出ていきませんわ!
「あら? 貴方もお腹を空いていたの?」
フロマイティを食べていたわたくしの前でギーウルも自分の分を容器に入れていた。そしてそのまま向かい合うようなかたちで椅子に腰かけ食べようとしていたので、わたくしは顔を上げて聞いてみることに。
「まぁな、目の前で食われるとなんだか腹が減ってきたからな」
どうやらわたくしが食べていたのを見ていて自分も食べたくなったようですわね。
ギーウルは一口フロマイティを口に運ぶと「ん〜、やっぱうめえな」と幸せそうな顔を浮かべながら小さく声を溢した。
「でしょう? ギーウルもわたくしと同じく『コーンフロマイティ』大好き人間でしたなんて、本当に奇遇ですわね。そうと思いませんこと?」
「そこは否定できねえな。東町の令嬢だからもっと高いものを好んでいたと思っていたんだが……案外庶民派なんだな」
庶民派という言葉には若干引っかかるような気が致しますが、まぁいいでしょう。庶民感覚で親しみやすい令嬢ということにしておきましょう。
「そうですわ。よそのお嬢様と食事に行ってみなさい、こんなシリアル食品だけでは絶対に終わらないですわよ」
「それ、自分で言うのもどうかと思うぞ。それに俺はもう令嬢とメシ食う縁なんてねえからそんな心配もしてねえぞ」
シャクシャクと美味しそうな音を鳴らしながらギーウルは手に持つ匙を揺らしながらそう言った。
「ですわですわ! お互い好きな食べ物が一緒だなんてこれは何かの縁ですわ! 同じ『フロマイティ』好き同士、仲良くいたしましょう!」
「……なんか、もっともらしくまとめられているけど、俺は食糧を食い潰されている立場ということを忘れるなよ。まぁ、フロマイティ好きに悪い奴は居ねえのは同意するけど」
その通りですわ。コーンフロマイティを愛する人に悪い人間はいない。それはこの世界の
現に貧乏ながらもわたくしに食糧を分け与えているあたりこの方も悪い人ではないはず。文句は多いですけどね。
貧乏か……
しとしとと雨音が静かに聞こえる部屋を改めてゆっくりと見渡してみる。昼だというのにとても薄暗く、湿度の高さも相まってとても居心地がいいとはいえないですわね。
悪く言ってしまえば薄気味悪いですわ。
お父様の家にいた時はこんな貧乏な家とは殆ど縁がなかったので新鮮……といいますか、同じ東町なのか、どこか別の町ではないのかと錯覚してしまいまう程の異空間に見えてしまいますわ。本当にここがわたくしのお父様が治める領地なのかしら?
「そういえば、ギーウル。歳はいくつですの?」
単純に興味があったから聞いてみただけ。ギーウルは匙を止めて「俺か? 21だぞ」と即座に返してくれた。
「21!? わ、わたくしも21ですわ! 同い年だなんて偶然ですわね。これも何かの運命に違いありませんわ」
「同い年ぐらいで運命を感じるだなんて、単純なヤツだな……」
吐き捨てるようにそんなことを言い、再びフロマイティを食べ始めるギーウル。
なんてナンセンスな男でしょう。こういった細やかなことも運命か何かと感じる心持ちが大事だというのに。
「同い年なら尚更ですわ。この出会いもきっと運命なのですわ」
「お前にとってはそうだろうな。いきなり飛び込んだ家が風呂場も服も飯も提供してくれたもんな。ほぼ勝手に使われたようなもんだけど」
そういう運命を言ってるんじゃありませんわ。ほんと、面白くない男ですわね。
それにしても、同い年なのにこの生活の差はなんなのでしょう。確かにわたくしは領主の令嬢で人より華やかな生活を送っていたことは自覚しておりますわ。それでも、ここまで酷い生活をしている同い年の子がいたなんて、想像つきませんでしたわ。
「そういえば、貴方お仕事は何なさっているのかしら?」
そんな言葉を聞いたギーウルはムッとした表情を浮かべて「仕事してねーよ」とぶっきらぼうに答えてくれた。
「あら、それって俗に言うニー」
「じゃねえよ! 先日失職したばかりなんだよ! 一応働く意思があるんだからニートじゃねえよ!」
勢いよく匙を取り、やけ食いのようにフロマイティを流し込むギーウル。お行儀が悪いですわよ。
「失職?」
小首を傾げてみせるとギーウルがそっけなく「そうだ」と返した。何を怒っているのかしら。確かに働かないという事はこの男にとってセンシティブなものかもしれませんけれど、そこまで怒らなくてもいいじゃない。
例えギーウルがニートでも偏見は持ちませんわよ。
「お前知らねえのか? この町めちゃくちゃ不況で全然働き場が無えんだよ」
世間知らずの娘を見るような眼差しが飛んで来て、思わず立ち上がりそうになった。しょっちゅう外へ遊びに行っていた為そこまで世間知らずではないと……自負していたつもりであったがよくよく考えてみればギーウルの住む貧民街には、足を運んだことが無かったのを思い返す。
「し、知ってますわよ。あまり景気が良くないことぐらい」
「『あまり』どころじゃねーよ。『滅茶苦茶』景気が悪いぞ」
ギーウルが頭を抱えながらため息を漏らし「大体あのクソ領主が悪いんだ」と続けた。
「バカみてーに増税するし、その癖俺らみてーな貧しい層には全然還元してくれねーし、運営能力皆無すぎてやってられねーよ。貧富の格差がますます広がっていくばかりだ。お陰様で求職が全然無えから、その日暮らしするのが精一杯だぜ」
「わたくしのお父様が……?」
「そうだよ。お前が一番知ってるんじゃねえか? 豪勢な生活してるからな、あの領主。貧しい町民から徹底的に搾取して、たらふく私腹を肥やしている典型的なクソ領主だぜ」
現にお父様は太っておりますし、ギーウルの指摘は間違いありませんわね。元娘としてぐうの音も出ませんわ。
確かにお父様もわたくしもそこそこ贅沢な暮らしをしておりましたわ。でも、その陰でギーウルみたいな裕福でない人達から貪り取っていただなんて……
「ご馳走様ですわ。やはりフロマイティは最高ですわね」
わたくしがフロマイティを完食し、口元を拭いていると、丁度窓の外から光が入り込んできた。
窓から外へ目をやるといつの間にか雨も止み、日が照り始めているのが視界に入る。やはりにわか雨のようでしたわね。
その事にギーウルも気づいたのか静かにカーテンを開けて軽く頷き、わたくしへと振り返る。
「お、雨が止んだな。……ということで…… おい、ウルギリーゼ……なんちゅう顔してんだよ、俺まだ何も言ってねえぞ」
「言わなくても分かりますわ! 出ていけというのでしょう!」
だってそうでしょう。明らかに頬が緩んでいますもの。
「お、それなら話が早──」
「出ていきませんわよ! だって今のわたくしには住む場所もお金もないですわ。こんな状態で出ていけだなんてあまりにも残酷すぎますわ〜。それに、今のわたくしはギーウルの服も着ておりますし、ここから出ていってしまえば次はいつ『フロマイティ』が食べられるかも分からない状況にありますのよ! それ以前に、今日の夜すらも過ごせるかも分からない、生きるか死ぬかの瀬戸際にわたくしは立たされておりますのよ! そんな中で出ていけだなんて──」
「あらかじめ用意されていたのか知らねえが、めちゃくちゃ喋るな」
当然ですわ。これぐらいは想定のうち。フロマイティを食べながら、しっかりと雨があがった時に備えてちゃんと理由を考えておりましたわ。
「ということで、ギーウル。納得してわたくしを──」
「無理だぞ! とっとと出てけ! 養えるわけねーだろ!」
はぁ? この男、わたくしの話を聞いておりましたの!?
「拒否しますわ! どうして、ギーウル……一緒にフロマイティを食べた仲じゃないの、どうしてそんな事を言うの!? ずぶ濡れだったわたくしを歓迎して家に迎えてくれたのに……あれはなんだったの?」
「勝手に事実をねじ曲げるな! 一度たりとも歓迎した覚えはねーぞ。雨宿りさせてやったんだからそれで十分だろ。ったく、いつまで居座るつもりだったんだよ……」
「……3年くらい?」
「もうお前出てけ!! 長すぎるだろ、なんなんだよ3年って、俺を殺す気か!!」
この椅子から離れませんわ! わたくしの生活がかかっているもの、ここで引き下がるわけにはいきませんわ!
「嫌ですわ! 絶対に、絶対に出ていきませんわ!!」
「なんて奴だ、厄介すぎるだろコイツ……」
────
増税:税金を上げること。ギーウルの住む東町はやたらと町民税が高く、人々の不満の種になっているようだ。そんな巻き上げた税金は漏れなく領主の懐に入り込み、贅沢三昧に費やされてしまっているらしい。増税の影響か東町の景気は悪く、治安までも悪くなってしまった。
庶民派お嬢様:お嬢様でありながらも庶民感覚を忘れない人のことを指す。ウルギリーゼが自覚している謎の枠組みの一つ。元来お嬢様というものは世間知らずで平民の生活をあまり知らないという位置づけがウルギリーゼの中であったようだ。そんな中でも、ウルギリーゼ自身は領主の令嬢でありながらも庶民の生活も知っているという存在と……他お嬢様との差別化を図ろうと目論んでいるようだ。とはいえ、ここ最近ではトレンドになっているのか、ちらほらと庶民派お嬢様が増えてきたためウルギリーゼの希少性も日に日に薄まってきているのが現状。
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