第20話

 どれくらい時間が経っただろうか、足元に光が見え始めた。私はほっとして、白く光って見える布の山にそっと降り立った。すると近くに誰かがいるのことに気がついた。その人は私が降りるのに手を貸してくれた。以前見た受付の女性だ。

「たいへんだったでしょう。私もここ通ったことがあるの。」そういって私の体についたほこりを払ってくれた。改めて部屋を見渡すと想像以上に広いことに気づく。がらんとした空間に私とこの人だけだ。おどおどしている私を見て彼女はにっこり笑って言った。

「会うのは二度目ね。私の名前はテオ。St3の受付でもあるけど番人でもあるの。あの姉妹を守っているのよ。私達St3の多くの人間は、彼女たちを心から信じているの。」

そう言って私の手を引いて、布の山から降ろしてくれた。そして彼女はクク達が待っているからと言って、ククの部屋まで急ぎ足で案内してくれた。


  ドアを開けて私を見たククは嬉しそうだった。でもひどく疲れているようにも見えた。部屋に入るとたくさんの大人がいて一斉に私の顔を見た。皆口々に私に挨拶する。私も挨拶を返す。

「どういうことなの?」

私はククに向かって尋ねる。

「この人たちはね、カナンに頼みたいことがあるのよ。でもその前にカナンに見てもらいたいものがあるの。」

私はどれだけ期待されているのだろうとこわくなった。この大人たちができないことで、私ができることなんてない気がする。促されるまま部屋の真ん中に座り、モニターの電源が入れられた。ふと何かが足りないと感じる。

「ちょっと待って。ココさんは?」

私はククに尋ねた。

「…ここ数日眠ったまま起きないのよ。でも心配しないで、医者に見てもらって、体がどうとかの話ではないらしいから。ただただぐっすり眠って起きないの。両親が亡くなる前もこんな状態だったらしいから、姉はひどいことがおきるだろうことを潜在意識でとらえて、無意識に自らの意識をシャットダウンしているのかもしれない。とにかく何かがもうすぐ起きると私たちは予想している。もう眠ってから三日目になるから。だから今からカナンにはショックなことを伝えなければならない。それを徐々に伝えていこうと思っていたけれど、私が急に自宅謹慎になったり、私達St3への締め付けも強くなっているみたいだから…どうやら本当に時間がないみたいなの。」

ククは学校を休んでいるのではなく、来られなくなっていたのだ。私がSt3に遊びに行ったからだ。それにココさんは三日間も眠り続けて大丈夫なのか。


「これを見てくれる?」

とククが言ってリモコンを操作し、モニターが白く光り出す。ここより少し狭い部屋が映し出された。物が乱雑におかれ、全体的に散らかっている。ぼんやりとした薄暗い部屋の中で、白いベットが浮かび上がっている。そのベットにはおじいさんが寝ていて、何か独り言をしゃべりながら、ベットサイドの時計に腕を伸ばしている。70歳くらいだろうか。するとシューと言う音が聞こえてきて、しばらくすると彼は時計に伸ばした腕をだらんと下げ、しゃべるのをやめて眠ってしまった。ククによって早送りされ、また再生される。部屋の外から大きな声で、おじいさんの名前が呼ばれているようだ。おじいさんは返事をしない。ぐっすり眠りこけている。ほどなく鍵が開けられ、数名がおじいさんを取り囲み、何かの布でおじいさんをくるみ始めた、顔までくるんでいる。私はククの顔を見た。そしてみんなの顔を見た。目を伏せている人もいる。ククは動画を一時停止し、静かなため息を一つついて話し出した。


「ここでは働けなくなって5日経つと、部屋は施錠され致死量のガスを流されてしまうの。上の階ではそんなことないよね。元気なのに働かないと酸素は止められちゃうけど、病気になっても正当な療養期間はちゃんと考慮され、酸素は供給されるはず。

…ここのルールは上と全然違うの。でそのことについて文句を言うとね、その人達もガス攻めにあうのよ。そして見せしめとしてこのSt全体でも、停電という懲罰が与えられる。表向きは機械の故障とかなんとか彼らは言うのだけど、嘘よ。私たちの中から反乱者が一人でも出たら、しばらく私たちは闇の中で暮らさなければならない。」

私は唖然とした。言葉がなかった。誰かのすすり泣く声が聞こえる。奥に座っているおばさんだ。ククはもう一つ見てほしいと言って、また動画の再生を始めた。私はもうお腹いっぱいだった。私にどうしろと言うの。

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