第13話
St2に戻るといろんな人に「おめでとう」やら「お願いね」などと言われたが、何と返したらよいかわからなかったので、ただ笑顔をつくってうなずいた。家の玄関のドアを開けると、母が仕事を終えて私を待っていてくれた。玄関まで急いで出てきて私の顔色をうかがいながら言った。
「おかえり、どうだった?」
私は母の顔を見て、力が抜けて手から荷物を落とし玄関で座り込んだ。
「訳がわからない・・・。」
来年大災害が起こるかもしれないこと、それについて調べるために、リーダーをしながらスパイ?をしてほしいと頼まれたこと。センターの部屋でのこと、クオクのこと・・・。心配性の母親に伝えたらどうなるか、きっとこれからまた質問攻めにされる。
「いろいろありすぎて疲れただけ。・・・今日は家で食べたい。」
私はうつむいたまま母に言った。母は私の背中に手を置いて言った。
「そう言うと思ってもう用意してあるの。食べてお風呂に入って早めに寝てしまいなさい。明日は休みだしゆっくりすればいいわ。」
リーダーに選ばれた次の日から私の日常はがらりと変わるのだと思っていたが、実際には何も変わらなかった。相変わらず朝起きて支度し、学校へ行って退屈な授業を受け、その後いろんな作業があり帰宅する。もう描写作業の指令はくることはなかったし、リーダーとしての役割についてセンターからなんの説明もなかった。私は大人たちから言われたことをたんたんとこなし、そのまま学校や作業が休みの冬休みに入った。
私は母と家で遅めの朝食をすませて、一人自分の部屋にもどってベッドに横たわり、天井をみつめた。ここSt2に住んでいる友達には食堂や娯楽室で会うことができるが、今の学校のSt1の友達には連絡することもできない。St2の友達とはなんだか距離ができてしまった。親友だと思っていた子にたまに会っても、お互いなんだかよそよそしい態度になってしまう。St1の学校に転校したり、形ばかりといえリーダーになった私には、もう前のつきあいには戻れないのかもしれない。ふとククを思い出した。あの姉妹と話をした日から、私はなんとなくあの約束の日の話題を避けて、ククと話している。彼女もなんだか私に気を使っているようだ。監視カメラがあるところでちゃんと話せないのもあるかもしれない。
手の甲をおでこにあてて考え事をしていると、リストが急に光り出した。視界が赤くなりドキッとする。
「リーダーの新年のあいさつについて。St1の描写スタジオへ11時に来るように。」
時計を見る、今は10時だからあと1時間後だ。学校がないから、おしゃれしていっても注意されない。ベッドから飛び起き、鏡台の引き出しを開け、赤い髪飾りを手に取る。鏡を見ながら左耳の上の方でリボン結びをする。この髪飾りは縫製作業で出た余り布を母が持ち帰った後、私が母方の祖母から代々伝わる紅花の色素で染めて作ったものだ。価値のある遺産は全体の為に没収されるし、私有財産とみなされると、これもまた没収されるが、この色素と髪飾りは今のところ免れている。
スタジオに着くともうクオクが待っていた。
「カナンさん、新年おめでとう。あれ、素敵な髪飾りだね。」
「おめでとうございます。ありがとうございます。」
私はドキドキして答えた。微笑んでこちらを見ているクオクをしっかり見返すことができない。クオクはみんなと同じ綿で作った服を着ているが、そばで見るとみんなのもと比べてしわもなく、また良い香りもする。ポイントで交換できるお香を使っているのだろうか。髪型もさわやかな風をうけたばかりのようなセットがされている。端正な顔立ちに美しく整えられた外見、たぶん誰もが彼を好きにならざるをえないだろうと思うと、そばに居られる自分のことを幸運に思える。
「あの、リーダーのことについてもスタジオで話をするのですか?」
私は間が耐えられなくて、どうでもいい質問をした。
「カナンさんはセンター室では緊張しているような気がしたし、センターの構成員も今日はお休みだからね。カナンさんに出来上がった原稿を読んでもらって、僕がカメラを回すだけだから、ここでいいかと思って。」
「センターの人たちって10人ですか?」
と私は尋ねる。
「そうだよ。でもカナンさんは直接会うことはないと思うし、St1の人たちでさえ、誰がセンターの構成員なのかわかっていないはずだよ。」
そう言いながら、クオクは私に薄い端末を差し出した。そこには私が読み上げるべき、挨拶が書かれていた。「新年おめでとうございます。今年は大きな節目となる年とされ・・・」ざっと読んでみたが、去年とあまり変わりのないようなスピーチ原稿だった。しばらく私に読む時間を与えてからクオクが言った。
「カナンさんの役割は、実はセンターで決まったことをみんなに伝えるだけなんだ。リーダーとは名ばかりでね。僕が橋渡し役として、カナンさんに何か不満や希望があれば、彼らに伝えることはできると思うんだけど、それが通るかと言えば僕もわからないんだ。ずっとリーダーやセンターのお世話役をしてきたけど、今まで特にセンターとリーダーとの意思疎通はなかったんだ。」
「・・・私も特に言いたいことはありません。」
ココたちが言っていたのはこれのことだなと思った。これじゃあAIのロボットと同じことではないか。また以前と同じように、私はクオクが持ってきたカメラの前で、原稿を読み終えた。
「用事を終えたかね。」
奥の小部屋からヤマさんがマグカップを持って出てきて言った。
「はい、ヤマさんお久しぶりです。」
ヤマさんが居てなんだかほっとする。クオクと何を話していいのかわからない。その後3人でたわいもない話をした。
「そういえば、カナンさんはSt3で何をしてきたのですか?」とクオクが尋ねた。
「別に変ったことはしていません。友達の家に遊びに行って・・・。でも友達の姉が前リーダーでびっくりしました。ココさんは妹のククと私が仲良くなれそうだからという理由で、私をリーダーに推したとかそんな話をしました。私が彼女の妹のククと同じく、別Stからの転校生と知って、お互いなじめない時には、一緒に話もできるだろうって。」
私は予めココさんが用意してくれた嘘の理由を話した。じわりと脇に汗がにじんだのを感じる。
「そうだろうとも。新しい環境にひとりぼっちじゃあんまりだからな。」
ヤマさんは温かいお茶を飲みながら答えた。クオクは微笑んで言った。
「ココさんはとっても良いリーダーでしたね。彼女が原稿を読むと不思議とみんな画面に注目するんだ。今までのリーダーより、メッセージが的確に伝わっていたことはデータで示されているよ。・・・他にそこで何か気になったことはあった?それにカナンさんはリーダーだし何か頼まれることもあったかもしれない。」
「いいえ、特には。でも知らない人にリーダー頑張ってとか言われて、なんだか恥ずかしかったです。」
そう答えてからなんとなく私はクオクの手を見た。骨ばってはいるが、肌のなめらかな美しい手だ。紫外線をあびやすいはずのSt1の人たちはなぜか一様に肌が美しい、なぜだろう。そしてこの人はどこまで知っているのだろう。ココさんはSt1では誰も信用してはいけないと、私に最後にくぎを刺した。彼らは私たちの事をペットかなにかかと勘違いしているのだからと。
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