第9話 交渉しました

「これは……凄いな……」


 ガルスと合流した時に最初に出た言葉がこれだった。

 セラは美人だと思っていたがきちんと身なりを整えるとここまでなのか……


 手入れされてなかった髪の毛はきちんと後ろで結ばれていて、服は動きやすさを重視したのか白いシャツのような服に胸当てをつけて赤いスカートを着こなしている。


「でしょー! でもセラさんの元の素材が良かったってのも凄いですけどね!」


 何故かガルスが自慢げに鼻を擦っている。


「そんなことありません。服を選んでくれたガルスさんのおかげです」


「おぉ! 凄い美人だね! しかもその耳エルフ!?」


 その言葉を聞いた周りの人達がこっちを向いてさらにヒソヒソ話を始めた。


 うん。顔でわかる絶対悪口だ。女の人なんて俺をゴミでも見るような目で見てくる。男は嫉妬の篭った瞳を向けてくる。


「おい、声がでかいぞ!」


 俺はクレアに怒る。


「あぁ、ごめんごめん。……でもエルフの奴隷なんてアレク様も男だねぇ」


 このこのーと肘で脇腹を突かれた。鬱陶しいなぁ!


「お前が思ってるようなことはしねぇよ。ってかできないんだろうなぁ……」


 絶対タクヤが邪魔してくるし。


「……アレク様! ギルドマスターから了承を頂きました! そ、そちらの女性はセ、セラさんですか?」


 そんな話をしているとソレイユも戻ってきた。

 そしてセラを見つけると少しテンパっていた。


「ご苦労だったな。助かったよ、ありがとな。それとこいつはセラだ。美人だからって口説くなよ」


「も、勿論であります! 大体美人を見つけたからと言って口説くなんて不純なお付き合いは私は致しません!」


 顔を真っ赤にしながらそう言った。

 ソレイユ……お前こっち側の人間だったのな。てっきり奥さんとかいると思ってたのに。


「副団長は美女に弱いですもんねー」


 とガルスが言う。そして俺達はその言葉に笑った。


「笑わないでください! ふぅ。それより人数が1人増えているようですが?」


 どうやらクレアに気づいたようだ。俺がクレアに自己紹介をする様に目で促す。


「アレク様に個人的に雇われたBランク冒険者のクレアでーす! よろしくお願いしまーす!」


 と元気にそう言った。

 すると他のみんなも自己紹介をし始めたので俺はそれを見届けてからベンチを立った。


「じゃあ行くか」

 

「どちらにでしょうか?」


 ソレイユが不思議そうな顔をして聞いてきた。


「ん? 黒霧団のところだけど?」


「はぁー!?!?!?」


 と俺以外の全員が叫んだ。いや、正確にはセラもよくわかっていないようで頭にはてなマークを浮かべている。


「正気ですか!?」


「ああ。これから黒霧団と交渉に行く」


「ですが行くにしても戦力の見直しを……」


「それだったら問題ないだろ。副団長のソレイユに剣自慢のガルス。最強奴隷のセラにBランク冒険者のクレアがいるからな。

 現状用意できるなかで最高の手札だろ? それに戦闘に行くわけじゃない。交渉だからな」


「まあ、それはそうですが……」


「よし、他に異論はないな? 行くぞ」


 そう言って俺は歩き始めた。


「はい!」


 全員が返事をして俺の後についてくる。

 



「止まれ!」


 俺達が黒霧団のアジトに向かうため山を歩いていたら大柄な男に止められた。

 俺は大人しくその指示に従う。


「ここがどこかわかっているのか?」


 その男は俺に質問してきた。


「あぁ。黒霧団のアジトだろ?」


 俺はそう答えた。後ろではガルスとソレイユは剣に手をかけていた。


「それがわかっててきたと言うことは……」


 その言葉と同時に何人もの男が気の後ろから現れた。どうやら囲まれたらしい。


「おいおい待てよ。俺はアンタらと争いにきたわけじゃない。交渉しにきたんだ。ここの頭と話をさせてくれないか?」


「交渉だと?」


 男は怪訝な表情を浮かべている。


「俺の名前はアレク・イニアエスエル。この名前くらいは聞いたことあるだろ?」


「……領主の息子か。……少し待ってろカシラに聞いてくる」


 そういうと男は上へと登っていった。俺達を囲んでいる連中は警戒をやめないようだ。


「んー。待つまでの間暇だねー」


 とクレアが話しかけてきた。


「クレアは余裕だな。怖くないのか?」


 ガルスとソレイユ、セラは警戒しているのに凄い余裕だ。


「ははは。このくらいは冒険者していると慣れているからね。それにそれを言うならアレク様もでしょ。凄い堂々としてるよ」


 と笑いながらそう言った。


 俺も余裕ではないけどな。ただ、そう見せているだけだ。少しでも油断したら足が震えそうだ。

 今までこっちは家でぬくぬくしていただけの一般人だぞ。

 

「俺レベルになるとこれくらいの脅しないのと一緒だ」


 俺は嘘をつく。流石にここで帰りたいよー! なんで言えない。


 そうこうしていると男が降りてきた。


「こい。カシラが連れてこいと言っていた」


 俺は頷いて男の後ろをついていった。


「アンタがアレクかい? 意外と男前じゃないか?」


 案内された洞窟の奥にソファーに腰をかけた赤髪の女性がいた。こいつがリーダーのバレッタか。


「そりゃどーも。俺もお世辞を言えばいいのか?」


 俺がそう言うとバレッタは笑い始めた。


「ははっ。要らないよ。アタシは嘘をつかない男の方が好きだからね。アタシの名前はバレッタ。よろしくね」


「ああ、よろしく」


「それで、なんのようでアンタはここに来たんだい? 交渉と聞いたがまさかアタシとお喋りしたいだけかい?」


 向こうから本題を聴いてくれた。俺もさっさと本題に入りたかったし丁度いい。


「まさか。……なら本題に入るがスタンピードって聞いた事あるか?」


 俺がバレッタにそう聞くと少し顔を歪めた。


「……あぁ。モンスターの大群が襲ってくるってやつだろ?」


「その軍勢がロック・ド・ヒルへ向けて進軍中だ。2日後に到着予定だ」


「なっ!?」


 周りにいたバレッタの部下達が騒ぎ始めた。


「静かにしな!」


 バレッタは持っていたワインの瓶を机に叩きつけて部下を黙らした。


「それで、それをわざわざ伝えてどうするんだい? まさか手を貸してくれとお願いするつもりかい?」


 バレッタは少し馬鹿にしたような顔をしてそう言った。


「ああその通りだ。そして俺はその交渉をしにきた」


「プッ、プッハハハハ! 本気で言ってるのかい?」


 俺は黙って頷いた。


「アタシ達山賊に頼るなんてイニアエスエル家の坊ちゃんは噂通り無能な人間らしいねぇ!! だが面白いじゃないか! アタシ達のためにどんな条件を用意してくれたんだい?」


 どうやら話は聞いてくれるようだ。


「条件は今まで犯した黒霧団の全ての罪を帳消しにする。さらに死刑囚を20人お前らに渡す。全員女にしてやるから犯すなり売るなり好きにしろ」


 これが俺の考えた最大の恩賞だ。


「正気ですか!? 罪を不問にするだけならばまだしも我々が人身売買の手助けなどするなんて!」


 ソレイユが怒っている。


「アンタの部下のほうがまともな考えしてるじゃないか。だが、まあそうさねぇ。アンタらはどう思う?」


 バレッタは少し考える様子を見せたと思ったら自分の部下に質問をした。


「足りねぇ! まだ足りねぇよ! カシラ! 金だ! 金を寄越せ!」


 と部下の1人が答えた。それに呼応する様に全員が足りないと騒ぎ始めた。


「と、言うことだ。1000万ゴールド出してくれたら考えてやってもいいさね」


 そう言ってバレッタはニヤリと笑った。


「それは無理だ」


 1000万なんて簡単に用意できる金額じゃない。それを分かって言っている。


「そうかい。なら交渉決裂だ! 野郎ども! 準備しな! 出発の準備をするよ! アレク、教えてくれてありがとな。さっ、話は終わったろ? さっさと帰りな!」


 そう言ってバレッタはしっしと俺へ向けて手で払う仕草をした。


「アレク様! こいつらの力など要りません! 我々にお任せください! さあ、帰りましょう!」


 ソレイユが手を引いて外へと出ようとする。

 そしてソレイユに引っ張られることによって懐から一枚の写真が地面に落ちた。


「こ、これは!?」


 俺の写真を拾ったバレッタの表情が驚愕に染まっている。


「あぁ、悪いな」


 俺はそう言ってバレッタから写真を取り上げる。


「なんでアンタがニーナの写真を持ってんだい!」


 ニーナというのは教会の孤児院に住む少女の名だ。

 そしてニーナの名を聞いた瞬間山賊達の表情も変わった。


 カイウスからの情報では過去に王立騎士団として働いていた頃に孤児になっていたニーナをバレッタが拾って育てていた。

 そして現在は山賊になった自分達と一緒だと危険だから教会の孤児院に居させている事。

 そして今でも月に一回ニーナが抜け出してここのアジトまできているという事。


 半信半疑だったがこれらの情報は本当だったようだ。


「交渉は決裂したんだろ? これ以上話すことはないさ」


 俺はフッと笑ってその場を去ろうとする。


「ふざけるんじゃないよ!」


 瞬間すごい力で壁に押し付けられた。暴れようとするが一切体が動かない。


「……どうした? 急に目の色変えて、逃げるんじゃなかったのか?」


「答えな。さもないと殺すよ?」


 ナイフが首元に突きつけられる鉄の冷たい嫌な感覚がする。

 ……本気でやる気だな。


「アレク様!」


 護衛に連れてきた全員が構えているがバレッタがその気になれば俺が死ぬ方が早いだろう。


「ニーナなら今頃俺の家でおもてなしされてるだろうなぁ。……これで交渉の席につく気になったか」


 含みを持たせた言い方をしたがカイウスには丁重に扱うように指示しているので大丈夫だ。


「ここでアンタを殺して迎えに行く方法もあるけどね」


「保険として俺が昼までに戻らなかったらニーナを殺せと指示してある。それでもやりたいってんならやれよ」


「チッ!」


 舌打ちをすると俺を離した。

 が、いきなり強い力で掴まれたせいかむせてしまった。


「アレク様!」

 

 俺はソレイユに対して手で制する。


「関係ない子を巻き込んでこれがアンタら貴族のやり方か!? やっぱり貴族ってのはクソだね!」


 ドンっと机を叩くバレッタ。


「山賊のお前の説教なんか聞くかよ。さぁどうする? と言ってもニーナが大切なら選択肢は1つしかないけどなぁ!」


 ニヤァと笑ってバレッタに言う。


「クソ野郎が! テメェロクな死にかたしねぇよ!」


 バンっと机を蹴って恨むような瞳で俺を見てくる。


「バーカお前もだろうが。……交渉は了承したと言う事でいいな?」


「あぁ。ただしアタシ達が戦ったらちゃんとニーナを解放しろ。それだけ絶対だ」


「勿論だ。じゃあ2日後に会おうぜ、バレッタさん」


 俺はそう言ってバレッタの肩に手を置いてから山賊のアジトを後にするのだった。


『お前最低だな……』


 タクヤが帰り道にそんな事を言ってくるが無視だ。


「ご主人様、見損ないました」


 セラもゴミを見ているような目でそう言った。


「本当だよね。罪もない子を巻き込むなんてサイテー」


 クレアまでそんな事を言ってくる。


「こればかりは私も擁護のしようがないかと」


 別にソレイユに擁護しろなんて言ってないからな!


「アレク様は人の皮を被った悪魔っすか?」


 ガルスまで俺の悪口を言ってくる。


「うるせぇ! うるせぇ! うるせぇ! 子供ちゃんと丁寧に扱ってるよ! 大体仕方ねぇだろ!

 ああ、でもしないと交渉なんて乗ってこないし仮に乗ってきても絶対裏切るからな! これくらいの保険がねぇと山賊と交渉なんて出来ないからな!」


 俺は必死に言い訳をした。今回は流石にクズな事をした自覚はあるせいかかなり熱が入ってしまった。


「それでも子供を攫うと言うのは……」


 セラが冷たい目でそう言う。


「うっ、分かった! 分かったよ! この件が終わればニーナにはちゃんと謝るし欲しいもんひとつ買ってやるそれでいいだろ!」


「それ親の金っすよね?」


 ガルスの野郎め! 余計な事を言うな!


「別にいいだろ! 親の金は俺の金みたいなもんだろ!」


「いえ、それは違うかと……」


「うんうん、アレク様はいい感じに根性ねじ曲がってるねぇ〜」


 ソレイユとクレアの口撃を受ける。


「お前ら全員牢にぶちむぞー!!!」


 こんな感じで俺達は家に帰るのだった。


 

 

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