第2話 放課後の活動[後編]
橙色の光を宿した大鎌を、鈴は遺体に向けて振り下ろした。
橙色の光は一人の凄惨な遺体の下へと飛行し、音もなくぶつかって消えた。間を置かず、遺体の中から蝶を象った白い光が現れた。ひらひらとこちらに飛んで来るこの蝶こそが、たったいま肉体的に死んだ人間の魂だ。
鈴はポケットから独特のデザインをした大振りのペンダントを取り出すと、白い蝶の前に差し出した。
蝶がペンダントの中に吸い込まれるように入って行ったのをしかと確認した後、鈴は同様に任された残り二人の魂も回収した。
「樹君」
「うん。僕もいま終わったよ」
隣で同じ作業をしていた樹が、柔和な表情をして鈴に向き直った。彼もまた、鈴の物と同じペンダントを手にしている。
「お疲れ」
「樹君もね!」
そう笑ってみたものの、上手く笑えていなかったのかも知れない。樹が僅かに眉尻を下げる。
「じきに慣れるよ。それが良いことなのかは分からないけど」
鈴の胸の内を汲んだ樹の声には、台詞と違わず複雑な音が乗っていた。彼なりに心配してくれているのは良く分かった。
「あたしなら大丈夫。それより、早く行かないと」
「……そうだね」
半ば誤魔化すために構築した言葉だったが、樹が言及してくることはなかった。
* *
「メルクリウス。そっち終わった?」
自分の
少年の周りには多くの生者と死者が横たわり、沈黙している。これは人間の視点では異様な光景と言えるのだろうが、燿達死神にとっては日常風景に過ぎない。
「まだみたいだね」
「うるさい」
別に馬鹿にする意図はなかったのに、この少年こと宇野
「今日は数が多い。まだ少し掛かる」
「裏切り者がいっぱい暴れてくれたからねー。手伝おうか?」
「お前では話にならん」
「ぶん殴るよ」
こんな喧嘩じみた遣り取りは、燿と渚の間では挨拶のようなものだったが、ここまで直球に貶されると多少は苛付かないでもない。つくづく生意気な後輩だ。双子の兄とはだいぶ違う。
そんな渚がいま行っているのは、想定外の理由で死んだ人間を生者に戻す作業だ。これも死神の仕事の一つで、燿が唯一苦手とする作業でもある。
渚の操る菫色の光に照らされ、死者が一人、また一人と息を吹き返してゆく。見られると面倒が生じるため、彼らの意識が戻る前に終わらせる必要がある。
その最中だった。次の蘇生に移ろうとした渚が、飛びのくように後退した。
「メルクリウス?」
返事はない。けれど、何かしら好ましくない物を見たのは明白だ。燿は首を捻りつつ渚の下へ歩み寄った。
渚はある遺体を凝視しながら口元を覆い、真っ青になって立ち尽くしていた。解せない。たびたび蘇生を任される渚にとって、遺体など見慣れたものだろうに。
燿は渚の後ろに立ち、渚の視線の先を覗き込んでそれを発見した。腑に落ちた。
一際広い血溜まりの中に、頸部を抉られた遺体があった。動脈を断つほどの深い傷を負っている。高い位置にまで散乱している飛沫は、どうやらこの遺体の物らしい。
「あー……仕方ない。これだけ俺がやるよ」
「! 待て。余計な――」
「はいはい。良いから他をやって」
二の句が継げないのか、渚はうっと押し黙り、非常に苦い顔をしながらも燿の指示に従った。
渚にとってこの遺体は、かつての悲劇の断片に限りなく近いものだ。彼は生前、これと酷似した光景を目の当たりにしている。居合わせた訳ではないが、燿も本人から話だけは聞いている。
「……マルス」
蘇生を再開する傍ら、渚は顔も見ずに燿を呼んだ。
「何?」
「ここ近日の異常な死者数について、どう考えている?」
「何も起きなきゃ良いなって考えてるよ」
至って普段通りの口調で応じる。一応真面目に答えたつもりだったのだが、渚が求めていた類の答えではなかったらしく、小さく舌打ちされてしまった。
会話が途切れ、沈黙が下りる。蘇生を終えるまで、二人が言葉が交わすことはなかった。
【To be continued】
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