間章 続々・こぼればなし
第17話 死神戦隊ウノレンジャー Returns
「学園祭の出し物、
某マンションの三〇一号室。
鈴が提供した新たな話題は今ひとつ手応えのないものだったが、フリーターと学校嫌いが一名ずついる現状を一考すれば残当な結果と言えた。発言する前に気付くべきだった。我ながら頭が良くない。
「そういえばそんな時期だねー」
心の込もっていない声で相槌を打つ燿と、素知らぬ顔の渚。彼らの興味を引くのは容易ではなく、後者に至っては引けた試しがない。
「ねえ、樹君のクラスは?」
なので、唯一まともな会話が望める樹に、鈴は意気揚々と話し掛けた。
しかし、返事はない。隣にいる樹はローテーブルに突っ伏したまま動かない。たった今まで雑談に参加してくれていたのに、いつの間にこの状態になったのだろう。
「えっと、樹君?」
恐る恐る呼び掛ける。すると、樹の口がある辺りからナントカの灯火みたいな声がした。
「……お化け屋敷……」
全員黙った。
渚はスマートフォンを弄る手を止め、燿は細い目を丸くし、鈴は哀れみの言葉を探った。が、そんな静まり返った空間が長く続く筈はなく、瞬く間に鈴の予想通りの展開を迎えた。
盛大に吹き出した燿が、轟音――いや、迫力のある声で笑い出し、空気を揺るがして破壊した。その轟――迫力のある声と、テーブルをひっきりなしに叩く行為が、渚の表情を見る見る内に剣呑にしていく。
「やばい」とか「ウケる」とか「最高」などといった言葉を挟みながら笑い転げる燿の姿は、まるでナントカを得た魚だ。顔を上げた樹に睨まれたくらいでは止まらない。
ひとしきり笑って満足したのか、燿はようやく樹の方を見た。燿の喉はまだヒーヒー鳴っていて、目尻には先の大笑いの名残が窺える。
「良かったね、ユピテル。酒の肴が出来て。あ、ユピテルはお酒飲めないか。残念」
「マルスちょっと黙って」
燿は大変楽しそうだが、樹はだいぶげっそりしてしまっている。
樹にこれ以上ダメージを与える訳にはいかない。考えた鈴は、覚悟を決めて別の人物に話し掛けた。
「渚君は?」
「……」
「ねえってば」
覚悟を決めておいて良かった。でなければ、この岩壁すら貫きそうな視線に耐えることは出来なかっただろう。
なんとか力を貸してくれないかと、必死に目で訴える。もう鈴への悪口でも罵倒でもなんでも良い。
そんな鈴の無言の懇願が通じたのかはさておき、渚はわざとやっているとしか思えない舌打ちをしてから、鈴の問いにぶっきらぼうに答えた。
「ただの喫茶だ」
「喫茶! 絶対行く!」
「来るな」
「俺も冷やかしに行くね」
「お前だけは来るな」
燿の興味が樹から逸れた。鈴は心の中でこっそり合掌した。渚の犠牲は決して無駄にはしない。
燿のいじりと、それに対する渚の罵倒が飛び交う間に、樹の顔色がほんの少しずつ元に戻り始めた。渚には気の毒なことをしたが、助かった。
と、思ったのも束の間だった。
* *
「実は、相談したいことがあって……」
話題も概ね出尽くした頃。鈴は三人に一つ相談を持ち掛けた。
「ちょっと前から、上の階の人がうるさいの」
鈴の相談にすぐに反応を示したのは、やはり樹だった。
「四〇二号室?」
「うん。ここ最近、真夜中に足音がするの。ドンドンって、床を踏み付けるみたいな感じ。あたし、なんか嫌われるようなことしたかなー……」
「そこの人と会ったことは?」
「全然。名前すら知らないよ」
肩を落とす鈴。樹も心当たりはないようだが、目を見る限り、心配してくれているのは間違いない。
「ということで、樹君」
「何?」
「文句言いに行こうと思ってるんだけど、樹君も付いて来て」
「え」
「だって、怖い人かもしれないし。あたし、か弱いし」
「自分で言うなよ」
か弱いのくだりが余計だったらしい。樹はいまいち気が進まない様子だ。
鈴は視線を移した。
「じゃあ、渚く――なんでもないです」
再び視線を移した。
「じゃあ、空井さん! 空井さんなら知ってるでしょ? 隣の人のこと」
自業自得ながら若干むきになり、四〇一号室の燿に助けを求めた。
ファッション誌を開き、黒い服を物色していていた燿は、この「相談」が始まって以来、珍しく沈黙を続けていた。そんな彼がここで初めて顔を上げ、初めて発した言葉がこれだ。
「盛り上がってるとこ悪いんだけどさ」
相変わらず考えの読めない飄々とした表情で、燿は一同を見渡した。
「空き部屋だよ。あそこ」
【間章1 End】
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