追い出されましたわ!

「はぁ〜、本当ひどいですわ……」


 結局追い出されてしまいました。いや、これでもかなり粘った方ですわ。徹底した不退去の意思を示したのにも関わらず、ギーウルは一言もわたくしの話を聞いてくれなかったですわ。


 挙げ句の果てに出ていく間際、彼はなんて仰ったと思います?


「やっぱお前、ファッ○ンガールだろ。間違いねえよ」


 ですって! 酷すぎるにもほどがありますわ! わたくしはファッキ○ンガールじゃありません。れっきとした領主の令嬢ですわ、『元』ですけど……


 とは言え、そんなこんなでわたくしは今、路頭を彷徨っている状態に逆戻りになってしまいました。

 ギーウルが貸してくれたボロボロのお洋服を着ながら…… このお洋服についても出ていけと言われた時に対抗手段として使いましたわ。「返さないわよ!」って…… そしたら向こうは「もうそれお前にやるから出てってくれ!」ですって! ぷんすかですわ。


 大事なお洋服を犠牲にする程、わたくしが邪魔に扱われていたということだったのかしら。何もそこまで言わなくてもいいのに……


 そんな事を言われたわたくしは、 ついに対抗手段が無くなってしまいやむなく外へ出ていくことになったのですわ。


 右腕に汚れたピーナツ色のドレスを抱えながら。それもまだ生乾き状態ですわ。


「ほんっと、あそこまで言わなくてもいいじゃない。『なんで東町の元令嬢がこんなにくせ者なんだよ。聞いてねえぞ』ですって! ムキー! 思い出すだけでもイライラしてきますわ」


 イライラで独り言も止まりませんわね。あまりやりすぎると変な人だと思われてしまうから自粛しないといけませんわ。


 けれど、またもわたくしが貧民街を練り歩くことになるなんて。お父様から追い出された時は雨が降っていて大変でしたけれど、そんな雨も止み今は晴天。天気が良いことだけが救いですわ。


 でも、早く寝床を探さないと夜が来ちゃいますわ。お金の無いわたくしが今から仕事を探して給料を得るんじゃとても間に合わない…… 今夜はどこかに頼み込んででも泊まるしかないわね。ギーウルが頼れないとなると、またも誰かに縋るしか生きる道が無い…… 現実は厳しいですわ。


 こうして辺りを改めて見ると、皆、貧しい格好をしていますわね。薄汚れているといいますか……貧民街がここまで劣悪だとは思いませんでしたわ。こんな中、わたくしを受け入れてくれるような余力ある人なんているのかしら? ガチで一宿一飯に困る事なんて今まで一度もなかっただけに、絶望ですわね。


 はぁ、っとため息が一つ自然と漏れてしまいますわ。




「ふえーん。ふえーん」


「あら……?」


 トボトボと貧民街を彷徨っている道中のこと、泣いているおかっぱ頭をした小さな女の子の姿が目に映りました。汚れた白色のワンピースに泥だらけの素足と格好はかなりみずぼらしいけれど、どうしたのかしら? 


 ここで無視するのはわたくしの道理に反しますわ。小さな女の子が泣いているのですもの、ここは優しく慰めてあげないと。


「ふえーん、ふえーん」

「どうしたのかしら? 迷子になっちゃったのかしら?」


 女の子に近づいて目線を合わせると、女の子は「違うの、そうじゃないの!」と潤んだ瞳をこちらへ向けてきた。


「迷子じゃないなら……? まさか、いじめられて暴力振るわれたとか!? そんなの許さないわ、言いなさい貴方を殺ったガキ大将の名前を! このわたくしがとっちめてやるんだから!」

「違うよお姉さん、言ってること物騒だし、虐められたんじゃないよう」


 あら、それは早とちりしてしまいました。でも、わたくしそれ以外に、女の子が泣く理由が思いつきませんわ。 


「虐められたんじゃないの? じゃあ、どうしてこんなに泣いているのかしら?」




「セールスにやられちゃったよう!!」


 思い出したのか、女の子は大きな声で泣き出してしまった。


「セールス?」


 あまりにも唐突な内容に思わず首を傾げてしまう。セールスって…… あの……?

 

 そういえば、ギーウルの玄関に『セールスお断り』の張り紙があったわね。この女の子が言っているセールスもそのセールスに該当するのかしら?


「セールスって、どういうことなの?」

「悪徳セールスに絡まれて、わたしのお小遣いが全部なくなっちゃったんだよう」


「なんですって!? 盗まれたってことなの!?」

「違うよぅ。セールスに無理矢理仮想通貨を買わされたんだよう。嫌だって言っているのに、強引に契約させられて…… それで買った次の日に大暴落しちゃったからお小遣い全ロスしちゃったんだよう」


 しゃくりあげながら女の子は更に続けた。


「本当は、お母さんの為にお花を買うはずのお金だったのに…… 買いに行く途中で悪徳セールスに絡まれて、聞いたことない仮想通貨を買わされちゃったの」


「そ、そんなことが…… いや、待って…… そもそも貴方みたいな小さな女の子が、仮想通貨の取引契約が出来るのかしら?」

「分かんないけど、何枚も知らない紙に名前を書かされたよ。次の日相場を見たら全部パーになっちゃってたんだ! ふえーん!」


 少女の言うことが正しければ、本当に妙な仮想通貨を買わされてしまったようね。


 こんな小さな女の子を食い物にするなんて……許せないわ。いくら悪徳セールスが東町に蔓延っているとはいえ、ここまで腐っていたのかしら。知らぬ間に悪徳具合がパワーアップしていたようね。


「あのセールスのせいでお花は買えなかったし、一文無しになっちゃったんだよう。ふえーん!」


 これは大人でも泣くわね。何をされたか知らないけど、あの手この手で契約してしまった挙句全財産を失ってしまったのだから。


 仮想通貨なんて幼い子が手を出していいものじゃないわ。よりにもよって無理矢理そんなものを買わせるだなんて。こんな小さな子から取引手数料を貪り取って食べるご飯は美味しいのかしら? 目の前にそのセールスがいたら問い正したいところですわね。


「事情は分かったわ、だから泣かないで。わたくしがその悪徳業者を成敗してあげるから、元気出して」


 そう言ってあげると女の子は「うん、ありがとうお姉ちゃん」と言いながら泣き止んでくれた。


「でも気をつけてね、この町のセールスは本当にしぶといんだから。それに、勧められた仮想通貨は絶対に買っちゃダメだよ。暴落するものだと分かって高い手数料のものを売りつけてくるんだ、本当に悪い人達だよ」


「聞けば聞くほど極悪極まりない連中ですわね。お姉さんに任せなさい」


「仮想通貨だけじゃないよ。保険とか、化粧品とか、雑貨とかなんでも売ってくるから注意してね。訪問だけじゃなくてキャッチセールスとか色んな手段を使ってくるのも忘れないで!」


 少女は応援するようにわたくしへ助言をしてくれた。曲がりなりにもこの町で平民として過ごしているのか、町の情勢には詳しいようね。心強いわ。


「ありがとう、心に留めておくわ」


 少女にそう伝え、わたくしは広場を後にした。


 悪徳セールス…… 小耳に挟んではいたけど、ここまで被害が拡大していただなんて……お父様は何もしなかったのかしら? 

 

 そういえば、ギーウルの家に行った時、彼もやたらとセールスの存在に怯えていましたわね。なんなら会った当初、わたくしを何かのセールスレディと勘違いするぐらい警戒していたくらいには……


 それに玄関にあった『セールスお断り』のお札も…… きっと彼なら詳しいことを知ってそうですわ。


 って、ギーウルのことを考えても仕方ないわね。戻ったところで彼に追い返されるのは目に見えてますし……


 まずは無料タダで泊まれる宿が必要ね。日が暮れる前になんとかして探さないと。その後ですわ、ギーウルから話を聞くのは。



 ──────



 仮想通貨:東町の界隈で流行する架空の通貨のこと。東町で流注している『ピョコ』通貨とは異なり変動が激しい為、運に恵まれれば一発逆転も狙えるが、少女みたいにボロ負けするケースも少なくない。通常、仮想通貨は取引手数料が安いのがウリだが東町の悪徳業者にそんなものは通用しない。高い取引手数料で収益を得ることしか考えていないようだ。しかも、ドマイナーなものばかりを勧められるため絶対に買ってはいけない。


 キャッチセールス:セールス担当が路上で声をかけ近隣の店舗へ誘導するという悪徳商法の一つ。対策に『しっかりと断る。購入する意思は無い旨を主張する』といったことが挙げられるが、最近の東町ではそんなことが通用しなくなってしまったようだ。ある種の『力技』で事務所まで連れ込み、複数人で消費者を囲ってモノを売りつける手法が盛んに行われている。断ったら何されるか分かったもんじゃない。

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