第3話
疋田さんと話した日から一週間。インターン先の会社『フューチャーメイキングカンパニー』にやってきた。時間は夜の九時。本来は七時の予定だったのだが、相手が来ないためずっと待ちぼうけだ。
研究室はブラックだが、インターン先はもっとブラック。どの社員の人も深夜でも構わずチャットが返ってくる。
こんな会社で将来働きたくはないが、ITベンチャー業界はどこも似たりよったりだと言われ諦めてここに就職するのも一つありなんじゃないかと思い始めているところだ。
普段はリモートワークなのだが、今日は社長直々に呼び出された。明らかに特別なイベントがありそうなので期待と不安が半分だ。
「おまたせ、竹田君」
社長の南部(なんぶ)さんがジャケットをはためかせ、颯爽とミーティングルームに入ってきた。
色黒にピチピチのVネックTシャツを着た様はまさにやり手の社長という風格だ。
「佐竹です」
「あはっ……ごめんごめん。最近会社がイクスパンドしててね。組織をドラスティックに変えているからバイネームで覚えてられなくて」
要は会社の規模が大きくなっているので一人一人の名前を覚えていないらしい。別にいいのだけど、この人は苦手だ。
「それで、今日は何の用なんですか?」
「んーとね。君、明日から来なくていいから」
「は……え?」
俺が所属しているのはアプリケーションのエンジニア部隊。そこでの評価は高かったはず。何が合わなかったのか分からずつい聞き返してしまった。
「竹田君、インターンだよね? 最近、もっと活きのいい子を見つけたからさ。君にはパッシブが足りないんだよ、パッシブ」
面倒なので佐竹とは訂正しない。
「ぱ……パッシブ?」
「んーと……ほら、あれだよあれ。情熱! 皆さ、遅くまでやってるわけ。夢の実現に向けてね。それなのに君は夜に連絡がつながらない。それじゃパッシブが足りないって言われても仕方ないんじゃないかな?」
「パッションですか?」
「君、不勉強だねぇ……もっと勉強したほうがいいよぉ?」
「その『勉強』をするために夜は繋がないようにしているんです。研究室の活動もあるので。インターンの面接時にお伝えしているはずですが」
「そうやってグチグチ屁理屈こねてさぁ……もういいよ。じゃーね。あ、引き継ぎはきちんとしておいてね。社会人として常識だよ」
この人はこんなに薄っぺらい人だったのか、と内心で愕然とする。
「はぁ……もう帰っていいですか?」
「え? 帰るの? このままだと君、クビだよ?」
「それはさっき聞きましたって……だから帰るって言ってるんですけど……」
南部さんは「チッ」と舌打ちをして乱暴に手の甲を見せながらシッシッとジェスチャーをしてくる。
確かにフューチャーメイキングはゲームアプリを柱にしつつも生活系のサービスを展開していて、乗りに乗っている。
それでもこんな仕打ちをされる謂れはないし、もう少し対等に扱ってくれてもいいだろう、と怒りが湧いてくる。
ダンっと扉を開けてオフィスを飛び出す。
エンジニアチームの人が机に残っていたので、そこに立ち寄る。
「あの……」
「おぉ、佐竹くん。どうしたの?」
「今日でクビらしいです。ありがとうございました。引き継ぎはここのフォルダを見てください」
エンジニアチームの人はみんな優しかったし恩はある。だが会社の社長たる人があんな対応なのだから、俺が尽くす義理もない。
「えぇ!? ちょ……ま――」
作業用に使っていたフォルダの場所をメモに書き留めて、頭を下げると制止を振り切ってエレベータに乗り、オフィスビルから飛び出した。
オフィスビルは渋谷の中心地にあるので、夜にもかかわらずたくさんの人が飲み歩いていた。
駅に向かっていると、見えたのは『一人立ち飲み』の看板。
さすがにむしゃくしゃしてきて、俺は財布を持っていることを確認してその店に飛び込んだ。
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