参上ですわ!


『ぐほぁ!!』


 猛スピードのタックルを受け吹き飛ばされるギーウル。そのまま地面に伏せるような形で倒れてしまいましたわ!


 う、嘘でしょ……?


 なんという強行手段なのかしら! 流石のわたくしもここまでやるとは思っておりませんでしたわ。


『素直に契約しておけばねえ、こんなことにはならなかったんだけどさぁ……』

『くっそ、マジで言ってるのかよっ』


 立ちあがろうとするギーウルに向かい、またしてもレディが突っ込んで来ましたわ。


『うおおっ! おい、ふざけるなっ! 何しやがるんだよ!』

『契約しないキミが悪いんだ。是が非でも拒否するキミがね』


 今度はなんとかギーウルが受け止め、取っ組み合い状態に。けれど、非常に不味いですわね。ギーウルは男のくせに全然力が無いのですわ。


 それに、相手は女性とはいえ、ほぼギーウルと同じ背丈の人間。力勝負ではギーウルに勝ち目はありませんわっ! 


『うおあっ! マジか、マジか!!』

『あれ? キミ力弱いね……』

 

 予想通り、ギーウルが押されてしまいましたわ。本当に力が無いのですね…… ちょっと情けないと思っちゃいますわ……

 

 そのままギーウルが投げ倒され、立ち上がる隙にレディが背後に回り込む。は、早い! かなり動き慣れていますわね。


 そしてギーウルの首元に腕を巻き付け……


『ぐっ…… 苦しい…… 離せ……!』


──やばいですわっ! ギーウルがチョークスリーパーを食らってますわっ!


 あの状態から切り返すのは至難の業。しかも相手はギーウルよりも力が強いセールスレディ。かなり絶望的ですわ。


 それに、がっちり首に腕が入ってますわ、あのままじゃ息が困難に……


『離せっ……! 息ができねえじゃねえか……』

『この契約書にサインしたら離してあげるけど……どうする?』


 非道すぎますわ! こんな状況で契約しろと強いるだなんて。契約する以外に選択が無いじゃないのっ! 負けないで、ギーウル……!


『するわけ、ねーだろ……』


 力無く返答するギーウルに対して、レディは更に力を込めて首を締めつけた。


『バカッ! 苦しい苦しい!』

『それが言える立場かい?』


『無茶苦茶じゃねぇか…… こんなことしたら誰だって……』


 脱出しようとギーウルがもがくも、全く敵わず。どんどんとギーウルの体力が奪われていくのが分かりますわ……


 このままじゃ……


『さあ、もう一度聞くよ。仮想通貨を買ってくれるかい……?』


 裸絞はだかじめをしながらレディが問い直す。


 契約すると言うまで離さないつもりですわ…… こ、こうなれば……


『わ、分かった……!! 分かったから離してくれ! お、俺は……』


 も、もう我慢できませんわ!


 わたくしは木の影からギーウル達まで走り寄り、ビシッと指をさした。 



「ちょっと待ちなさい!」


『ん? キミは……?』


 きょとんとするセールスレディ。突然の登場に驚いてしまったようですわね。なんて言ったって泣く子も黙る『ウルギリーゼ』が目の前に現れたのですから、そうでしょう、そうでしょう。


「その男を離しなさい、悪徳セールス! ここで会ったら百年目ですわ!」

「な、なんだキミは……!? この男を助けようとしているのかい?」


 呆気に取られたのか、レディが力を緩めてギーウルを解放してくれた。ゲホゲホと咳き込みながら四つん這いになり、こちらへ目を向けた。


「ウルギリーゼ!? どうしてここに!?」

「話は後ですわギーウル。今はあのセールスの相手をするのが先決ですわよ」


 ギーウルはよろよろと立ち上がりながら「確かに、お前の言う通りだな」と同意をしてくれた。そのやり取りを聞いていたのかセールスレディは「ウルギリーゼ……?」と呟きながら小首を傾げるそぶりを見せた。


「おやおや? ウルギリーゼといえば東町の領主の娘じゃないか。なんで領主の娘がこんなところにいるんだい? それに、なんだその格好。令嬢のくせしてボロボロの服じゃないか。まるでそこにいる小汚いネズミ男みたいな格好だな」

「しれっと俺をディスるんじゃねーよ! ネズミ男は言い過ぎだ!」


「黙りなさい! 悪徳業者に利く口なんてありませんわ!」


 わたくしが言い切るとレディは「ふぅん、なんだか分からないけど事情・・はありそうだね」と怪しげな含み笑いを浮かべてきた。


「まあ、領主の娘の事情はどうでもいいさ。それより、キミ、ボクの獲物なのに邪魔しないでくれるかな。丁度いいカモだったのに、キミのせいで台無しだよ。1件契約ができなかったじゃないか」

「俺はカモだったのかよ!」


「ギーウルがカモなのは否定しませんわ! だけど、そんな極悪非道な営業活動、領主が許してもこのウルギリーゼは許しませんわ!」

「否定しろよ!」



「ふうん、気に入らないね。邪魔した挙句に、説教なんてさ」


 セールスレディが髪をかきあげながら、こちらを睨んでくる。


 そして、さっと構え始めましたわ。明らかに戦う雰囲気ですわね。


「なんか、気分悪いよね。もうすぐ漕ぎ着けそうな契約を落とすことほど、営業担当として腹立つことはないからさ」

「漕ぎ着けてねーだろ! どんだけ俺の見込み度が高かったんだよ!」


「やるって言うのかしら!? 上等ですわ、正義の味方であるわたくし『ウルギリーゼ』が正義の鉄槌を下して差し上げましょう」

「すげえ好戦的だな。やれるのかウルギリーゼ!?」


 懸念するギーウルの声が聞こえてきますが、もう後には引けないのですわ。この極悪非道なセールスの性根を叩き直すまでは!

 

「かかってきなさい、わたくし『ウルギリーゼ』が相手になりますわ!』


 気合いを入れる意味での挑発ですわ。腕っぷしには自信がありましてよ。



 そして、やや間があった後……


「生意気だね! 二人まとめて契約してやるんだから!」

 

 セールスレディがわたくしに向かって殴りかかってきました!


 って、負けたらわたくしまで契約させられてしまうの!? これは負けられないですわね!

 


──────


カモ:利益をせしめることができる相手のこと。いわゆる営業活動において比較的『契約が取りやすい人物』を揶揄してそう表現される。セールスレディが言うように、ギーウルは相当契約が取りやすい相手だったようだ。なかなか本人が、自分がカモかどうかなんて気づきにくいため、自覚するのは難しい。


ここで会ったら百年目:『ここで出会ったことを呪え』という意味。ウルギリーゼが生涯一度は使ってみたかった言葉の一つ。悪事を働く者へ成敗する際に用いられることは多い。そのためか、東町で普通に暮らしていればまず使わないセリフ。こんな台詞を言うような人は相当物騒な生活をしているに違いないため、あんまり近づかない方が良いだろう。

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