セールスですわ!

 日が暮れ、ついに西の空には夕焼けが見え始める頃合になってしまいました。


 ですけれど、わたくしこと領主の元娘、ウルギリーゼは未だに路頭を彷徨さまよっておりますわ。


 あれから、色んな家に直接お伺いして、一晩だけでも泊めてもらうように交渉に努めて参りましたがてんでダメ。全部セールスと警戒されて門前払い、全く相手にされなかったですわ。


 この町には『助け合い』とか『思いやり』とかそういったものはないのかしら? 本当に冷たい人たちばっかりですわね。お父様の人格がそうだから、町民までそうなってしまったのかしら。信じたくないものですわ。夢も希望も無いじゃない。

 

 って文句を言っても何も変わらないなんてこと、分かってはおりますけど……この時間になってしまうと流石に焦ってきますわね。このままじゃ寒い夜の中でも玄関を叩いて頼み込むか、公園で野宿するかのどちらかになってしまいますわ。


 それに、お腹も空いてきました。あぁ、『フロマイティ』が恋しいですわ〜。お昼前に食べたフロマイティも今や胃に消化され、わたくしの生きる糧となってしまいました。


 そう、今の私は腹ペコ状態。


 俗な言葉を用いれば『ガチでヤバい』状況ですわ! 


 ヤバいですわ、ヤバいですわ、ヤバいですわ〜〜! って考えた挙句……






「結局……ここまで戻ってきてしまいましたわね……」

 

 遠くにあるのは、見慣れたボロ屋敷。ギーウルのご自宅ですわ。


 まさか、追い出された今日この日に戻ってきてしまうだなんて、わたくしも思っておりませんでした。行ったってどうせ拒絶される、確かにそうでしょう。絶対そうでしょう。「もう来んじゃねえっ!」って怒鳴られる事でしょう、そんなこと承知の上ですわ。


 けれど、もうわたくしにアテがないのですわ。ギーウル以外に頼めるアテが!

 もう一度、彼に交渉してなんとか家に住まわせてもらうしかないのですわ。


 時は夕方、もう手段は選んでいられないですわね。最悪、ギーウルを古家から放出してでもわたくしが……っ!


 わらを縋るような気持ちで、再び彼の家に近づいた時でした。


『おい、ふざけるんじゃねーぞ!!』


 家の方から、ギーウルの声が聞こえてきました。怒っているような、大きな声。

 一瞬、わたくしへ向けて放った言葉かと勘違いしてびっくりしてしまいましたが、すぐにわたくしに言ったものではないと判断が付きました。


『いやだなあ、そんなに拒絶するなんて。キミ、意気地いくじなしだね』


「女の人……?」


 次に耳に入ってきたのは女性の声。低めの声だけどはっきりと聞こえますわね……

 じっと目を凝らせば、玄関先でギーウルとすらっとした女性が向かい合って話しているではありませんか。

 

 わたくしは何故だか居心地が悪い気分になり、木の影に隠れて様子を伺うことに……


 ──誰かしら?


『意気地はある方だぞ! ってそんなの関係ねーだろ! なんで俺がそんなことしなきゃならねーんだよ!』

『ふぅん、そんなこと言っちゃうんだ』


 遠くでよく見えないけれど、ギーウルと話をしているのは黒髪ショートヘアをした細身の女性。間違いなく女性。


 ギーウルの家に女の人……? まさか……!?


 っとほんの少し思ったけど、流石にそれは無さそうね。あの感じじゃ、とても仲がいいとは思えませんわ。それどころか相当ギーウルが困っている様子も伺えますわね。


 けれど、どうしてギーウルの家に……? 怪しいですわね……

 

 木の影から耳を澄まし、二人の会話を聞くことに。



『早く帰ってくれ! 夕飯の時間なんだよ、お前の相手なんてしている暇なんてねーの!』

『まあまあ、そんなこと言わずにさあ。そんなにボクの話が嫌なのかい?』


 ギーウルが迫られている!? 細身美人の女性に!? 

 あ、ありえないですわ。こんなことって……


 けれど、あのギーウルの拒絶っぷりを見るからに明らかに逆ナンパとは思えませんわ。 一体何があったのかしら……?


『嫌に決まってるだろ! とっとと帰ってくれ』

『だからさあ、帰るって言ってるじゃないか』


 そう言いながら黒髪の女性はギーウルに向かって1枚の紙を掲げ始めた。


『──この契約書に名前を書いてくれたらね』


 契約書・・・……??


 ──まさか、セールス!? ギーウルがセールスに絡まれていますわ!

 

 間違いないですわ! だからギーウルがあれだけ嫌がっているのですわ! 


『書くわけねーだろ!! なんで俺がそんな仮想通貨を買わねえといけねえんだよ!』


 勢い良く反発するギーウル。だけどあんまりセールスには効いてそうにないですわね。 

 それに仮想通貨・・・・……!? もしかして、この人がお昼の女の子に……!?


 そうだとしたら……!


 頑張ってギーウル! セールスなんかに屈しちゃダメですわ!



『しかもなんだその妙な仮想通貨は。絶対明日にも暴落するだろそれ! ってか俺ん金ねーの! 家みりゃわかるだろーが! どんな思考してこんなボロ屋へ仮想通貨を売り込もうとしているんだよ。そもそものマーケティング相手間違ってるだろ! もっと富裕層に売り込めや、この町の領主とかさあ』


 間髪入れずに畳か掛けていくギーウル。いいですわ! その調子ですわ! それに言っていることも間違いないですわ。ギーウルみたいな貧乏人に仮想通貨なんて売れるわけない、その通りですわ! いけですわ! やっちまえですわ!

 

『そんなこと言っちゃっていいのかい? レバレッジかければ、3ピョコでも5,000万ピョコに化けるんだけどなあ。苦しい生活ともおさらばできるよ、キミ』


 ダメですわギーウル、そんな甘い言葉に負けたら! どう考えても3ピョコが5,000万ピョコに化けることなんてありえませんわ! 耐えてギーウル!


『その代わり下がったら俺が損失を被るんだろーが。そんな上手い話あるわけねーだろ、俺を追証おいしょうで破産させる気か。3ピョコが5,000万ピョコなるってどんだけブレ幅激しいんだよ。そんなのやるわけねーだろ』


 ナイスカウンター!


 その意気ですわ! 見直しましたわっ!


『ふぅん』


 一方で腕を組み、分かったような分かってないような声を上げるのは仮想通貨セールスレディ。ギーウルも相当健闘しているけど、あんまり響いてなさそうですわね。


 だけども、ギーウルの返しもほぼ完璧なのは間違いないですわ。それなのにも関わらずこの手応え…… 東町の悪徳セールス、噂通りかなりしぶといですわね。


『食い物の買う金すらもままならねえのに、資産運用なんてできるわけねーだろ。ほら、とっとと帰った帰った』


 けれど、流石ギーウルですわ。全然悪徳セールスに屈する様子はなさそうね。 男気溢れるプレイングですわ。

 ざまあみなさい、悪徳セールスレディ! ギーウルの防御は鉄壁なのですわ。例え、色仕掛けをされたとしてもなびかない、模範的な消費者なのですわ。


 ですから、観念して事務所に帰りなさい、悪徳セールスレディ。これ以上の交渉は無駄ですわよ。


『へぇ…… どうしても、契約しない感じかなぁ? こんなに言ってもやってくれないの、キミ?』


 ん? 何やらセールスの口調が強くなってきましたわね。それに、なんですのあの不敵な笑みは……?


 それでもギーウルは臆することなく、勢い良く『するわけねーだろ!』っと断っておりますが、なんだかレディの様子がおかしいですわね。


 ギーウルの断りを聞いたセールスレディは『そっかぁ』と呟き、大きく伸びをした後……


『ならば、こうするしかないね!!』


 なんと、物凄いスピードでギーウルへ襲いかかってきた!!



『うお! なんだお前!! マジかよっ!!』


 ギーウルが驚きの声を上げながら逃げようとするが、時すでに遅し。レディのタックルによって吹き飛ばされてしまった。


 ──────


 門前払い:ドアを開けずに声だけで訪問者をあしらうこと。セールス対策の一つ。最も単純でかつ効果的なセールス対策であるが、聞こえないふりをされて侵入してくるケースも少なくない。セールスに玄関を跨がせると途端に立場が悪くなってしまうので、しっかりと玄関に鍵をかけた方が得策だ。



 レバレッジ:借入をすることによって自己のリターンを高める手法のこと。指定した倍率で利益も膨らむが、その逆でとてつもない損失も被ることがある。東町の仮想通貨取引はこのあたりの整備はなされていないのか、レバレッジ倍率もほぼほぼ青天井状態であり、3ピョコが5,000万ピョコに化けるというとんでもないレバレッジをかけることも可能。でも、こんなので夢を見ない方が良いだろう。

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