400SS Jr①
「遠出をお考えですか」
一通りの操作説明を終え、店員がキーを渡しながらそう言うので、少し驚く。
「ええ、わかりますか」
「納車してすぐに遠出される方って結構多いですよ」
「そうですか」
「慣れない車体で立ちゴケしたり、少し慣れたくらいに事故って乗らなくなる方も多いんですよ」
「わかりました気をつけます」
「お客さんはこれまでも乗られている様なので、お分かりかと思いますが、タイヤが剥けるまで初めはあまり無理しないでください」
店員はニコリと笑う。
キーを捻り、スタータを回す。
整備仕立てだからか、エンジンはすぐに着火する。
思っていたのとほとんど違わない音がすることにホッとする。
「すこし暖気が長いですけど、暖気の時間は親心と思ってください」
中型免許で安く乗れるイタリア車はほとんどない。
初めモンスター400かVTR250かどちらにするか迷った。VTR250は見飽きていたので、モンスター400を見ようと思って店に行くことにした。
モンスターとVTRはもともと同じデザイナーの作品である。
ホンダがデザインを却下、ドゥカティに持ち込まれたのがモンスターで、モンスターが売れたからラフスケッチをもとに作ったのがVTRらしい。
モンスターを見に行ったつもりが、店先に置かれていた400SS Jrのその塗装に一目惚れして即決をした。あまり予備知識もない触れもしなければ走らせもしないが、それでいいと店員に売ってほしいと伝えた。
店員は400SS Jrを購入しないほうが良い理由について一つ一つ丁寧に述べ上げる。
簡単に言うと大型のドゥカティのつもりで買わないほうが良い。日本車の様な加速を求めて買わないほうが良い。すぐにオーバーヒートするし、パーツがないから修理といったら高くつく…などなど。
下手くそに乗らせて、この美しい車体が損なわれるのがよっぽど惜しかったのだろう。
どうしても欲しいと思ったので、それらの説明は全て無視し、納車日を確認した。
その後車両登録などなどに必要な書類を店に出し、今日、つまり一月後の納車日に耳を揃えて現金を払い、現物が引き渡されたのである。
車体に跨ると外見よりは小さく感じる。
オイルタンクに触れると塗装面が見た目以上に冷たくなめらかであることがわかる。
マシンの鼓動が前腕を伝う。
乗り出したら、、、と思うと脳の中の果実が弾ける。
「ご存知かと思いますが、クラッチとハンドル、重いので気をつけてください」
丁寧に店員が言う。
「要は乗って、慣れて、ですよね」
「はい」
「じゃあ、また来ます」
1速を入れて進めようとクラッチを繋げながらアクセルを開く。
納車したてはいつもアクセルを開けすぎる。
ご近所さんに謝りながら道に出ると、車体はノロノロと走り始める。
音の割に拍子抜けするほど加速しない車体に鞭を打つ。
最寄りの国道に差し掛かり、赤信号で停まる。
Nに入らず、仕方なく重たいクラッチを握り続ける。
信号は青。
クラッチを慎重に離す。
エンスト。
後ろからクラクション。
慌てず、クラッチを握りセルを回す。クラクション。
エンジンは回っている。
左側を前後方を確認し、強めにアクセルを開けて前進。
左折しようとするがハンドルが重い。
勢いをつけすぎた車体は逆車線に向かっっていく。
咄嗟に足は動かないからフットブレーキは効かない。
フロントに寄って飛び出しそうになる。
なんとか制御。ノロノロと左に向かい車体が起き上げ直進する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます