第2話
目が覚めると、自分の家の前で寝転んでいた。酔っ払っているわけでもないのに頭がズキズキする。
そういえば全身黒女に部屋の鍵を奪われ追走。なぜか俺が締め出されてこけてしまい、頭を打ったのだった。
「あ……あのー……生きてます?」
俺の隣にしゃがんで覗き込んでいるのは全身黒女。
俺の顔をよく見ようとしているのか、長い前髪を耳にかけているので顔がよく見える。
すっぴんのはずだろうに長いまつげ、白い肌、ぱっちり二重、鼻の穴が縦長になるくらいの高い鼻、少し長めのボブカットと細縁の大きな眼鏡。全部が全部オタクの本能に刺さる地味系美少女の容姿を兼ね備えている。
「いつつ……」
頭の痛む部分を触って手を確認するが赤くはならない。打っただけのようだ。
「ほんと……すんませんでした!」
「ちょ……ここ、廊下だから。響くし迷惑だよ。とりあえず……鍵、返してくれたらいいから」
女の子は声を控えめにして囁く。
「そっ……そうはいかないっすよ。私のせいなので……」
「ほんと、もういいから」
「いえ……あの……ここ、お兄さんの部屋なんですか?」
「そうだよ」
「私、507に住んでるんです。お兄さんがヤバい人だと思って慌てて逃げたら6階で、でもたまたま607で同じ場所にあるからそのまま鍵が開いたんだと思います」
「だから……はぁ!?」
「お兄さん、声大きいですよ」
何故か俺が女の子にたしなめられる。
「とりあえず……公園行こうか」
女の子は俺の背中に優しく手を添えて立たせてくれたのだった。
◆
さすがに部屋にあげるわけにもいかないので二人でブランコに座り、少しだけ揺られる。
頭の痛みも引いてきたので軽い怪我で済みそうだ。
「疋田桃子(ひきた ももこ)っす」
疋田さんがビニール袋からストロング缶を取り出して口をつけ、それを持ったままブランコを漕ぎ始める。プシュッ、ギィー、アニメ声の順番で聞こえた。
「あぁ……佐竹(さたけ)っていいます」
「佐竹何ですか?」
「何でもいいでしょ」
「そんな警戒しないでくださいよぉ。お隣……お上下さんなんですから」
「聞いたことないけど……」
「まぁまぁ。さっきはありがとうございました。咄嗟にしてはいい演技でしたよね、私達」
そう言って疋田さんは俺にストロング缶を渡してくる。一口飲んで返すと疋田さんは「いい飲みっぷりっすねぇ」とニシシと笑う。たった一口なのでいい飲みっぷりも何もないだろうと心の中で返す。
「そうだね。合わせてくれてありがとう」
疋田さんは「フフン」と嬉しそうに笑うと何も言わずにブランコを漕ぐ。
「私、今日二十歳になったんです。お祝いに酒と煙草を解禁してみたんですけど、どっちも性に合いませんでした」
「まぁ……そういうもんだよ。でもタバコは止めといた方がいいよ。あのマンション、すっごいうるさい人いるから」
「佐竹さんは吸わないんですか?」
「たまに。アメスピ、要らないなら貰うけど」
「ふぅん……じゃ、そのキメエナと交換でいいっすよ」
「あぁ……これ、凹んじゃってるやつしかないし、新しいの買ってくるよ」
俺が演技とはいえ袋ごとブランコの支柱に叩きつけたので缶はベコベコに凹んでいる。
「そこまでしてもらわなくていいっすよぉ。マシなやつ貰いますから。袋、かしてください」
疋田さんに袋を渡すと中をガサガサと漁り、比較的傷がついていないものを探している。
袋から取り出したのは、比較的傷の少ない缶と、おまけでもらったキャンペーンの投票券。
疋田さんはその投票券をじっと見つめる。
「vTuber好きなんすか?」
「別に。まとめ買いすると安くなってたから。それ目当てだよ」
「ふぅん……ちなみに私の推しはこの最北南(さいほく みなみ)ちゃんですよ」
そう言って疋田さんが見せてきたのは、投票券に書かれているキャラクターの絵。
白い髪の毛に赤いモコモコのジャンパーを着たキャラクターだ。ファー付きのフードを被っていて、いかにも南極探検隊をモチーフにした感じが見て取れる。
俺も5人の中では一番好みの絵柄だった。
「ふぅん……一番可愛いと思うよ」
「あざっす! じゃ、彼女に投票してあげてください」
推しが褒められたからなのか、疋田さんはニコッと笑って俺に投票券を渡してくる。
「疋田さんがすればいいじゃん。あげるよ、それ」
「いいんですか!? うわぁ……佐竹さんってどこまで優しいんですか……」
「別に大したことはしてないけど……」
「そんなことないっすよ! ナンパから助けてくれるし、勘違いして鍵を取ったり頭を打ったのに怒らないし、激マズだったアメスピは貰ってくれるし。最高のお上さんですね」
「そんなお隣さんみたいな言い方されても……」
「そんな佐竹さんにお願いがあります」
「何?」
「部屋の鍵、落としちゃったみたいで……探すの手伝ってくれませんか?」
疋田さんは自分がウィンクをして可愛くお願いすれば断られないと分かっているのだろう。
最初に助けたときよりも、ほんの少しだけ下心を持ちつつ、二人でコンビニまでの道のりを鑑識の捜査のようにライトで照らしながら戻っていくのだった。
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