うどんは逃げるよ、どこまでも

属-金閣

うどんは逃げるよ、どこまでも

 本日の昼飯はうどんである。

 シンプルにうどんとつゆ、そしてしょうがチューブを準備し私は机の前に座る。

 いつも以上にお腹が空いており、すぐに手を合わせ「いただきます」と口にし箸を手に取り、うどん一本を箸で掴み上げた直後だった。

 箸からからそのうどんが滑り落ちたのだ。

 何も珍しいことではない、ただ箸からうどんが滑り落ちただけのことだ。

 私は再度滑り落ちたうどん一本を掴みに行き、再度持ち上げる。

 だが何故か口へと運ぼうとした時に掴んだ一本のうどんは、また箸から滑り落ちる。

 私は一度冷たい水で喉を潤してから、軽くため息をつく。

 その後何度もうどんを掴みに行くが、どうしてかその一本のうどんは滑り落ちる。

 まるで、私に食べられることから逃げているかのように。

 遂には箸で掴んだうどんが、皿の上ではなく机の上に落ちる。

 そのうどんを箸で掴みにいくと、うどんは箸から逃げる様に身体を捩じらす様にしてよけたのだ。


「なっ!?」


 私は目を疑いながら逃げるうどんを捕まえようと箸で狙いを定め伸ばす。

 だが、そのうどんは手強く中々掴ませてくれない。やっと掴んだと思っても、箸から滑り落ちる。


「な、なんという、うどんなの!」


 そこで私は確信したのだ。このうどんは私から逃げようとしているのだと。

 食べられたくない、まだ自由でいたい、戦ってやるというという気持ちを感じたのだ。

 こいつは強敵。直感的に私はそう思った。

 誰しも一方的に何かされるのは嫌なものだ。うどんの気持ちも分かるが、私もお腹が空いている。

 これは食うか食われるかの戦いである。弱肉強食の世界なのだから。

 そして私とうどんの戦いは始まった。

 私は利き手である右手に箸を持ったまま、速さでうどんを捕らえに行く。

 だが何度捕らえてもうどんは完璧に私の箸から逃げ切る。


「くそ! いつの間にそんなツルツルボディを手に入れたのよ、あなた!」


 これまで捕らえても逃げられたのは、うどん自身の身体に原因があったのだ。

 私は少し息を切らしながら箸を疲弊した右手から左手に持ち替え、右手を軽く振り休ませる。

 その間もうどんは余裕そうな態度で、私を見つめて来ていた。


「(右手の握力が持たない。もしかしてこいつ、私の握力切れを狙って? いや、考え過ぎよね)」


 そう思いつつも、うどんから溢れ出るオーラにそう考えずにいられなかった。

 私は冷静さを保つためにコップに手を伸ばし水分補給をする。

 その間も絶対にうどんから目を離さずにいた。


「(こいつ余裕じゃないか……だが、私にも策はあるんだよ。うどんさんよ!)」


 小さくにやけながら私は立ち上がり、台所に置いてある滑り止め付き箸を手にし戦場へと戻る。

 そして新しい武器ををうどんに見せつけた。


「これであんたも終わりよ! この滑り止め付き箸から逃げられるないんだから! なんてったて、滑り止め防止箸なんだからね! あなたのツルツルボディも無効よ!」


 これにはうどんも身体から水を流し、焦っている態度を示した。

 そう、これまで私は滑り止めが付いていない箸でうどんと戦っていた。

 これまでその箸で戦えていたことから、相手を甘く見ていたのだ。この箸でも問題ないと。

 だがそれが甘い考えだったと、目の前のうどんが気付かせてくれた。

 どんな相手だろうと本気で、持てる力をぶつけるべきだと。

 私はうどんに考える時間を隙を与えさせないと、一気にうどん目掛け箸を伸ばす。

 だが、うどんも簡単に掴まれないようにと身体を捩じらせる。

 私も利き手じゃない慣れない左手だったことで、一度は空振りしてしまう。

 しかし私は【秘義】である『すくい上げ』を咄嗟に繰り出し、遂にうどんを完全に捕らえる。

 うどんの胴部を掴み、私は真上に掲げ上げた。

 うどんはツルツルボディで逃げようとするが、今の私の箸からは逃れることは出来ない。私は勝利したのだ。

 これで逃げられない、掴み取った勝利に私は笑みをこぼす。

 だが次の瞬間だった。

 掴み上げたうどんが、何故か私の目の前を落下して行ったのだ。

 しかもそれは一本のうどんではなく、何故か二本のうどんであった。

 何が起きたのか理解が出来なかったが、目の前を通り過ぎるうどんを見て理解した。


「(こいつ、分裂した……だと!?)」


 そう掴み上げたはずのうどんは、自らを二つに分離し滑り止め付き箸という最強武器から逃れたのだ。

 まさかだった。まさかそんな手を自ら実行するとは考えていなかった。

 またしても私の甘さが招いた隙をうどんにつかれたのだ。

 うどんを捕らえるだけが勝利ではない、あいつを食べない限り私の勝利でないのだ。


「くそ! やられたわ!」


 更に悪い事は重なる。

 箸を持ち替えた左手の握力の限界が来たのだ。

 元々利き手じゃない左手は長時間持たないと分かっていた。しかも慣らしてないこともあり、力を入れ過ぎたために相手の分裂に助力していたと気付く。

 そのまま箸を私は落としてしまう。

 このままじゃうどんに逃げられる。相手は自らの身体を二つにしてでも逃げる相手だ。

 今持てる【秘義】を使っても捕らえられるか分からない。

 どうする? どうするべきだ? まだ回復しきれてない右手で掴みにいくか? いや、相手はもう二つだ。一方をとっても、もう一方を取りのがしてしまう。

 どう思考しても目の前のうどんを捕らえきれない。負けのイメージだけが私の中で積み上がって行く。

 左手はもうダメ。右手も握力消耗で、全快しきれてない。

 どうすればいい……このままうどんを諦めるしかないのか? このままうどんをみすみす逃すのか私? 

 逃げられてしまう……いや、逃がしたくない、私のうどんだ。

 誰にも取られたくない。誰にも取らせてたまるか。

 私の獲物……私のだ。私の物だ! 私のうどんだ! 絶対に逃がさない!

 私の中で消えかけていた炎が、再び大きく燃え上がる。

 そして私は再び右手で箸を持つ。


「必ず捉える。お前らうどんを、私は絶対に逃がさない! お前は私の獲物なんだ!」


 この時、頭の中で大きく光が弾ける。

 直後、私は右手の箸の一本を左手に投げ渡し、新たな【奥義】が頭を巡る。


「これが! 私の諦めない心だー!」


 箸を両手に一本ずつ持ち、複数の相手を同時に仕留めることが出来る高等技術【二刀流】。

 過去の事件から現在は禁忌とされており、使用すると必ず代償があるとされている技である。

 その代償とは『はしたない』というレッテルを永遠に張られるというものである。

 これは訓練を積んだ者のみが使える伝説の技であり、どんな相手だろうと仕留められる技であり一度は誰しもが覚えられるが、絶対に忘却させられる【奥義】であり諸刃の剣である。

 その【奥義】を偶然ではあるが思い出せたのは幸運であり、ここまで追い込んだ強敵うどんのお陰でもあった。


「うおおぉぉぉーー!」


 そして遂に私は逃げる強敵二つのうどんを突き刺し捕らえたのだ。


「やった……やったわ!」


 次は捕らえたうどんから絶対に目を離さず、そのまま捕らえたうどんをつゆへと漬け込み口へを運び勝利を噛みしめた。

 こうして私と一本のうどんとの激闘に終止符が打たれた。

 その後、再び机の前へと戻り残っているうどんと向き合う。

 そうまだ私の戦いは始まったばかりなのである。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「という夢を見たのよ、美香みか

「はぁ」


 友人のともえは、昼食のうどんを前に呆れた顔で私の話を聞き小さく頷く。


「あんた散々うどんの話しておいて、どうしてうどん食べてないの?」

「だって私そば好きだし。合盛も好きだけど、どっちかというとやっぱりそばなんだよね~」

「もしかしてだけど話したいことって、その訳の分からない夢のこと?」

「うん。だって凄くない? うどんに逃げられてそれを捕まえて食べるっていう夢だよ。こんなにもハッキリ覚えてて、誰かに話したかったんだよね。あ~スッキリした」


 笑顔で答え、ざるをつゆにたっぷりつけてから勢いよく音を立てて啜った。


「こんなことなら、昼食にたまたま目に入ったうどんを頼むんじゃなかった」


 巴は小さく愚痴りため息をついた後、うどんを箸で掴み口へと運ぶ。

 その姿を美香はじっくりを見つめる。


「あんたの夢みたいには絶対にならないから」

「えーノリ悪いよ巴」

「ノリの問題じゃないから。全く、朝から真剣な顔して何かと思ったら夢オチの話とかあり得ないから。今日の帰り、何か奢ってもらうから」

「な、何で!?」

「うっさい。自分の胸に聞きな」


 そう告げ巴は、箸で掴んでいたうどんを再び口へと運び、逃がすことなく啜るのだった。

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