第19話

 私は自分の部屋に戻って荷ほどきを始めた。午後いっぱいかかりそうだ。急かされたものだから、箱の中は物が分類できないまま、一緒くたに入っている。とりあえず今日夜着るパジャマを、新しい洗面所の棚に入れようと箱から取り出すと、カシャと音がするのに気づいた。胸ポケットに折りたためられた小さなメモが入っていた。

「もうすぐそれがおこる。これを見たらすぐにこちらに家族を連れて避難して。毎夜2:00にランドリーシューターの下で待つ。」

これはククの字だ、独特の跳ねるような字、親しい人にしか見せない字。みんなに見られるような時は、整っていて読みやすい字を書くのだが、授業中に私にふざけてメモを回す時にこんな字を書く。いつこのメモが入っていたのだろう。ランドリーシューターを使って降りろってこと?


 私は夜中まで待ってランドリールームに行き、シューターを覗き込んだ。昼に下見した時になかった縄梯子がかけてある。いったいどうやって?St1にも彼らの仲間がいるのだろうか。ククとココには会いたいが、家族にまだ話す覚悟ができていない。あのヤマグチの予言があたるなら、災害が起こった時死ぬのは愚かな人だということだが、誰のことを指しているのかが分からない。ヤマグチは今まで数々の予言を当ててきた。私たちがこうして生きていられるのも、彼の予言のおかげで数々の災害に備えられたからであると教えられてきた。頭が混乱する。とにかくククに会わなければ。


 私は縄梯子の強度を軽く引っ張って確かめ、簡易ライトを口にくわえて、そろりそろりと降り始めた。大人3人分が入るぐらいの大きさの穴はそんなに狭くはないと思っていたが、光を向けても底が見えず、足元は真っ暗でだんだん怖くなってきた。私は今とんでもないことをしているのではないか、このつるつると塗装された灰色の壁を見続けていると、誰かが上で縄梯子を外すことを想像してしまう。このトンネルは何も引っかかりがなく、傾斜もないから私はストンと下に落ちてしまうだろう。底には汚れた衣類の山があり、私を優しく受け止めてくれればいいのだが。


 暗闇の中を降りながら、時々上を見上げてこのまま戻ることを考える。そうしたら私はあのSt1で好きな絵を描いて、一生あの素敵な場所で暮らすのだ。美味しいご飯を食べて、素敵な部屋に住み、時には美しい服を着て自然の中をあの人と歩く。あの人は優しく微笑みかけて私にいろんな話をしてくれる。大災害が起きても、彼らはきっと準備済みで、私を含め自分たちだけは救うことができるのだろう。私はこんなところでいったい何をしているのだろうか。今やるべきことは、すぐに上に戻ることではないか。でももし戻ったら、私はたぶん一生後悔することになるだろう。私が初めて友達だと思えた子の言うことを、私はその時なかったことにしたんだと。

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