シリアル食品ですわ!

「ギーウル? ダサい名前ですこと」

「お前の『ウルギリーゼ』とあんまり変わらねえじゃねえかっ! 尋ねてきたから答えてやったのに好き放題言いやがって」


 ギーウルがイラつきながら手の甲で机をコンコンとノックする。そんなに怒らないでくださいまし、短気な野郎ですわね。


「んだから追放されるんだよ!」

「まぁまぁ落ち着いてくださいませギーウル。そんなに暴れたらこのボロ屋敷が崩れてしまいますわよ」


「俺の家は洞窟じゃねーぞ。それにそんなに暴れてねえだろ。ったく、逆にこんな奴の面倒を見ていた領主に同情しちまうな」


 ひどい男ですわ。わたくしの可哀想なお話を聞いて逆にお父様へ同情してしまうだなんて…… この男、生粋のヴィランですわね。

 


 そんなやりとりの最中、わたくしのお腹が突然ぎゅうっと鳴り始めた。


「お、外出る時間か! じゃあな」

「違いますわよ! お腹が空いた音ですわ!!」


 どうして空腹の音がギーウルにとってそう聞こえるのでしょうか、わたくしのお腹は音の鳴る腹時計じゃありませんわ。


 そうでした、今朝、朝食を食べる前にお父様に呼び出されてましたから昨日の晩から何も食べていなかったのですわ。備蓄していたシリアル食品『コーンフロマイティ』も全部家に置きっぱなしですから食べるものもないですし……


「ギーウル、お腹が空きましたわ。実はわたくし昨日の晩から何も食べていなくて」


 恥ずかしながら状況を説明するとギーウルは「あぁ、そうか……」と分かってくれたようで……


「そりゃ減るだろうな」


 と言ってくれた。

 えぇ…… すっごい淡白な回答なんですけど……


「食べ物が無いと人間生きていけないことをご存じでして?」


 そう言ってさしあげるとギーウルは「そりゃそうだろう、人間食わなきゃ死ぬのは間違いねえな」と流石に納得してくれたようで。


「市場に行けば食い物あるぞ」


 と言ってくれた。凍りつくような冷たい表情で。


「ぜんっぜん分かってくれていなかったですわね!! こんな雨風の中市場もやっているわけ無いでしょう!? それにわたくしお金が一文もありませんわ。そうじゃなくて、わたくしに何か食べ物を与えてほしい──」

「んなこと分かってるわ!! 俺がそこまでお察しが悪い男だと思っていたら大間違いだぞ! 食いもんが欲しいんだろ? 俺から何か食えるもんが欲しいから切り出したんだろ!?」


 あら、そこまで理解しているならどうしてあんなぶっきらぼうな態度を取るのかしら。あ、分かりましたわ! この男、遠回しに伝えるのを苦手としているのですわ。遠回しに伝えるとイラッとくる人間、たまに居ますものね。

 それならそうと、はっきりとストレートに伝えるべきでしたわ。


 ということで…… 仕切り直し、はっきりとわたくしの意思を申し上げましょう。


「じゃあ、あそこの棚に置いてあるシリアル食品をくれですわ!」

「そこまでストレートに言われるとは想定していなかったぞ俺。せめて『何かお恵みを』程度かと思えばしっかりと食べ物を指定してきやがって」


 目の前に青い『コーンフロマイティ』のパッケージがあるんですもの、当然ですわ。ただでさえ見るだけでお腹が空きそうな青いパッケージだというのに、お腹が空いている状態で見てしまえばそれはもう…… 耐えられませんわ! 


「早くくれですわ! わたくし、あの『コーンフロマイティ』が大好きですのよ。なんならあれ以外受け付けませんわ!!」

「はーあ!? なんちゅう奴だよ、他の食いもんも視野に入れろや! 無理だぞ、俺だってあの『コーンフロマイティ』が大好きなんだから、易々とよこしてたまるかってんだ。ウルギリーゼなんてねずみの丸焼きで十分だろ、文句があるなら自分で買え」


 確かにギーウルの言うことが百里あるのかも知れない。ですけれど、こんなところで諦めるという言葉はわたくしの辞書にないのですわ!!


「『コーンフロマイティ』なんてそんなに高くないでしょ、ギーウル! あの400gサイズでしたらせいぜい一袋600ピョコですわ! その程度でケチケチするなんて男としてみっともないと思いません?」

「貧乏な家に入り込んで食べ物を要求するウルギリーゼの方が10倍みっともねえよ!! 俺の金無えの!! この部屋見て察すること出来ねえのか? 金無え中貴重な食糧食い潰されたらたまったもんじゃねえだろ。それこそ『鼠』と変わんねえよ。いや、まだ食う量少ねえあたり鼠の方が良心的だぞ」


 ひぇ、暴力ですわ! 言葉の暴力! わたくしみたいなか弱い淑女に対して投げつける言葉じゃありませんわ!


「ひ、ひどいですわ〜、何も豪華なお肉料理とか海鮮料理を要求している訳ではないのに〜! ただあそこにあるシリアル食品が欲しいと言っているだけですのに〜。わたくしみたいな生粋のお嬢様が比較的安価なシリアル食品程度で満足するんですのよ。そっちの方が良心的だと思いませんこと?」

「自分でそこまで言い切ることが出来るだなんて相当だな……」


 昔お父様から誉められたことがありますの。『お前は食費だけは安い』と。燃費の安さはわたくしの数少ない自慢の一つですわ。


「嫌ですわ〜! 目の前に大好きな『コーンフロマイティ』がある中で餓死してしまうだなんて、死んでも死に切れませんわ〜! それならせめて目の前にいる男を倒してでも奪って食べた後死んだ方がマシですわ〜!」

「すんげえ物騒なことを言ってくるなコイツ…… なんでお前が死ぬ渦中で俺が倒されなきゃならねんだよ……」


 迫真の要求に折れたのかギーウルは「分かった分かった、うるせえから落ち着け」と棚へ向かって手を伸ばし始めた。


「わたくしにくれるのですの?」

「倒されるのはかなわんからな。はぁ……」


 ため息混じりにギーウルは木製の食器を机の上に置き『コーンフロマイティ』のパッケージを開けはじめ、そしてそのまま容器に『コーンフロマイティ』へ移し替えた。


「ふわぁ〜ですわ」


 さらさらと粉雪のような美しいシュガーと一緒に流れ出てくるフロマイティに見惚れてしまい思わず声が出てしまいました。見るだけで涎が止まらなくなりますわ。


「ミルクは無えけど我慢しろよ」

「大丈夫ですわ〜! はぁ……この香り、たまりませんわ〜。フロマイティの香りから広がる壮大な穀物畑。そして 太陽の光をいっぱい浴びてすくすく育ったとうもろこしの命の伊吹も感じますわ〜」


 はぁ、もう待っていられませんわ。


「ギーウル、食べてもよろしくて!?」

「貴重な食いもんだからよく噛んで食えよ。流し込むように食うんじゃねえぞ」

 

 そんなお下品な食べ方、犬じゃありませんしわたくしがするわけないですわ。例えここのようなボロ屋敷であろうと気品を保った作法で食す所存ですわ。

 

 とは言っても、今日は本当にお腹が空いているからついがっつかないように気をつけなければいけませんわね……

 

 ────


 コーンフロマイティ:東町を始めとし全国に流通しているシリアル食品のこと。安くて上手くて栄養価も高く、日持ちも良好という欠点らしい欠点が全く見当たらないまさに完全食を体現したような食べ物。ウルギリーゼ及びギーウルが好物としている食べ物であり、彼らの命の糧でもある。

 しかしながら、あまりにも完全食すぎるため、本主人公をはじめこれ一つで人生の食生活を済ませようとする者が現れ始めており「咀嚼量が少なく、顎の力が弱まり後々いびきなどの症状が現れ、最後には生活習慣病となる可能性がある」「唾液分泌量が少なくなりがち、口臭やドライマウス、口内炎の原因となる」ことなど健康上の影響が懸念されるといった意見が見え始めた。



 燃費の安さ:食費の安さを揶揄する表現のこと。かつてウルギリーゼは領主より『お前は食費だけは安い』と誉められたと述べているが、裏を返せばそれ以外は結構掛かっているという意味も含まれている。現にウルギリーゼは追放前に領主から120万ピョコ(400gのコーンフロマイティが2,000個買えてしまう金額)の借金をしており、そういった状況を踏まえれば明らかに皮肉で言われたものと察せられる。

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