第5話 爆乳お嬢様と全国模試

 とある平日の午後、お嬢様は肩を落として学校から帰宅した。自室に戻ってからもため息が絶えない。


「どうなさいましたか、お嬢様。学校でなにが……?」

「乳が……」

「乳が?」

「乳が足を引っ張りますの……」

「???」


 ……乳が、足を? まだお嬢様の爆乳は地面に着くほどではないはずだがな。


 俺が首を傾げていると、お嬢様はおもむろに自分の乳を持ち上げた。


「ここ数年、私の乳は大きくなるばかり。貴方の乳持ちが無いと血液がどんどん乳の方へ流れて低血圧になってしまいますの」

「ああ、そういう話ですか。確かに最近は朝起きるのも辛そうですよね、お嬢様」

「ええ。最近では起きた後も辛くって。全国模試まであと少しだといいますのに、このままじゃエレガントなパフォーマンスが出せませんわ……」

「そんなに大事な模試なのですか?」

「ええ……」


 お嬢様は大きなため息を吐く。


「今回の模試の結果が前回を下回っていた場合、私は来月からアメリカに行かなくてはなりませんの」

「えぇっ⁉」

「お父様が私を呼んでいるのですわ。より勉学に集中できる環境へ来なさい、と」

「ず、ずいぶんと教育熱心な方なんですね……。じゃあ、いざという時のために私もパスポートを準備しておかなくては」

「いえ」


 お嬢様は力なく首を横に振る。


「自由の国アメリカでは『乳も自由にさせろ』がモットー。乳持ち業種へのビザの発行はできないんですの」

「えっ、じゃあ……」

「もしも私のアメリカ行きが決定してしまえば、貴方は私の乳持ち係ではなくなってしまいます。ですから……私の居ないこの屋敷の使用人として働くことになりますわ」

「そ、そんなっ⁉」


 あまりにも突然のことに声が裏返る。


 ……そんな。もう『乳持ち』ができなくなるってことか? ようやく見つけた天職だと思ったのに。こんなにも呆気なく……?


「最高のパフォーマンスを発揮できれば、きっと今回も良い模試結果を取れる気がしますの。でも、昨年比+5cmのバストサイズとなった今の私の乳では……!」


 お嬢様は悔しそうに唇を噛んだ。


「乳さえ、この乳さえ大きくならなければこんなことには……!」

「お嬢様……」

「使用人、私は……貴方と過ごすこの日々を終わりにしたくなんてありませんのに……っ!」


 お嬢様の目の端にキラリと光るもの。それは──涙。


 ……なんとかしてあげたい。いや、違う。俺が何とかするんだ。他でもない、お嬢様専属の『乳持ち係』のこの俺が。


「お嬢様」


 俺はハンカチでお嬢様の涙をぬぐう。


「お嬢様、これから少々、時間休暇をいただいても?」

「え? ええ、別に構いませんわ。ですが、突然どうしたのですか……?」

「ちょっと急用ができましてね」


 それから俺はお屋敷を後にしてタクシーを捕まえると、運転手に行き先を告げた


「お嬢様の学校……私立エレガンティズム令嬢学園まで、お願いします」




 * * *




 全国模試当日、お嬢様の進路が決定すると言っても差し支えないその朝。しかし、お嬢様の表情は穏やかだった。


「まさか使用人、貴方に乳持ちをしてもらったまま試験を受ける許可がもらえるなんてね」

「ええ。条件付きではありますが、模試の監督を務める先生方には快くご了承をいただけましたよ」

「さすが私の使用人。本当にありがとう。これならきっと最良のパフォーマンスを発揮できますわ!」


 俺は笑顔でもってお嬢様に応える。


 ……実のところ、『先生方に快くご了承をいただいた』というのは嘘なんだよな。


 1週間前、俺が単身で学校を訪ねてお願いをした時はすぐに断られた。


 だが俺はそれからも諦めなかった。そして3度目の頼み込みでようやく『厳しい条件付き』での試験中の乳持ちの許可をもらうことに成功したのだ。


「がんばらなきゃな、俺も」

「? 使用人、いま何が言いましたか?」

「いいえ、何も。お嬢様は模試にご集中なさってください」


 お嬢様と俺はリムジンで学校に到着する。試験番号に応じた席へとお嬢様は着席し、俺はその後ろに立つ。しばらくすると問題用紙と回答用紙が回ってくる。


 そして、試験開始の合図となる鐘の音が鳴る。俺はお嬢様の爆乳を持ち上げた。


 ──同時に、ザッと。模試の副監督の4人の教師たちが乳持ちをする俺の周りを囲うようにして立った。


「……」


 ジッと向けられる8つの目。無言の圧力が俺を責め立てる。


 ……ふっ。まるで罪人でも見るかのような視線じゃないか。


『試験中、少しも動いてはいけない。1ミリでも動けば教室から退場させる』


 それが俺が試験中に乳持ちをするにあたっての条件だった。教師たちは乳持ち行為を通じて何かしらの不正が起こるのではないかと危惧きぐしているらしい。


 ……まったく、どいつもこいつも。その目は節穴かと言ってやりたい。俺のこの乳持ちをする姿の、いったいどこに不正をするようなやましさがあるだろうか。いや、無い。


 だいいち、お嬢様はそういったズルを何よりも嫌う。一流企業よりもコンプライアンスにうるさいお嬢様なのだ。


 ……見ていろ教師ども。お嬢様と俺の、疑惑の余地も湧かぬほどの真剣さを!


 ──キーンコーンカーンコーン。


 最初の教科が終わり、次もその次も、俺は彫像のようにお嬢様の背後で乳を持ち上げたまま微動だにしない。そこから昼休みを挟んで4教科目の試験の時のことだった。


 ピキリッ!

 

「っ‼︎」


 とうとう、俺の肩が悲鳴を上げた。数時間ほとんど休みなく爆乳を支え続けてオーバーワークとなっていたのだ。


 ……くそっ、そろそろかとは思っていたが……!


 襲い来る激痛。だが、俺は少したりとも表情には出さないように努め、乳を持ち続ける。今も模試の副監督たちが俺を見張っている。動いてしまえば俺は即退場。お嬢様のパフォーマンスが落ちてしまう。


「……っ!」


 ──キーンコーンカーンコーン。


 ……耐え切った。思わず俺は大きく息を吐いた。肩の痛みはドクドクと脈打つように、収まる気配がまるでない。


 そんなとき、お嬢様が自席から振り返ってコチラを見た。


「使用人、貴方……さきほどの試験の途中から無理をしていましたわね?」

「!」

「肩……ですわね。隠し通せるとでも思っておりましたの? 分かりますわよ。普段から私の乳を支え続けている貴方の手つきですもの」


 お嬢様は俺の手を取った。


「もう貴方は休んでいなさい。あとは私ひとりで何とかしますの」

「お嬢様……」

「心配しておりますの? 過保護ですわねぇ。あと60分くらいなんでもございませんのことよ!」


 オーホッホッホ! とお嬢様が高笑いをする。


 ……だが、俺には分かる。それは強がりだ。お嬢様自身の限界も、もうすぐ近くまで迫っていた。


 そもそも、少しも動かないという条件じゃ『乳持ち係』としての役割は充分に果たせないのだ。絶えず指先を動かしたり、持ち方を変えるなどして爆乳に溜まった血液を循環させなければお嬢様の負担は相殺できない。


 だからこそ、


「さあ使用人、保健室に行って肩を見てもらいなさい。私なら大丈夫ですわ!」


 その痛々しいまでのお嬢様の明るい強がりを──俺が放ってはおけるはずもなかった。


「お嬢様、私の覚悟を甘く見てもらっては困ります」


 俺はその爆乳をユッサリ再び持ち上げた。しかも、硬球でナックルボールを投げる時のように、指を立ててガッチリと。


「こ、この握り方は、貴方……!」

「血液超循環のツボを押しております、お嬢様。これで最後の教科もきっと最高のパフォーマンスを出せますよ」

「そうではありませんわ!」

 

 お嬢様が叫ぶ。


「これはツボを押し続けている間、血液の巡りを高速化&最適化する奥義! しかし数ある『乳持ち技』の中でも、特に腕全体への負担がとても大きい技じゃないですの! 今の貴方の肩でこんなことをしたら……二度と乳を持ち上げられない体になりますわよっ⁉」

「いいえ、お嬢様」


 俺は笑って答えた。


「そんなことにはなりません。だって、最良のパフォーマンスを発揮されたお嬢様なら最後の教科……きっと15分以内で片付けられるでしょう?」

「使用人、貴方まさか……!」

「ええ。それならば私の肩もギリギリ耐えられます。だからお嬢様。お嬢様と私と、ふたりで最後まで全力を尽くしてみませんか?」

「ふたりで……」

「ひとりじゃ厳しい高波でも、ふたりでならきっと超えていけると私は信じます」


 俺の言葉に、お嬢様は不敵に微笑んだ。


「吐いた唾は飲ませませんわよ、使用人」

「もちろんです、お嬢様」

「途中リタイアなんて認めませんわ。『ふたり』でいっしょに乗り越えるんですのよ」

「はいっ!」


 血液超循環のツボを押され、さらに自身を追い込んだお嬢様は覚醒した。まばたきひとつで問題を理解し、マークシートを塗りつぶしていく。そして、


 ──14分36秒。


 驚くべき速さで試験を完了させたお嬢様は解答用紙を提出した。体の限界を迎え座り込みそうになる俺を、お嬢様は肩を貸して支えてくれる。


「あら、いつもと立場が逆転ですわね、使用人」

「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません、お嬢様……」

「おばか。この戦場を戦い抜いた貴方のどこが見苦しいんですの? 私の隣に居るのは、戦友であり使用人であり、そしてこの世にたったひとりしかいない……私の大切な乳持ち係ですわ」




 お嬢様はこの全国模試で1位を取り、アメリカへ行く話はすっかり無くなった。

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