3

 娘が空に帰るまであと二日という時、事態は動いた。娘が大事な話があると王子に言ってきたのだ。王子は夜に部屋に来るよう娘に言い、その時を待った。魔王がやってくれたのだな、と王子は湧き上がる興奮を抑えながら部屋を行ったり来たりしていた。ついに娘と結ばれる日が来たのだ。

「王子、私です。よろしいですか」

 鈴のような透き通った声が王子の耳に入る。王子は一言、入れとだけ言った。

 金色の髪を輝かせながら娘は部屋に足を踏み入れた。月明りに照らされる娘はあまりに美しく、王子は思わず息を吞んだ。娘は王子をいつもとは違う熱い眼差しで見つめると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「私、ずっと王子をお慕いしていたのです。以前は、無礼なことを言ってしまい、大変申し訳ありませんでした。貴方を愛しすぎてもう空には帰りたくありません。どうか、私を妻として貰っていただけませんか。お願いです、王子……」

 王子は娘の視線、仕草、匂い、その全てを近くで感じ、どうにかなりそうだった。もう何もかもどうでも良いから、今すぐ娘を抱きしめたいという衝動に駆られた。

「――私もお前をこの世の何よりも愛している」

 王子のこの言葉に、娘は花が開くような笑顔を見せる。魔王がコントロールしていようがこの娘の心と体は今ここにあるのだ、今こそが真実なのだと王子は考えた。そして二人は夜の闇の中にゆっくりと、深く深く落ちていった。


 そして迎えた娘の帰る日の出の刻。『息吹は十分である』という合言葉を言わなければならない時、王子はもちろん合言葉を言うことはなかった。娘と王宮の庭で朝日をただ見つめていた。すると、朝日の中から、光り輝く何かが近づいてきた。娘の父、創造の神である。創造の神は怒りの形相で王子に言った。

「何故合言葉を言わない。我が娘はこの国にもう十分な緑と水をもたらしたはずであろう。早く娘を返すのだ」

 初めて見る創造の神に、王子は言葉が出てこなかった。神の怒りの表情はなんとも言えぬ恐ろしさがあったのだ。すると、すかさず娘が口を開いた。

「お父様、私は王子の妻となったのです。契りも交わしています。もう、お父様の元へは帰ることはできないのです」

 この言葉に、創造の神は怒りを爆発させるかと王子は身構えたが、その考えとは裏腹に、そこには静かに涙を流す創造の神の姿があった。

「嗚呼、娘よ、人間と契りを交わしてしまったのか……。お前はもう神ではないのだな。一体何故こんな事になってしまったのだろうか。お前がいてはこの国を土に還すことができない。お前ほどの賢い子が、こんな選択をするとは……」

 そして創造の神はひたすらに涙を流しながら王子に向かって言った。

「王子よ、お前は大きな罪を犯した。その報いはかならず返ってくるであろう。必ず、必ず後悔することとなる」

 最後に娘を見て大粒の涙を流すと、創造の神は朝日と共に消え、再び姿を現すことはなかった。

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