4話 お餅と醤油と黒糖と


 料理人たちに歓迎された私は、早速、海賊の船長に似た強面料理長に厨房の中を案内してもらった。


 調理器具はどこに収納されているだとか、調味料の場所だとか、大型の魔導冷蔵庫や魔導冷凍庫の配置、魔導コンロの使い方、そして巨大な食糧庫に保管されている数多の食材の説明などなど、表向き平然を装いつつも内心では圧倒されっぱなしだった。


 実家のド田舎男爵家とは比べものにならない規模の厨房と食糧。部屋の面積だけで4倍くらい軽く超えていそう。食材に至っては……10倍以上かも?


 しかも調理器具や包丁も、一目でわかるほど高級品。

 さすが王家の厨房ですね。規模も質も何もかもが違う。


 道理で料理が美味しいわけだ。いつもありがとうございます。


「一通り案内しましたね。何かわからなかったところや疑問に思ったことはありませんか、アズ様?」


 筋骨隆々で子供が泣き出しそうなほど眼光の鋭い料理長は、とても丁寧に接してくれる。

 本当のことを言うと、初めて見た時ちょっとだけ怖かったけれど、全然そんなことはなく、実はとっても紳士な男性みたい。


「今のところありません」

「そうですか。もし何かありましたら、遠慮なくお申し付けください」

「はい、ありがとうございます、エドワード料理長」

「早速お菓子をお作りになりますか?」

「ええ、そうします」

「では、アズ様。補佐として、この者をお付けします。こき使ってやってください」


 料理長に合図されて一歩前に出たのは、ガチガチに緊張した同い年くらいの女性だった。


「ウ、ウチ、じゃなかった! 私は! デ、デザート担当の新人、ヨ、ヨシノって言うっす……いえ、言います……! よろしくお願いしまっす!」


 勢いよく下げられた頭。震えながらも元気溌溂と大きな声。

 あらあら。可愛いじゃないですか。体育会系の後輩の女の子、みたいな印象ね。こういう元気な子、私は好きですよ。


 ヨシノ、ね。覚えました。もしかして私と同じ『和州』の出身ですか? 名前が和風だし。


 新人っていっても、ここは王城の厨房。しかも王太子と王太子妃の担当だから、普通の新人でないのは間違いない。

 ここの厨房の新人であって、よそだと超一流の料理人なのでしょう。

 私と同い年くらいなのに王城の厨房に勤めているなんて、よほど腕がいいのね。すごいわ。


「アズです。こちらこそよろしくお願いしますね」

「は、はいっす! アズアズ様!」

「ヨシノ。無理に敬語を使わなくていいですよ。そして、私のことはアズと呼んでください」

「は、はいっす、ア、アズ様……」


 有無を言わせぬニッコリ笑顔で告げると、ヨシノはブンブンと首が取れそうなほど激しく縦に振る。


 彼女の顔が青いのはなぜでしょう? うふふ。


「……ぶふっ!」


 あと、カトレアは笑うのを我慢しなさい。堪えきれずに吹き出したのが聞こえましたよ。

 ……いいじゃないですか。咄嗟に出た偽名だけれど、意外と気に入っているのですよ、アズアズという名前。可愛いと思いません?


 料理長やほかの料理人はすべてヨシノに任せるらしく、少し申し訳なさそうに何度か頭を下げて、各々自分の業務に戻っていった。


 これから夕食の仕込みを始めなければならないみたい。邪魔しちゃったわね。今日も美味しく食べるから、私の我が儘を許して。


「アズ様は何をお作りになるつもりっすか?」

「そうですね……」


 和菓子といったら、まず餡子でしょう!

 私の名前の由来になっている小豆から作られた餡子――小豆を煮て、砂糖を加えて水気がなくなるまでさらに煮るというシンプルな作り方にして、和菓子の命というべき甘味。


 餡子がなかったら9割の和菓子は作れない! ……9割はちょっと言い過ぎですかね。でも、数多くの和菓子が作れないのは事実。


 ゆえに、まず最初は餡子作りから始めるべき!


「ヨシノ、小豆はありますか?」

「王太子妃様っすか?」

「いや、そっちじゃなくて、豆のほうの小豆です!」

「あ、豆のほうっすか! もちろん、あるっすよ! お赤飯はお祝い事に欠かせないっすからね!」


 そういえば、初夜の翌日の朝食はお赤飯だったような……実際は何もなかったけれど。

 独り寂しくベッドで寝た夜のことを思い出して遠い目になっていると、いつの間にか食糧庫にいて、そこには艶やかな小豆が大量に保存してあった。


「あら? この小豆は……」

「王太子妃様のご出身、ダイナゴン男爵領の小豆っすね。生産量は王国一っすし、品質も良いので、美味しいお赤飯が炊けるっす」


 やっぱり。男爵領実家の小豆でした。

 王家とも取引があるのは知っていたけれど、実家の領の小豆を実際に見ると、なんだか感慨深い。それに少し安心感を覚えちゃった。

 お父さん、お母さん。お赤飯はとても美味しかったです……。


「アズ様はお菓子作りをするはずっすよね? ウチ、デザートを担当してるっすけど、小豆を使ったお菓子は知らないんすけど……」

「大丈夫。私が知っていますから。一緒に作りながらヨシノも作り方を覚えてくださいね」


 すべては和菓子の布教のために!


「小豆を……これくらいでいいかしら?」


 片手鍋で適量掬ってと。

 うーん。欲をかいてもうちょっと入れていいかな。少しくらい多めでもいいわよね。だって多く食べたいし。

 よし、お鍋いっぱいに作っちゃいましょう!


「まずは小豆を綺麗に洗って……シャカシャカシャカ! 次はお鍋に水を入れて、小豆を浸します」

「ふむふむ」

「そして、一晩待ちます」

「なるほど……って、一晩っすか!?」


 ヨシノの目が大きく見開き、メモを取っていた手が止まる。


「続きは明日ですね。水に浸さないで作る方法もありますが、今日は時間が足りません」


 料理人たちとの挨拶や厨房の案内、そして調理器具の使い方などで時間が過ぎ、今日作っていたら予定の2時間を超過オーバーしてしまうのよ。

 ……欲張って小豆を多めにしちゃったし。

 今から煮ていたら絶対に間に合わないの。


「時間を超えてもいいなら作りますが……」


 一縷の望みを込めてカトレアを見つめる。が、


「許可できません、アズ様」

「だそうです。なので、これは明日。今日はそうですね……あれを作りましょう! お菓子とは言えないけれど」


 和菓子を作るめどは立ったので、一日くらいは我慢できる。でも、なにか和風の甘いものは口にしたい。ちょうどおやつの時間だし、小腹が空いちゃった。

 なのでパッと思いついたものを作ってみようと思う。


「ヨシノ。お餅と黒糖とお醤油はありますか?」

「もちろんあるっすよ! 醤油は濃口と薄口があるっすけど、どっちがいいっすか?」

「薄口をお願いします」

「了解っす!」


 すぐに材料がそろったので、まずはお餅を焼き始める。

 両面に軽く焼き目が付くくらいじっくりと……あらあら! ぷくーっと膨らんできましたね。

 いい感じいい感じ! とても美味しそう! お餅の焼けるいい香りもする!


「黒糖でお餅を食べるんすか?」

「それも美味しいですよ。まあ今回は、お醤油と黒糖を混ぜちゃいます!」

「うぇっ!?」

「合うんですよ、これが! ほら、煮物とか肉じゃがとか、お醤油と砂糖を入れる場合もあるでしょう?」

「た、確かに。よく考えれば、合わないはずもないっていうか……その組み合わせでお餅を食べるという発想はなかったっすね」


 ほぇー、と感心したように黒糖醤油を眺めて、ヨシノはペロッと味見。気に入ったようで、瞳をキラキラと輝かせた。


「醤油の塩気と黒糖の甘さが絶妙にマッチして美味しいっすね! 甘じょっぱい! これ、癖になりそうっす」

「好みに合わせてお醤油や黒糖を追加してくださいね。あ、お餅が焼けましたよ」

「さ、先に食べていいっすか……?」

「どうぞどうぞ。あ、カトレアも食べますか? って、もう準備万端!?」

「アズ様。毒見ですよ、毒見」

「……その割にはノリノリですね」


 いつの間にか自分の黒糖醤油を用意し、焼き上がったお餅を掠め取っていたカトレア。さすが、元王妃付きで王太子の乳母も務めた有能な侍女。なかなかやりおる。

 まあいいでしょう! 一人でも多く和の味に堕ちてくださいな!


「いただくっす……う、美味うまぁー!」

「あら、とても美味しいですね。気に入りました」


 うむうむ! ヨシノもカトレアも気に入ってくれたようね。では、私も――


「んぅぅぅ! これよこれ! やっぱり美味しい……!」


 お醤油のしょっぱさの後にふわりと広がる黒糖の優しい甘さ。そのままだと少し塩辛いけれど、お餅のモチモチとした触感に絡まれば、ほどよい味になるのよね!

『なんちゃってみたらし味』と表現すればいいかしら。


 むむむ。みたらし団子も食べたくなってきた……。

 お餅もいいけどお団子食べたい……。


「ダメっすね。この味を知ってしまったら、お餅を普通に食べられないっす……!」

「あ、軽く温めて焦がし醤油にすると、少し風味も変わりますよ」

「早速試すっす!」


 ヨシノが黒糖醤油を熱し始めて、ジュワーっと厨房に広がる香ばしい香り。

 ヤバいかも。匂いだけで美味しい。お餅をいくらでも食べられそう。お箸が止まらない……!

 私たちは無言で新たなお餅を焼き始め、しみじみと味わいながら食べてると、


「「「…………」」」


 大量の視線が私たち女性三人に向けられていた。

 料理長をはじめとする料理人たちが夕食の仕込みの手を止めて、物欲しそうな目でじっと見ていた。


 焦がし醤油と黒糖の甘い香りで食欲をそそられたのね? いい傾向よ。まずはこの厨房に和菓子を広めましょう。そしていずれ王国中に!

 でも、こんなに見つめられると、正直食べづらい。


「えっと、食べます?」

「甘やかしたらダメっすよ、アズ様。食べたければ自分で作ればいいんすよ。手間はかかんないんすから。んぅぅぅ! 美味いっすねぇ!」


 ヨシノの美味しそうに食べる表情かおが最後の一手になったようで、彼らは一斉に動き出す。


 食糧庫からお餅を取り出す者、黒糖を用意する者、お醬油を棚から出す者などなど、最初は我先にって感じだったけれど、すぐに担当に分かれて効率よく作り始める。そして、順番に食べ始め、どこか真剣な表情で頷き合う。


 手が止まらないということは、この味が受け入れられたってことでいい?

 まあでも、料理の仕込みを途中で投げ出さないのは、さすがプロだと私は思った。


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