冥界への公職

@bigboss3

第1話

「えーと、飯島一也、五三才。四〇年近く引きこもりによる孤独死・・・・・・」

 私はエレイン。職業は死神。この世で死んだ人間の魂を死後の世界に送るあの世の公務員、いわば、自殺者が罰を受けるゴミの片付け人。

 私もその類でいじめられて首を吊ったら、死神に転生させられた。

今では死神業務は人気の職種になっているが、理由は二つある。一つはあの世が宗教や神話の垣根を越えてグローババリゼーション化したこと。もう一つは漫画やアニメなどのおかげで死神の印象が大きく変わり、志願者が増えた事だ。

 勿論、きつい仕事であることは志願者には伝えているが、おかげで人手不足は解消され、学校や養成所が作られ、私も非常勤で教えている。


「ああ、ようやく死んだ。これで私も解放される」

 また、これだ。今の人間は生きることに執着心がなくなってきているせいもあって、引きこもりやニートが原因による自殺や孤独死などの事例が多数報告されている。

各冥界や協会も頭を抱えている。厳罰に処すべきと言う方と、生きることの素晴らしさを教えるべきという方に分かれている。

「残念だけど、お前が逝くあの世はかなり限られる。地獄に行くほどではないが煉獄や辺獄とかで清められるか、再び生まれ変わって生きることを学び直すか、地縛霊になって、魂が朽ちるかの道に限られるわ」

「そんな、生きていたときだって地獄なのに」

「本当の地獄は入り口だってこれの比じゃないわ。でも、あなたがいじめや受験の失敗にパワハラを受けたことを考慮すれば、情状酌量の余地があると判断してくれるわ」

 飯島はその白髪まじりの髪に似つかわしくない幼い顔で私を見つめて何も話さず頷く。

「納得したわね、それじゃ、いくわよ」

 私はいわゆるタロットカードに出てくるものとは違う形の鎌である両手剣を飯島に突き立て、あの世に送った後、書類にハンコを押した。

 そこへ丁度よく、使い魔のムチコロ猫、モモコが書類を咥えて現れた。

「エレイン、今日のノルマは達成できた?」

「ええ、今日も孤独死をした人間よ。全く、私の仕事に比べたら、あの男の苦しみなんか、たいしたことないのに」

「時代がかわったんだよ。それに私たちの頭が固すぎるだけだよ」

 モモコは書類を受け取るともう一つの書類を私に渡した。

「なんなのこれ?」

「エレイン、あたしは今日付であなたの使い魔との契約を解除することにしたわ」

 その言葉は青天の霹靂だった。

『このたび、私モモコは諸般の事情により死神エレインとの使い魔契約を解除します』

「な、何で、急に?」

「何で? あなた、私を散々こき使っといて、給料は少ないし休みも取らせないのじゃ、やめるしかないでしょう」

 また、これよ。私は思わずため息をついてしまう。私はこれまで様々な同僚や使い魔と組んだが、長続きしたためしがない。

これで五〇人目だ。いつになったら良い相棒ができるのか悩んでしまう。

「お願いだから、やめないでよ。私一人でライバルや悪魔とかの相手相手なんてできないわ」

「自業自得よ。恨むのなら、あなたの仕事病を恨みなさい」

 そう言ってモモコはハンコを押して契約解除し、私の引き留める手を振り切って、冥界に続く穴に消えていった。

「なんでいつも、こんなことになるわけ」

 頭を抱えたまま、飯島のミイラのように痩せこけた死体をポツンと眺めた。私は心の中で仕事も学校も通わずに、無為に時が過ぎ去るのを待ったこの男がうらやましく思えた。

 二〇分位、眺めていると、誰かが通報したのか、警察官がドアを開けて入ってきた。


 私の姿は基本的に見えない。警官たちは無線機を取り出して応援を呼んだ。

 その直後に携帯のアラームが鳴った。でも、警官たちに反応がなかったので、私のショルダーフォンだとわかった。

「ああ、私もスマホにしたら良いかな。でも機械音痴だし、ショルダーフォンは長いこと使っているから捨てがたいしなあ」

 私はそう呟いて、受話器を取ると、上司からだった。

「エレイン、私だ」

「ウォルフ様、今仕事が終わりました。それと、モモコが本日付で使い魔をやめてしました」

 それを聞いた上司は「ああ、聞いてる」と言ったあと、「今日、冥界に来た飯島は、裁判で情状酌量が認められるみたいだな」と話した。

「飯島も引きこもりが原因の孤独死だったみたいだな」

「はい、今月に入って一三人目です。人間は一人では生きてはいけない生き物なのに」

「そうだな、まあ、引きこもりも心の貧困というからな。物質的に豊かでも、心が痩せこけてしまっているんだ。我々も対策を急いだ方が良いな」

 上司はそう言うが、上層部は頭の固い連中ばかりだから、どれだけ動けるか疑問符付きだ。

「そういえば、モモコが辞めるのを止めなかったですよね」

「・・・・・・そうだ、何しろ、お前は社畜並みに働いているから組む連中はすぐ疲弊するからな」

 私だって休みたいのだけど、少しでも稼ぎを増やしたいし、できるだけ早く引退もしたい。そのためには少しでも上層部にいい印象を持たせたいという考えが私にあった。

「あと、他に仕事はないかしら。それが済んだら、冥界に帰るけど」

「ちょっと待てよ。ええと・・・・・・、あ、明日の朝、登校中の小学生たちに向かって、社会的にしくじりを繰り返した四〇代の男が暴れる予定。死者は犯人を含めて二人だけだ」

「これは久しぶりの案件ね」

「なに、お前がウィルス疾患の三〇〇人や中東で連れてきた戦士のバルハラ送り一二〇人に比べたら少ない方だ。じゃあ、仕事が済んだら帰ってこい。いいな」

 そう言って電話が切れた。私はショルダーフォンをしまうと、事件現場となる小学校に飛んでいった。


 翌日、私は事件現場になる予定の学校の真ん前で、子供たちが楽しそうな様子でランドセルを背負って学校に向かっているのを見ながらスタンバイした。

「ふーん、最近の小学生はランドセルの色が選べるんだ」

 私が人間だった時代は鞄すらなく、苦労して学校に通っていたころが懐かしく思えた。

最もそれは傷に塩を塗り込むみたいに嫌な思い出である。

 ふと子供達を見つめていると、一人の小学生が私の方を向いている事に気がついた。私は後ろを振り返ってみたが彼が興味を持つような物はない。それに続けて保護者が「何を見ているの」と聞くと彼は私の方を指さして「かっこいいお姉ちゃん」と言った。

 私は思わず驚き、この子は私を見ているのだと改めて知ることになった。

 そこに、明らかに学校には似つかわしくない、四〇代くらいの男がふらふらと子供達に近づいてきた。

 最近よく大人子供と言われる、肉体は年取っているのに、精神年齢は幼い連中だ。

 手には包丁が握られていて、人間ならば止めるところだろうが、私は死神のため止めもしないし興味も無い。死人が増える分、仕事ができるだけだから。

「ぶっ殺す!」

 その怒りを秘めた大声とともに男は包丁を持って暴れ始める。辺りには人々の悲鳴が響き渡って、泣きわめいたり、助けを求めたり、そこはまさに本物の地獄だった。

 そして男はあらん限りの怒りを叫んだ。よほど腹に据えかねたことは見て取れた。

 そして子供に手を出そうとしたとき、近所の交番から出てきた警官が拳銃を抜いて、まず、威嚇射撃をしてやめるように脅しをかける。

 それを見た男は鬼のような顔で警官に襲いかかろうとしたため、警官はすぐに犯人を撃ち殺した。しかし,運悪く包丁は命中するのと同時に子供に致命傷を与えた。

 私は時計を見て犯人が死んだ時刻と日時を確認して死体から幽体が出るのを待った。

 数秒もしないうちに男の幽体が出てくると男は何があったのかわからずに私の方を見た。

「おい、姉ちゃん。これは一体?」

「残念だけど、お前は死んだ。そして、即地獄行きよ」

 私がそう言うと、剣を取り出して問答無用に切りつけた。男は「助けてくれー」と悲鳴を上げながら鬼と悪魔達の手で地獄に強制連行された。

「他人にばかり責任転嫁した罰よ」

 私はそう毒づくと死ぬ予定になっている子供の冥界送りに入った。

 これでも私は良い意味でも悪い意味でも平等を徹底しており、いくつかの選択肢の入ったデータを片手にその少年に近付く。丁度心肺蘇生をおこなっている最中で救急隊員が必死になって助けようとしていた。

 資料をよく見ると死亡日時が変わっていて、植物人間という記述になっていた。

「坊や、残念だったね」

「あれ、さっきのお姉ちゃんだよね」

 よく見ると、それはあの時の小学生だった。彼はどうやら唯一の犠牲者だったみたいで資料を確認すると小学生の名は三村エル一一才で間もなく卒業予定とあった。

「私が見えると言うことは、あなたかなり霊感が強いようね、普通はよっぽどの人間じゃないと死神なんて見えないのに」

「し、死神さん。死神さんが見えると言うことはもうすぐ死ぬの?」

 エルの質問に対して私は「条件次第なら生き残れるけど、死んであの世に行った方が幸せかもよ」と答えた。

「嫌だよ、僕は大人になったらロケット開発者になるんだ。生き残れるならそっちを取るよ」

「残念だけど、お前の夢は叶わないさだめなのよ。死んで生まれ変わっても、あなたはかわいい犬か猫。たとえ人間だったとしてもロケットとは縁のない国になるし、天国なり極楽とかに行ったら輪廻解脱になる。何より、生き残っても、一生寝たきりの状態よ」

 それを聞いたエルはとほほと落胆して、このまま死んじゃおうと考え始める。そのとき、私の脳裏に悪知恵が働いた。本来なら服務規程違反だが、この子を利用しない手は無い。

「エル、宇宙ロケットの開発者になりたいの?」

「うん、それは僕が目指したい一番の夢なんだ」

「なら、私の相棒になりなさい。そして人間の生をやめなさい。そうすれば、永遠に私の相棒兼補助として生きて、家族や友達と永遠に別れる代わりに、宇宙開発の夢を叶えられるわ」

 私の言葉を聞いて、エルは駄々っ子のように嫌がったが、「なら、このまま無残な生き様を晒すの?」と突き放すと、納得してくれた。

「契約成立ね。じゃあ、病院でまた会いましょう」

 私は事件の後始末をする警察や、悲鳴や怯えた表情で固まる子供達などのすさまじい修羅場を背に担当する病院に飛んでいって先回りした。

 事件から三〇分経過した。先回りした中央病院は私たち死神の仕事場でもある。ここは文字通り生と死が混在する場所で、新たな命の誕生から、薬漬けになっても一分一秒まで生き尽くそうとする者までいて様々だ。

 因みに中央病院は死神のたまり場のため、気をつけなくてはいけない。奴らに目撃されるのは好ましくないため、人間だと装わなくてはいけない。

「先生急患です」

 看護師の切羽詰まった声と共にエルを乗せたストレッチャーが、勢いよくかけていく。

「患者は三村エル、一一才、通り魔による腹部裂傷による出血。血圧は九〇・・・・・・」

「大変です、輸血用の血液が足りません。他の患者に回してしまって・・・・・・」

「なんだって、なんとかしなくては。すぐに他の病院に・・・・・・」

 パニックになったところに私が看護師にめがけて口を開く。

「すみません、私の血液を使ってください。薬も病気もありません」

「血液型はAB型だが大丈夫かい」

「・・・・・・問題ありません」

 人間に関しての問題はない。問題があるとすれば死神としての問題ぐらいだ。

「よし、すぐに輸血にかかる一緒に来てくれ」

 私は笑いを押さえながら看護師たちに連れて行かれた。

 輸血を開始してから三〇分。容態は安定してきた。横目で私は彼に話しかけて説明した。

「よかったわね。これであなたも私の仲間ね。へ? 血液型は大丈夫かって? 心配ないわ。この世界の生き物の細胞は一緒になりたがらないけど、私たちの世界ではその逆だから」

 それからどれくらい経ったか、看護師が「終わりましたよ」と言ってきたため目を開けると、医師達は喜んだ様子で私に感謝の言葉を投げかけてきた。

「ありがとう、お嬢さん。君の善意でこの子は助かったよ」

「はあ、それは何よりです」

 お礼を言うのはむしろこっちの方よ。おかげでこの子を私の新たな相棒として生まれ変わることができたのだから。

「お嬢さん、そういえば名前を聞いていませんでした」

「いいえ、名乗るほどの者ではありませんわ」

 そう、たとえ名乗ったところですぐにあんた達の記憶なんか消しゴムのごとき記憶操作で消しちゃうもん。

「じゃあ、少し休んでいてください。何かあったらこのボタンを押してください」

 私が頷くのを確認すると、看護師達は一旦、その場から離れていった。

「もう、起きても心配ないわよ」

「うん、すこぶる元気が出たよ」

 さっきまで昏睡状態が嘘だったみたいに彼は元気よく起き上がった。

「じゃあ、あなたの鎌出してみて」

 そう言うと彼は手品みたいに鎌を出した。鎌と言ってもよくある死神の持っている物ではなく、ベレッタM9をカスタムしたみたいな銃が彼の鎌だ。

「あなた、バイオハザードをやるの?」

「うん、多分僕の鎌はサムライエッジを模したやつだよ。しかも、ウェスカーモデル」

「最近の傾向で銃が鎌になる事が多いのよね」

 そう言って手を携えて逃げる準備をする。

「ま、待って、最後に父さんと母さんにお別れしたい」

「無駄よ、この世界にはあなたを知る人間はいないわ」

「それでも、最後くらいはお別れの言葉をかけたいよ」

 人間の情をとっくに捨てた私も、これにはお手上げで「それなら、行くだけ行くけど、覚悟した方がいいわよ」と言ってついて行くことにした。

 三時間後、私は彼が住んでいた家の外で、彼が家から出てくるのを待っていた。恐らく、エルの家では彼の家族だった人たちがなにも変わらずに食事をしているところだろう。

 まるでコンピュータの切り抜きのような事だが、この世界では造作も無いこと。ある、物理学者である人間がこんな事を言ったことがあった。

「この世界はセル画のアニメみたいな物で、様々な形態に変えることができる」

 その言葉を当てはめてみると、私たち天使や悪魔や死神はいわばアニメのスタッフで、神や魔王はアニメ監督という立ち位置にあるのかもしれない。

「ただいま、お姉ちゃん」

 エルの顔は明らかに暗かった。まあ当然だろう。この世界で彼の存在はもうどこにもない。写真にも消しゴムで消されたようになっているか、もしくは別人の写真を上から貼り付けられたかのどちらかだ。

「どう、お別れはすんだ?」

「さよならは言ったよ。でも、声も聞こえないし、まして、誰も僕のことを覚えてなかった」

 哀れとは思わなかった。こんなことになるのは当然のことだから、彼も了承はしている。

「じゃあ、まずは学校に行きましょう」

「まるで漫画みたいだね、冥界にも学校があるんだ」

「一応、危険な仕事だからね。教育はしておくの」

「厳しいの?」

「まあ、そこそこね。でも、あなたなら乗り越えられると思うわ。教育が済んだらまずは仕事に慣れてもらうために、自殺した引きこもりをあの世におくる仕事を補助してもらうわ」

「どこに連れて行かれるのかな?」

「少なくとも天国でも極楽でもないわ。地獄か地縛霊かはたまた私のように死神になるか。その人の判断次第ね」

「わかった、じゃあ、いこう」

 私は頷くと彼の手をとって冥界への入り口に向かって飛んでいった。彼は下を見下げながら夜景を見ていたため、「前を見なさい、振り向かないの」と叱責して冥界に旅立った。

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