第2話 不潔なおっさんに出会いました
「はぁ、どいつもこいつも分かってねぇなー。この世界『アイギス』の世界は主人公であるこの俺に都合の良い事ばっか起こるのになー」
俺は1人になった部屋でごちる。
そして俺は自分の部屋を見渡した。家具は全て最高級のもので揃えられていてメイドにいつも掃除させているからか埃も一切ない。
何故こんなに素晴らしい部屋に住んでいるかと言うと俺が貴族だからだ。それも公爵家だ。しかもただの公爵家ではない。
国の双刀としてこの国、ローズベルト王国の繁栄をもたらしたとされる名家だ。
さらに言うなら家のスペックの高さもさる事ながら俺自身のスペックも高い。
生まれながら精霊に愛される体質に身体能力の高さ、さらには魔力も一般人の数十倍はある。
因みに精霊というのはこの世界に住む種族で最も弱いとされる人間のみが契約できる生き物だ。
なんでも神様が太古の人間を不憫に思い精霊を産んだらしい。
「さぁ、市場に行って奴隷でも買いに行くか」
俺は親からもらった金を持って立ちあがろうとする。
すると目の前に魔法陣が現れた。
「な、なんだ!?」
魔法陣からピカーンと光が溢れ出し目の前が真っ白になる。
「ん……ん……うぉ!? 誰だこの汚いおっさん!?」
光が晴れるとそこには、汚らしい長い白髪に手入れされていない髭を蓄えた汚いおっさんがいた。
しかも何日も風呂に入っていないのか匂いがきつい。
「……ここは……そうか。成功したのか」
おっさんは自分の手を見ながらそう呟いた。
「おい、汚ねぇおっさん。ここをどこだと思ってんだ?」
俺は鼻を指でつまみながらそう言った。
「……ここまでが限界だったとは言え大丈夫じゃろうか?」
俺を見て少し残念なものを見た様な表情になった後悲しそうにそう呟いた。
……殺すか。勝手に人の家に入った挙句、人を悲しい物を見るような顔しやがって。
「やめておけ、今のお前さんじゃワシには勝てん」
なんだ? 俺の考えている事が分かるのか?
「ああ、分かるさ。だってお前はワシじゃからな」
「……は? 頭大丈夫かよ? いくら俺に憧れたからってやめとけよ。正直言って痛すぎるぜ」
一瞬何を言っているのか分からなかったがこいつ頭おかしいのか? 最後の方は笑いながら言ってやった。
「馬鹿者が。今のお前に憧れる者がこの国にいるわけがなかろう。……今いくつじゃ?」
失礼な事を言ってくるジジイだな。
「16だが? アンタは80くらいに見えるな。どうだ当たってるか?」
目の前にいるジジイは頬はコケしわくちゃな顔に髪の毛の白さから予想した年齢を言ってやった。
「そうか。ワシはお前の50年後の姿じゃよ。じゃから年齢も66じゃ」
は、ははは。何言ってんだよこのジジイいかれてんのか?
「俺の未来がアンタだってんなら証拠はあるんだろうな? そもそもアンタは未来から過去に飛んできたってのか?」
俺が質問するとジジイは近くの椅子に腰をかけた。
「まあ待て1つずつ話していくから落ち着くんじゃ」
……正直その汚い服で椅子の上に座ってほしくはないが、仕方ない。一旦話を聞こうじゃないか。
俺は鈴を鳴らしメイドを呼んだ。この鈴には特殊な魔力が練り込まれていてこの家のメイドはどれだけ離れていてもこの鈴の音が聞こえる様になっている。
「失礼致します。うっ……そちらの方は?」
さっきのメイドがノックをして部屋に入ってきたがすぐに顔を歪めた。匂いのせいだろう。
そしてすぐにジジイに気づき俺に質問してきた。少し警戒している様だ。
「さあな。ただ面白い事を言うジジイだから話を聞いてやる事にした。茶と茶菓子を2人分持ってこい」
俺がそう言うとメイドは不承不承ながら頷いた。
「少し待ってろ、見たところ碌な飯も食ってないんだろ? 茶が来てから話をしようじゃないか」
俺がそう言うとジジイは頷いた。
「すまぬな。ところで今のメイドの名を覚えているのか?」
「あ? 知るわけねぇだろ」
俺がそう言うとジジイは頭を抱えて項垂れた。
「失礼致します。お茶とお茶菓子になります」
しばらくしてさっきのメイドがノックをして入ってきた。そして俺とジジイが囲っているテーブルにお茶の準備をして頭を下げた。
「ありがとう」
とメイドに対してジジイが頭を下げてお礼をしていた。……そこまでするほどのことか?
メイドは仕事ですのでと言って部屋を出て行った。
「さっ、さっきの話の続きをしようぜ?」
俺がそう言うとジジイが頷く。
「まずワシは未来からやってきた。どうやってかと言うとワシが独自に編み出した魔法を使って時間を遡ってきた。時間を遡る魔法なんて古代魔法ですら存在せんからのぅ」
実際時間に干渉する魔法なんて古代魔法でもない限り不可能だろう。
最もポピュラーなのは時間停止だろう。古代魔法の中でも1、2を争うレベルで有名だ。
そしてこのジジイの言う通り時間を遡る魔法なんて聞いた事がない。
「まあいいだろう。実際俺もあんな複雑な魔法陣見たこともないしそれに関しては信じてやろう。それで? 俺がお前なんだってな?」
ここでそんな魔法は存在しない! なんて言って時間を食うよりは一度話を通した方がスムーズに会話できるだろうと思い肯定した。
「うむ。証拠はもちろんある」
そう言って見覚えのあるペンダントを取り出した。
「……それって……」
するとジジイはペンダント部分を開けて中の写真を見せてきた。そこには嫌そうな顔をしている俺と対照的な笑みを浮かべている母さんと父さんの写真が入っていた。
「これはワシに残された唯一の宝物じゃ」
「俺のと、同じ……」
俺はそのロケットペンダントを奪い取って観察した。
傷がついていたり、少し錆びているが間違いなく俺が今、首からかけているペンダントと同じものだ。
俺が15歳の誕生日を迎えた時に記念に撮影した家族写真。それがこのペンダントに入っている写真だ。
「これで信じてくれたか?」
「い、いや! これをお前が未来の俺から奪い取った可能性があるだろう!」
そうだ。確かにこれは俺のもので間違いないが所詮は物だ。奪おうと思えば奪える代物だ。
「ならばこれを見ろ」
そう言ってジジイは髪を上げておでこを見せてきた。そこには切り傷の様な古傷がある。
「俺と同じ……」
俺が小さい頃慣れてない魔法を暴走させてしまってできた傷だ。
ならこのジジイは本当に……
「ようやく分かってくれたか。お前はワシでワシはお前じゃ」
頭の中が真っ白になるこれが未来の俺の姿?
「う、嘘だろ。俺の将来がこんな……」
「お前は自分が主人公に転生できたからと言ってそれにあぐらをかき日々を自堕落に過ごし、尊大な態度をとり、全ての人から嫌われ大事な場面で大切な人を守ることも出来ずに全てを失ったんじゃ。つまりワシは……お前は将来破滅する」
そう言うジジイの目はとても悲しそうだ。
「はっ、ハハハ。それでお前は何しに来たんだよ! もう手遅れに近いぞ! 今まで俺は何もやってきてないぞ! なんでもっと早く来てくれなかったんだよ!」
それさえ知っていたら努力を沢山していた。
「ふっ、ここまで来て人のせいとはのぉ。自分の事ながら笑えてくるわい」
「ッ」
俺はその場で黙り込んでしまう。
「ワシだってもっと前に戻りたかった。じゃがここがワシの限界だった」
「そうかよ」
「そうじゃよ。それでワシが来た理由じゃがそれは……」
「それは?」
「お主に、16歳の自分に未来を変えて貰うために来た」
未来を変えるっていたって何をすれば……
「ワシも未来で起こった事をお主に教えてやりたいんじゃがそれはできん。じゃから今は備えてほしい」
ナチュラルに心をよむのはやめてほしい。
「備える?」
「ああ、きっとお前をこれから幾つもの試練がお前を襲うじゃろうがそれらは全て前座にすぎん。じゃからそこで自分を鍛えるんじゃ」
そう言うジジイの目は真剣だが、俺には言っている事がいまいち理解できない。
「鍛える、か」
最初は考えていた事だがそんな考え既に忘れていた。
「安心せぇ、お前1人じゃ無理じゃろうからサポーターを連れてきた」
ジジイがポーチの様なものの袋を開けるとふよふよと青い光の様なものが浮かび上がっている。
「ん? なんだこいつ?」
「それは転生する前のお前じゃよ」
『爺さん? ってか将来の俺から話は聞いてる。正直自分の事で恥ずかしいけど俺も全力で手を貸すから頑張ろうぜ!』
と声が聞こえてきた。
「へ?」
「声はお主とワシ以外は聞き取れんから安心せぇ。この世界の事で困ったらそやつを頼ればいい」
「いやいや!? 過去の俺!?」
『おう! よろしくな!』
ま、眩しすぎないか。過去の俺。俺ってこんなんだったのか。16年前の事だからもう覚えてねぇよ。
「しまった、これが限界か……」
ジジイがそんな事を言い出したのでジジイの方を見ると体が透け始めていた。
「は? なんで体が……」
「時間切れの様じゃな。とにかく任したぞ。過去のワシ」
「いや、もっとちゃんと説明を……って消えた」
話を聞こうとすると光に体に包まれて消えてしまった。
その場に残されたのは俺と目の前をふよふよと浮かんでいる、自称過去の俺だけになるのだった。
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