土砂降りですわ!

 

「ひぇ〜ですわ! なんなのこの急な雨!! 誰か!!」


 突然の大雨に襲われているのでとりあえず走り回ることに。いつもであれば召使いが傘を差し出してくれていたところであるが、今日からはそんな召使いもいない。それでもつい口癖で誰かに助けを呼んでしまうが、当然のように誰も来てくれないのはなかなか寂しいものですわね。


「こんなことって〜!」


 どこか屋根のある場所を探そうとするも意外にも見つからない。そうこうしている家に風も増し雨の勢いも徐々に強くなってきましたわ。


 やばいですわね…… こうなったら……!


 わたくしは腹をくくって近くにある家屋の扉を叩いた。表札に『セールスお断り』の文字が書かれているけどわたくしはセールスではないから遠慮はいらないわね。容赦なく殴らせて頂きますわ。


「いませんか〜!? 誰かいませんか!? 困っております!!」


 2、3回叩いても出てくる様子は無いので、わたくしは思い切って拳を作りドンドンドンとフルパワーで木材の扉を殴りつけた。


「助けてください〜!!」


 ドンドンドンドンッ!!


「雨宿りさせてください〜!!」


 ドンドンドンドンッ!!


「セールスじゃないですから〜!! 本当に誰も居ないんですか〜!?」


 ドンドンドン──


「うるせーよ!! 扉ぶっ壊す気か!? 誰も居ねえんだからとっとと帰れ!!」


 勢いよく扉が開かれると同時に目の前に男の人が現れた。黒色の髪に身長はそこまで高くなく顔立ちも……まぁいたって普通の男性である。しかしながらその男は大きく顔をゆがませ、わたくしを見るや否や「なんだお前!?」って牽制してきた。


「おい、セールスはお断りだぞ、この表札が読めねえのか!? こんなバカみてえに雨が降っている中で営業活動なんてすんじゃねえよ」

「あ、あのわたくし」


「古屋なんだからそんな強い威力のパンチ食らったら扉に穴があくだろーが!」

「いえ……」


「しかもなんだその格好、ドレス姿って、そんな高価な服買う余裕なんてねえよ、俺しか住んでねえし他をあたれや」

「ち、ちが……」


  待ったを許さない程捲し立ててくるので、全然弁明できませんわ。少しはわたくしの話を聞いてくれても良いのになんていう横暴な野郎なのでしょう、信じられませんわ。


 おまけに「雨が入ってくるじゃねーか!」と言って扉を閉めようとしてくるし、これだけは阻止しないと……



「おい、扉が閉めれねえじゃねえか、その手をどけろや!」

「ぐぬぬ……と、扉を…… 閉めないでくださいまし!」


 けれど男の力はかなり弱いのかあっさりと扉は開いてくれた。


「ちゃんと聞いてくださいまし! わたくしはセールスなんかじゃありませんわ!」


 ようやく話せましたわ。走り回って息絶え絶え、扉を殴って結構疲れている中で声を張り上げるは本当にしんどいですわね。でも、これでわたくしがセールスでないことが分かったので大人しく入れてくれるでしょ──


「は? じゃあ何もんだよ!?」

「ちょ、ちょっと待ちなさいって! どうしてまた扉を閉めようとしますの!? わたくしはセールスレディじゃないって言ったでしょう」


「セールスじゃねえならますます怪しいだろーが!! そんな怪しい奴の相手なんか俺したくねえぞ!」

「ひどいですわ! 『セールスお断り』って書かれているからちゃんと説明したのに!!」


 それでしたら『セールス以外もお断り』としっかり書いておくべきですわ。なんなら明らかにセールス以上に警戒されておりますし、こんな理不尽なことはあってはならない、絶対にあってはなりませんわ!


「セールス以外と分かったところで突然人の家の扉をドコドコ叩く奴がいたら誰だってヒクだろーが! 俺にとってお前の印象は最悪なんだよ、何しようにしてもヨソあたれや!」

「そうはいきませんわ!」


 再び閉められようとする扉を力ずくで開ける。この男、全然パワーがないのかさっきからわたくしに力負けしてばかりね……


「はーあ? なんてしつこい奴なんだよ、俺の家にきたって盗むもんなんてねーぞ」


 流石に根負けしたのか、男は閉めようとする扉から手を離してくれた。


「泥棒じゃありませんわっ! どこの世界にドレス着た泥棒がいるというのよ。見てごらんなさいこの姿」


 わたくしは濡れに濡れた黄色のドレスを指で摘み一回転をしてみせる。


「ピーナッツみてぇな色してんな」

「うるさいですわね! そうじゃなくて、物凄く濡れているでしょう。しかも泥だらけになってしまっているのが目に見えないのかしら?」


 わたくしは泥に塗れてしまったピーナッツ色のスカート部分を持ち上げてアピールをする。これには目の前も男も気付いたのか「ほんとだ」と声を漏らしてくれた。


 そう、汚れているのよ。うら若き女性のドレスが汚れているのよ。ですから──


「バカ、俺ん家はクリーニング屋じゃねえぞ! 家間違えるなや、クリーニング屋なら──」

「そうじゃなくて、困っているのよ! 雨宿りに!!」


 なんでわたくしがクリーニング屋を案内されなければならないのかしら。本当に察しが悪い男ですこと、絶対に女性にモテませんわね。


「はーあ?? ふざけるな、俺ん家に雨宿りしに来たのかよ!?」

「もうここにいると寒いですから家の中に入りますわよ!」


 目の前にたたずむ男を押し退けわたくしは家の中へと歩みを進めた。


「マジかよ、お前。すんげえ太々しいな……」


 背後で言葉を失う男は放っておきましょう。平民の貴方とは格が違うのですわ『格』が。


「はぁ〜あ、おかげさまでお洋服がぐっしゃりですわ」


 近くにあった椅子に座る。何もかも濡れて気持ちが悪いですわね。


「なんだお前マジで…… 俺ん家に乗り込みやがってよお……」


 小言の多い男ですこと。お父様よりは酷くないものの、マイナスポイントですわね。


 それにしても……


「小汚い家ですこと、ちゃんと掃除しているのかしら?」

「入って早々すげえ事言ってくるな。悪かったな小汚くて、古屋なんだから仕方ねえだろーが」


 完全に諦めたのか、わたくしを追い出そうとする姿勢は見せずに男は濡れた床を雑巾で拭いていた。


「はぁ、お洋服も泥だらけになってしまって最悪ですわね。とりあえずシャワーを浴びたいわ。男、シャワーを貸してもらってもいいかしら?」

「お前もう風呂場に向かってるじゃねーかよ!! どうせ拒否ったって勝手に入るつもりだろ!?」


 確かに、今のわたくしは男の仰る通り身体が風呂場へと向かっていたわ。でもこれは無意識だからセーフですわ、身体が勝手に動いたのよ。


「あ、男、言っておきますけど、のぞいたら成敗致しますので、ご承知おきを」

「二度と風呂場から出れなくなるように出入り口を固定しておくから安心しろ!」


 まぁ、怖い殿方ですこと。



────



セールス:東町には色々なセールスが横行しており悪徳業者も少なくない。家に無理やり入り込んで居座る、強引に売りつけるなど手法は様々であるが悉く要らないものを買わされてしまう被害が相次いで絶えない。買わされるぐらいならまだいいが『契約させられる』といった長期的な被害を受けると目も当てられない。『セールスお断り』の札関係なしに襲い掛かってくるかなり厄介な存在だ。

 


『セールスお断り』の札:前述セールスに対抗すべく産み出された切り札の一つ。玄関に貼り付けると家主の意図が見て取れ、その家庭がセールス歓迎なのか、そうでないのかが即座に分かる便利なおふだ。純悪な悪徳セールスには全く効かないが多少の善の心を持つものに対してはそこそこの効き目を発揮するようである。ちなみにウルギリーゼが押しかけた家に住む男はこの商品を無理矢理セールスによって買わされた。

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