第13話 青年[前編]

 澄んだ青年の声がした。

 爽やかで心地よさすら感じるその声は、聞こえていた。弾かれたように振り向いた鈴達は、そこにの姿を見付けた。

「だ、誰……!」

「そんなに警戒しないでくれよ」

 大学生くらいとおぼしき青年の、声の印象を裏切らない爽やかな笑顔があった。彼は両手を上げて見せるが、右手に大鎌があるため、鈴に言わせれば警戒の解きようがない。

「それで信用する馬鹿がどこにいる」

 やはり渚の見解も同じようだ。鈴に向けていたものほどではないが、現在進行系で青年に向けている視線もまた、氷の如く冷めたい。

 青年は困り顔で手を下ろすと、軽い溜息を吐き出した。

「困ったな……」

 呑気な青年に対し、鈴は気が気ではなかった。

 目の前にいる青年がである保証がない以上、どうやっても安心は出来ない。もしも青年がでないなら――まだ能力を引き出し切れない鈴と、戦闘能力を授かっていない渚ではだろう。

「大丈夫。オレは裏切り者じゃない」

 青年は鈴の内情を汲んだようにこう断言すると、自らの大鎌に光を灯した。

 木漏れ日を想起させる、柔らかい黄緑色。あの狂気に満ちたどす黒い光とは掛け離れた色だ。

 鈴と渚が押し黙ったところで、青年は光を霧散させながら鈴の方を見た。

「君はオレのことなんか覚えてないだろうけど、オレは君を覚えてるよ」

「え? 何? どういうこと?」

 たじろぐ鈴に青年は語る。

「オレは六月に死神になった後、東京を離れてここに来たんだ。君と同じように」

「……」

 一時の無音。鈴は阿呆面を惜しみなく晒す傍ら、おずおずと口を開いた。

「えっと……あの時の人?」

「あの時の人だよ」

 青年はにっこりと鈴の言葉を肯定した。

「オレは君の同期。顔合わせした時、一人だけコートの色が違ったからね。すぐ覚えたよ」

 腑に落ちた。至近距離から重圧がのしかかる中、鈴は最悪の事態は回避出来たことを神に感謝した。


 * *


 久し振りにこの面子で仕事をした。前方を歩く元世話役の二人の背を眺ていたら、自分が新米だった頃の光景が目に浮かんだ。

 初めて裏切り者を殺した日。初めてあの夢を見た日。以降、一月ほど続いた陰々滅々。

 大切なものも守りたいものもない。自分の命にも未来にも興味がない。そんな何事にも冷めた人間だった空井燿そらいようにさえ、僅かながらそういう時期があったのだ。鈴や樹の苦しみは計り知れない。

 もちろん、いま支援すべき仲間の筆頭は鈴だ。世話は樹と渚に押し付けたが、彼らに任せきりにする訳にもいかない。彼らは未熟だ。

「ねえ、確認したいんだけど」

 前方の二人に声を掛ける。

 赤髪の男と小柄な女――アポロとディアナが同時に振り向き、こちらに怪訝な視線を向けてきた。

「確認? なんのだ?」

 アポロに問われ、燿はすかさず内容を口にした。

「どこからが粛清対象なの?」

「は?」

 燿に続き、二人も足を止める。

「しょうもねぇこと聞くなよ」

「まあまあ。そう言わずに」

「……ったく」

 疲労もあるのだろう。若干苛立ちを見せるアポロだったが、元来の律儀な性格には逆らえなかったらしい。

「死神の能力を使って死神なかまや人間の命を脅かした奴。及び、それに加担した奴だろ」

 何を今更とばかりに、アポロは微妙に長い溜息を吐いてから、早々に歩みを再開してしまった。

 けれど、打ち切られる寸前だった会話は、燿の次の言葉によって強引に続けられることとなる。

「じゃあ、した奴は?」

 アポロの足が再び止まり、静観に徹していたディアナの表情が僅かに強張る。そうして少なからず緊張を滲ませた二人に、燿は何食わぬ顔で言う。

「誘導された側が晴れて裏切り者デビューして、そのまま死神や人間をっちゃった場合、誘導した側はどういう扱いになるのかなーって」

「マルス……。貴方、何か知っているの?」

 ディアナがここで初めて口を挟んだ。しかし、燿は緩く首を振って見せた。

「わけ分かんないことが続いてる以上、思考停止してちゃ駄目でしょ。……それだけ」

 誰だって手探り状態だ。分かることなどたかが知れている。

 ただ、を彷彿とさせる嫌悪感が胸の中あることについては、まだしばらくは黙っておこう。



【To be continued】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る