第19話 包囲網[中編]

 自宅謹慎を命じられて三日。

 初日はまだ良かったが、日が経つに連れて疲労感が溜まって行った結果、既に鈴の心はだいぶ限界に傾いていた。

 ディアナに代行して貰っている買い出しを除く家事くらいしか、現状することがない。することがないからこそ、疲れるのだ。

 自宅謹慎の要因に対する緊張と恐怖が付き纏う中での退屈。気晴らしの方法を考えるので手一杯で、肉体はともかく、精神は削られる一方だった。

 数少ない救いは、ここ三〇一号室への行き来だけは許可されていることと、ここに幾つかの暇潰しの道具があることだ。

 学校嫌いな渚が時々買って来るクロスワードや点繋ぎ、間違い探しといった脳トレ本。ジグソーパズル。使い古されたトランプ。花札。そして、かの有名なUNO。UNOに関しては、樹曰く、燿が面白がって置いて行った物らしい。当時の燿の意図は、聞かずとも予想は付いた。

「次、渚の番だよ」

「……」

 ローテーブルを囲んでUNOひまつぶしに興じる三人の内、唯一腑に落ちない顔をしている渚を、樹が控え目な声音で促す。やや態度がぎこちないのは、兄でありながら立場が弱いせいだ。

「二人でやれば良いだろう。なぜ巻き込む?」

「充電切れしたって言ってたから。暇かなって思って」

「……余計な世話だ」

 渚が一瞬言葉を詰まらせた辺り、樹の見解はあながち間違っていないのかも知れない。充電ケーブルに繋がれた渚のスマートフォンは、復活までまだしばらくは時間が掛かるだろう。

「渚くーん。早くー」

「耳元で喋るな」

「しないんなら、代わりに宿題教え――待って! スキップしないで!」

 鈴の軽率な冗談が、結果としてUNOの進行に一役買った。が、鈴としては複雑なところだ。

 もう幾つ目になるかも知れない暇潰しが、ようやく円滑に機能し始めた頃。おおよそ静かなこの部屋のインターフォンが鳴り響いた。

 ディアナだろうか。しかし、家主の樹と渚は顔を見合わせており、心当たりはないようだ。

「僕が出るよ」

 いったんカードを伏せ、樹が腰を上げた。彼の横顔に滲んだ緊張が、胸中の警戒と不安を物語っている。

 玄関へ向かう樹の背が、徐々に遠ざかって行く。


 * *


「ディアナみっけ」

 マンションから五キロ余り離れた森林を闊歩していた燿は、繁茂するクヌギの下に佇む女性の姿を見付けた。

 今の燿と同様の装い――黒いオーバーコートを着用したその女性なかまの足下には、出来て程ない血溜まりが広がっていて、女性の整った顔や体にもまた、鮮血が飛び散っている。

 しかし、血は女性のものではない。女性の眼下に横たわる死体のものだ。死体も燿たちと同様の装いをしている。

これ・・は?」

「死神狩りの一人よ。ネルガルではないけれど」

「そっか」

 燿の問い掛けに、女性ことディアナは静かに応じた。

 ディアナに粛清された死神狩りが、消滅を始める。血の一滴も残さず、魂ごと消滅してゆく。ディアナの大鎌にも体にも、最早なんの痕跡もない。

「あとはネルガルだけね。それさえ片付けば」

「被害もなくなって、ユピテルたちも自由の身と」

「ええ」

 ディアナは頷く。たおやかだが、いつもとは少し違う。今回は敵が敵だ。余裕は見せない。彼女は非常に用心深い。燿の理解に余るほどに。

 ばさり、と。燿たちの頭上で枝葉が鳴った。風は吹いていないものの、本来ならば、取り立てて気に留める者もいないだろう。

「なんだ。鳩か」

 燿は軽快に言う。ディアナがこちらを向いた。

「……引き続き、別行動で良さそうね」

 話が早くて助かる。

はなむけはポップコーンで良いかな」

「好きになさい」

 ディアナは浅い溜息を吐き、燿に背を向けた。

「じゃ、またあとでねー」

「ええ」

 ディアナの返事を聞くが早いか、燿は地を蹴り、高く跳んだ。クヌギの木の頂点へと。

「たまには、ちゃんと体動かさないとね」

 元より細い目をより細くして、燿は手中の大鎌の感触を確かめた。



【To be continued】

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