9.雄。綾瀬くん。
雄は自分が女の子だという事を疑いもしなかった。小さいころからヒラヒラしたスカートやリボンが好きでミルクのみ人形を好んでいた。
中学にあがってからはアイドルのダンスやファッション、メイクに目覚めた。
そんな雄が初恋に落ちたのは他でもない人気ナンバーワンの綾瀬くんだった。女バスに入ったのもバスケが上手い綾瀬くんに憧れたから。男女合同練習があればいいのにと願っていた。
ハンドリングをしながら、雄は男子バスケ部の練習を眺めていた。男子は目下ミニゲームをやっていた。背の高い綾瀬くんは一年生にしてもはやレギュラー確定。ポジションはセンターだ。
三年の男子がスリーポイントを放った。少し焦ったためかシュートは惜しいところで外れボールはゴール下に落ちる。綾瀬くんは敵チームの三年をスクリーンアウトして背中で押し出し見事リバウンドをとった。囲まれたので一旦ボールを外にバウンドパスし、もう一度センタープレー。ポジションを確保すると絶妙な位置でパスを受けた。
雄はずっと綾瀬君を追いかけた。
右へ振り返り右手へいくと見せかけたフェイクをいれた後、左にワンステップし敵の手が届かないようフックシュート。ボールは吸い寄せられるようにゴールネットへ。おまけにファールをもらいフリースローが与えられた。
カッコいい! 雄の胸はときめいた。フリースローは綺麗な弧を描き決まった。最高じゃん。スリーポイントプレーだ。私もあんな風にゴールを決めたい。雄はときめいた。
同じプレーを凛も見ていた。何がどうなったのか初心者の凛にはさっぱり分からなかったが綾瀬くんがカッコいいことだけははっきりした。辞めたい辞めたいと思っていたがやっぱり男バスとお近づきになれるなら女バスをやってもいいかなと思い直した。
そして雄が同じ目で、ハートマークを撒き散らしながら綾瀬くんを見つめているのに気づいた。あれ、雄ちゃんももしかして。凛は思った。やっぱり気になる。雄ちゃんに直接きいてみたい。凛はドリブルに集中できなくてミスを何度もやらかした。
「雄ちゃんちょっと話があるの。」
更衣室で凛は切り出した。
「奏歩のボールに落書きしたこと? 奏歩すっごく怒ってたわよ。まずかったんじゃない? あれ凛の仕業でしょ。誰でも見破るわよ。先生に何か言われた?」
「言われたけど。そうじゃなくってさ。」
「今でも奏歩、あのボール使ってるわよ。なんかちょっと気の毒よね。皆にハブられてさ。」
「雄ちゃん違うってば。別の話。」
「何?」
凛は雄が綾瀬くんを好きなんじゃないかと確認した。雄は顔を真っ赤にして否定したから事実は火を見るより明らかだった。
「綾瀬くんは雄ちゃんのこと、知らないよ」
「わかってる。でも私が誰を好きでも自由よね」
「そうだけど」
雄は言葉を濁してむにゃむにゃ言った。ちょうど三年の有佐が更衣室に入ってきたから話はそこで中断した。
「一年、村上先生から伝言よ。今日から日記をつけて毎週先生に見せることだってさ。有佐は書かない。全く熱血で困るわよね。昭和のスポコンじゃあるまいし。」
有佐から手渡されたのは分厚い大学ノートだった。中を見るとすでに村上先生からのメッセージが赤ぺンで書いてある。信子も入ってきた。一年生たちはそれぞれノートのみせあいっこをした。凛へのコメントは反省しなさい、だった。雄へは遠慮しないこと、信子へはセンターとしてチームの中心になりなさい、とあった。
「交換日記? そんなの意味ないし。先生が見るなら変なこと書くわけないじゃん。」
凛が嫌そうに言ったが信子は
「私は結構嬉しいかもしれない」とまんざらでもなかった。
雄はプレーについて詳しく知りたいから好都合だと言っていた。凛は二人の真面目さに驚き、しぶしぶ良いかもねと同意した。空気は読むにかぎるのだ。
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