追放されましたわ!
「きゃっ!」
馬車に無理やり乗せられて数分後、ようやく止まったと思えばわたくしはそのまま見知らぬ場所へ放り出されてしまった。
「いててて、なんてことするんですの? 痛いじゃない! この無礼者!」
私を馬車から放り投げた男の新人兵に向かい言い放つ。先程馬車の中で意気投合していたのにも関わらずこの仕打ちだ。ついさっきまで「ウルギリーゼさんと趣味めちゃ合いますね、今度飲みいきましょうよ!」と
じっと
「領主様からこのようにしろって言われているので……」
「ええっ!? 馬車の下ろし方まで指示していたの?」
だとしたら本当にひどいですわ。曲がりなりにも同じ屋根の下で暮らした人間にこんなことをさせるだなんて。今回は受け身ができたからダメージが少ないけど、受け身をしくじってしまったら大怪我不可避でしたわ。
そんな驚くわたくしに新人兵はどこからともなく太い冊子を取り出し馬車から降りてきた。百科事典程の厚みがある重たそうな冊子だ。
「いえ、ここに『ウルギリーゼ追放マニュアル』があるのですが、ここの456ページ目に書かれているんですよ。馬車の降ろし方が」
「『ウルギリーゼ追放マニュアル』!? なんですのそれ!?」
男が手に持つ冊子を取り上げ確かめる。
『ウルギリーゼ追放マニュアル』と題されたその冊子はその名の通りわたくしを追い出す為に作られた手続書のようだ。目の前にいる新人でも取り扱いができるように事細かに書かれているみたいで……
「ほら、ここに書いてあるじゃないですか。『ウルギリーゼを馬車から降ろす方法』って」
指差された場所まで視線を落とすと、確かに『ウルギリーぜを馬車から降ろす方法』と標榜された手続きが書かれてあった。
『ウルギリーゼを馬車から降ろす方法:追放劇というものは馬車の上から放り投げるのがお決まりです。追放されているのにも関わらず手を取り悠長に降ろしてしまってはサマにもならないでしょう。にっくき小娘を追放してやるんだ! っていう気持ちを忘れず勢いよくやりましょう。ウルギリーゼの事は心配しなくても大丈夫です。ああ見えて結構頑丈なので容赦なくやっちゃってください』
「本当ですわ……事細かに手続きが…… ここまで徹底していただなんて」
「慣れた方でしたら頭の中にあるんでしょうけど、私はまだ入ったばかりですのでこのマニュアルが手放せません。お守りみたいなものですね〜」
人の追放マニュアルをお守りだなんて縁起の悪いこと。しかもやたらと分厚いし何ページあるのよ……終盤のページがチラッと見えたけど678ページって書かれていたし、一体どれだけ綿密に作られたマニュアルなのかしら。逆にその力の入れっぷりに驚くばかりですわね。
ですけれど、こんなものをいちいち覚えさせられたり、持ち運ばされたりするお父様の部下は本当にかわいそうですわ。マニュアル徹底主義は廃止すべきね。
「それにしても、こんなものがあっただなんて、わたくし全く知りませんでしたわ」
「ウルギリーゼ様はすぐ家を出て遊びに行くから作戦会議もすごい楽でしたよ。先輩方にも聞いたけどこれほど情報流失を恐れなかった作戦は今まで無かったみたいですし……酒の入った作戦会議も頻繁に行われて途中で飲み会にもなりましたね〜。豪勢な料理もいっぱい出ましたし……あ、そうだ、決起集会と称して皆と旅行にも行きましたよ。なんだかんだでこの作戦を通して私も先輩方と交流できましたし、とても充実してましたね。それに皆楽しかったって仰ってましたよ」
「おやめなさい! 本人を前にして追放作戦の思い出に浸るだなんてとんでもない人ですわ」
ここ最近皆がやたらとウキウキしていると思ったらそんなことがあっただなんて。わたくしはどんな顔をすればいいのか困ってしまいますわ。
わたくしが眉を歪ませると新人兵は「でもでも」と更に続ける。
「ほんっと、ウルギリーゼ様を誘えないのが一番辛かったんですよ。あの場にウルギリーゼ様がいたらもっともっと楽しい現場になっていたのに…… こればかりは皆口を揃えて言ってましたよ、『ウルギリーゼ様がいたら絶対楽しかった』って。誘いたがっていた人も何人かいましたよ。けれど、作戦内容が内容なだけにそれは流石に……ってなって」
「そうですわ、わたくしの目を盗んで飲み会に旅行だなんて。どうせ追放するならそれぐらい誘ってくれても良かったのに」
新人兵は悔しそうに「ほんと、そうっすよね」と土を蹴る。
「それにしても馬車から放り投げるのは良いにしても、わたくしと仲良くお喋りしていて大丈夫ですの? 曲がりなりにもわたくしは追放者ですわよ?」
「すみません、その手続きから背くと懲戒になって減給させられてしまうのでやむを得なかったのです。けれどアレですよ、馬車の中でお喋りしたりここで話したりするのは規定にないので大丈夫です」
あんなに分厚いのに結構緩いのね、『ウルギリーゼ追放マニュアル』。それに、抜け目まで熟知しているあたり真面目さも伺えますわね。
「っていうことで、ウルギリーゼ様すみません。私はこの辺りでお暇致します」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 今のわたくしにはお金も食べ物も無いのよ、このまま放っておく気なの?」
馬車に乗り込み戻ろうとする兵士を引き止める。今のわたくしにあるのは今来ている黄色のドレス。ただ、そんなドレスも先程放り出されたことから泥だらけになってしまった。
わたくしの悲痛な叫びを耳にした兵士は「はっ」となり慌ててマニュアルを開いて急いでページを捲り始める。そして暫くすると「申し訳ございませ〜ん」と情けない声が返ってきた。
「ウルギリーゼ様には着ている服以外は与えない、いわば一文無し状態で追放することがここに書かれちゃってます」
「そこをなんとかしなさいよ!!」
言い返すと兵士は困った表情を浮かべて「ちょっと待ってくださいね」と間を置きまたもパラパラとページを捲り始める。
「すみません、異例な対応は領主様の承認がいるみたいで、どうします? 書類回しておきましょうか? 2週間ぐらいかかりますけど?」
「もういいですわ!!」
どうして異例対応に2週間もかかるのかしら。そんなことすればわたくしは承認得る前に餓死してしまいますわ。本当、お役所仕事もいいところですわね!
それに、決裁者がお父様だなんて絶対降りるわけありませんわ。そんな否決回答が目に見えている中で書類を回したって時間の無駄でしょうし……
「ほんっとすみません、お力になれなくて。では私はこの辺で…… ウルギリーゼ様、強く生きて下さい」
そう言い残し新人兵は馬と共にどこかへ行ってしまった。
馬車の足音がなくなると、次いで風音だけが鳴り響きとてももの寂しい。辺りを見渡すと閑静な村に放り出されたものだと気付かされた。どの家屋も古びており……とても栄えている町とは言えないわね。
……って、ここお父様の領内じゃない! 自領の中で追放するだなんてこんなので良いのかしら? 普通はもっと遠く、遠くへ置いて行くものじゃないの? 馬車の時間もやたらと短いと思ったら普通に東町の町中じゃない。割と近場にわたくしを置いて行ったわね。
──まだ文化が知っている町なので安心できるけれども……
その時びゅうっと冷たい風が吹き、わたくしは思わず肩を震わせてしまった。
「うぅ…… さ、寒い」
今着ているドレスでは凌げない程の冷たい風だ。
このままでは寒さで体力が奪われていくのも時間の問題ね…… なんとか住む場所を探さないと…… でも、今のわたくしにはお金もないし……
強く生きろ……か。
わたくしは兵士が残した最後の言葉をつい
住む場所も、名誉も、地位も、借金も……全部無くなった……
ん? 借金?
あ、そうそう! 借金があるじゃない、お父様から貸してもらっていた120万ピョコ、アレどうなるのかしら?
この流れであれば確実に『チャラ』よね。だってそうでしょう、わたくしは追放されたのだから。人から住む場所も名誉も奪っておいて借金だけ『残る』、こんなムシの良い話なんてないでしょう。誰がどう言おうとわたくしの借金120万ピョコは全額免除、利息だってビタ一文たりとも請求する権限なんてありませんわ!
借金を取り返したければ素直にわたくしのいうことを聞いて家に残させればよかったものを、調子に乗って追放なんてしちゃうからお父様にバチが当たったのよ。
はあ〜、追放されて嫌なことばかりですけどこればかりは肩から荷が降りましたわ。定期的に嫌味ったらしく「金返せ」ってネチネチ小言を言われる生活も無くなるし…… そうだ、そうですわ! そうなのですわ!
借金から解放されたのですわ〜〜!
ウルギリーゼ、強く生きます。生き抜いて見せます! 見てください、あそこの太陽、わたくしの輝かしい運命を切り開くが如く雲の隙間を縫うように顔を出し始め…… あれ?
太陽……出てないですわ。それどころかとてもお空が真っ黒ね。いつの間にこんなに雲行きが怪しくなっていたのかしら、全然気付きませんでしたわ。
あれ、もしかしてこれって……?
わたくしの嫌な予想が的中したのか、空はゴロゴロと唸り出しあっという間に土砂降りの雨が降り出してしまった。
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ウルギリーゼ追放マニュアル:実の娘ではなくなったウルギリーゼを追放するために作られたマニュアルのこと。ウルギリーゼを追放するという内容については決して難しくないとは言え、どこで足元を掬われるか分からない。よってこういうマニュアルをしっかりと作り込み万事に備えることも必要である。
ピョコ単位:東町に流通する通貨の単位のこと。日本円にするとだいたい1ピョコ=1円。ウルギリーゼの借金は日本円にして120万円程である。
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