村人ですわ!

 

「聞いてないですわよ」

「何が?」


 シャワーを浴び終え再び男の座る机へと戻るとわたくしは思わず足を揺らしてしまった。口調もつい強くなってしまう。


 この家には女性用の服も無く、目の前の男の私服を拝借してもらった。貧乏くさいデザインであるが、それでもまだ耐えることが出来たのだが……。


 これだけは、こればかりは耐えることが出来なかった。



「シャワーが冷水みずしか出ないなんて聞いてませんわよ!」


 立ち上がり力任せに机を叩いてしまった。それほどわたくしにとってイラつかせてしまった出来事でしたのよ。


 だってだって、信じられないでしょう! まず浴槽からして怪しかったですわ。シャワーというより蛇口に直接繋がれたホースしかなかったですのよ。もうこの時点で『やばいな』って思ってしまったけど案の定水しか出ないのですわ。暖かいお湯が出ない、どこをどう弄ったってお湯が出ないんですの!


 だから叫びましたわ「お湯が出ないわー!!」って、そしたら扉の向こうからなんて返ってきたと思います?


「出るわけねーだろ、給湯器がねえんだからっ!」ですって。 「はぁ?」ですわよ。そんなこと有り得るのかと思い再び問い正しましたわ。そしたら「そんなに欲しけりゃキッチンで湯沸かして浴びてろ」なんて言葉が返ってきましたの。もう万歳ですわよ万歳。お手上げですわ。


 冷たすぎてとても浴びるなんて無理でしたので、仕方なしに汚れたところだけすすいで戻ってきたのですわ! 暖かくなるどころが身体が冷えてしまいましたわ。



「冷たい水なら雨と変わりませんわ!」

「文句の多い奴だな。仕方ねえだろ、給湯器なんて高いもの買えねえんだから」


 ……確かに、この部屋を見る限りとても裕福な生活をしているとは思えないわね。給湯器も買えないほどに貧乏なのかしら。


「俺の服も勝手に使いやがって、さも許可を得て借りたかのような顔しているけどそれ浴槽室に干してあったものだろ」


 あ、あれ部屋干しでしたの? 浴槽室に入ったらすぐ目の前に服がぶら下がってあったからてっきり…… どうりで妙に湿気っていると思いましたわ。


「まぁ、いいじゃないですの。この服がなければわたくしはすっぽんぽんでしたし」

「ドレスが乾いたらそっち着ろよ」


 男は部屋の隅に吊るされているピーナッツ色のドレスへと目を配らせた。馬車から放り出された時に泥で汚れてしまい、あれじゃ手洗いしても汚れが落ちなさそうだ。ちゃんとクリーニングに出した方が良さそうね。



「さて、わたくしの身に一体何があったのか知りたそうな顔をしているわね」

「とっとと帰ってくれとしか思ってねえぞ」


「雨の中、泥まみれで雨宿りを求めるなんて、なんて可哀想な子!? きっと何かあったんだ!? って思ってそうな顔もしてる」

「とっとと帰ってくれとしか思ってねえぞ」


「こんなお淑やかで美しいうら若き──」

「少なくともお淑やかじゃねーだろ!」


 ヤジが入り込みわたくしの言葉が遮られてしまった。さっきから適当に返事をしくさってわたくしの話なんてちっとも聞いていないですわね! なんという失礼な男でしょう。 


「なんですの!? 少しはわたくし興味を持って下さいまし!」

「んな事言われてもきついだろ……突然俺の家に上り込まれたら鬱陶しいとしか思えねえだろ」


「つ、冷たい! 今日の雨のように、浴槽の水のように冷たいわ!! そんなことおっしゃらずにねえ、わたくしのお話を聞いて下さらない?」

「妙な言い回しをしながら頭下げやがって…… 余裕があるのか無いのか分からねえ奴だな……」


 頭を下げて頼み込むと男は大きなため息を吐いた後こちらへと目を向けてくれた。


「……分かった、聞くから大きな声で騒ぐのだけはやめてくれ」


 それを聞いたわたくしは思わず両手に拳を作ってしまう。


「よっしゃあですわ!!」

「うるせえよ! 突然叫ぶなや、びっくりするだろーが。それに部屋狭いんだから…… すげえ響くだろ」


 こ、これは失敬…… こほんと一つ咳払い。



「そういえばまだ名前を名乗っていなかったですわね。わたくしの名前は『ウルギリーゼ』」

「ウルギリーゼ? なんか聞いたことのある名前だな……」


 男は顎に手を添えながら「うーん」と唸り始めた。しばらくすると「あー!」と思い出したかのように声を上げる。


「東町の領主の娘がそんな名前じゃなかったか? 確か、ウルギリーゼだったような」

「そう! そのウルギリーゼよ! わたくしがそのウルギリーゼ!! まごうことなきウルギリーゼ!!」


「分かった、わかったから興奮のあまり机の上に立とうとするな! 俺の目の前には一人しかいねえんだからそんなに自己主張する必要なんてねーぞ」


 静止されとりあえず椅子に座ることに。ここの机、いい感じなサイズだからつい乗り上げて叫んでしまいたくなりますわね。


「──で、その東町の領主の娘、ウルギリーゼがなんでこんなところにいるんだよ?」

「よ、よくぞ聞いてくれましたわ! そうです、そうなんです。それを今から話そうと思ったのですわ! いやもう、本当に聞くも涙、語るも涙の連続で──」


「うげ、話が長くなりそうだな……聞くんじゃなかった」

「そんなことはありませんわ、あっという間に終わりますわ!!」


 こういう長話はわたくしも好きではありませんので、サクッと簡潔にまとめてお話ししてさしあげますわよ。


「つまりはかくかくしかじか……というわけですの」

「へぇ、東町領主の娘にそんなことがあったんかよ」


 説明をし終えると流石の男もそこそこ食らいついてくれた。わたくしの境遇もある程度は理解してくれたようで何よりですわ。本当、便利な言葉ですわね、かくかくしかじかというものは……


「それでその『実の娘』のせいでウルギリーゼは追放されちまったと」

「そうなの、そうなんですわ! ほんっとこれほど悲しい話があるとおもって? しかもお父様、最後にわたくしに向かってなんて仰ったと思います?」


 わたくしの質問に対して男は「さぁ?」と首を傾げた。


「Get out, f○ckin’ girl!(出ていけ、ク○アマ) ですって! 信じられます? 一緒に暮らした女性に対してゲダートファッ○ンガールですのよ!」

「まぁ、お前の素行を見れば言われても仕方ねえだろ。事実ファッ○ンガールだし、それ程あの領主を怒らせていたってことじゃねえんか?」


 わ、わたくしはファッ○ンガールじゃありませんわよ。れっきとした淑女そのものですわ。


「それでも追い出すだなんてあんまりだと思いません? お陰様でわたくしは狭くて暗くてぼろっちい水しか出ない家の中、ボロボロの服を纏って雨風を凌ぐような生活となってしまったのですわ〜」

「当人がいる前で現状を皮肉るなや。俺にとってはこれが日常だぞ!」


 貴方はその生活に慣れているからそんなことが言えるのですわ。今まで大きな部屋の中で育ち、暖かいお風呂に浸かっていたわたくしと一緒にしないで欲しいですわ。


「ったく、領主の元娘が勝手に家に上がり込んだり、浴槽使ったり、人の服を着込んだりと……こんなにずうずうしいだなんて聞いたことねえぞ。あの領主が相当苦労していたことも伺えるな、こんなデキの悪い娘がおっちゃ……」


 グサッ!!


「それはそうかも…… しれないですけど、だからと言って一文なしで外にほっぽり出すのはやりすぎですわ〜、貴方もそう思いません?」

「まぁ、それ程邪魔だったってことじゃねえの?」


 グサッ!! グサッ!!


「ちょっと、レディが嘆いているのよ。ここはもっと優しくフォローしなさいよ!」

「俺の嘆きをちっとも聞かねえクセによく言うぜ…… あ〜、はいはい、かわいそうかわいそう」


 なんという情けない男。レディの扱い方一つも知らないだなんて、将来損する性格に違いないですわ。

 とはいっても、ここで嘆いていても仕方ないのは事実。いさぎよく現状を認めてなんとかするしかなさそうね。


「はぁ…… 心無い同情ですけど話したら少し落ち着いてきましたわ。ところでまだ貴方のお名前を伺ってなかったですわね。お名前はなんと仰るのかしら?」


 尋ねられた男は不思議そうな顔を浮かべながら「俺?」と自分で自分を指差した。


「俺か? 俺はギーウル」



 ────


 ギーウル:ウルギリーゼに押しかけられた村人の一人。黒髪に低めの身長とごくごく普通の村人であるがかなり貧乏な生活を送っている。



 ピーナッツ色のドレス:追放される前ウルギリーゼが好き好んできていたドレスのこと。ギーウルに指摘される前は黄色のドレスと称されていたが、どちらかといえば白のピーナッツの色に近いため以後ピーナッツ色となってしまった。黄色のドレスに泥がついてしまえばただの汚れとなってしまうが、ピーナッツ色のドレスに泥がつけば『ピーナッツの出土』『洗ってないピーナッツ』など洒落込むことができるので便利。

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