下の階に住んでいる引きこもり美少女は大手事務所の新人VTuberでした〜陰キャの俺は正体を明かさず事務所でエンジニアとして雇われることに。クビにした会社が戻ってこいと言うけれど無理です〜
剃り残し@コミカライズ連載開始
1部
第1話
コミカライズが配信中です。こちらも是非ご覧ください!
リンクなどは以下にあります。
https://kakuyomu.jp/users/nuttai/news/16818093076526200622
----------------------------------------------------------
「んー……プログラムの実行終わんないしコンビニでも行くかぁ」
安いオフィスチェアの背もたれに体重をかけると、ギィと鈍い音が一人きりの部屋に響く。
壁にかけた時計を見ると既に深夜2時。大学院に進学して早2ヶ月。ブラック研究室と名高いところに所属してしまい、毎日深夜までプログラムを書いてはデータを眺めを繰り返す日々だ。
今日も深夜まで研究活動。小腹が空いたのでコンビニに行くことにした。まだ本格的な夏は訪れておらず夜は肌寒いため、薄手の上着を羽織って玄関に向かう。
エレベータで一階に降りると、エントランスは控えめな間接照明で薄暗い。その薄暗さが高級感を醸し出している。
ここは学生が住むには少しお高めのエリア。だが、俺の部屋は格安で借りられている。
その理由は、エントランスを出てすぐ目の前にある公園。そこにお化けが出るから、という理由だ。
引っ越して最初の頃はビビりまくっていて『お化けなんてないさ』を小さい声で歌っていたのだが、科学的にお化けは存在しないという論文を見つけてからは少し気が楽になった。
公園を通り過ぎ、住宅街の路地を抜けると大通りとの交差点に出る。そこの角にシエラレオネ共和国の国旗と配色がそっくりなコンビニが立地している。
コンビニまで徒歩3分。こういう部分でも好条件の当たり物件なのだ。
「っしゃせー」
深夜帯の人の少ないコンビニでは、あちこちに品出し用のコンテナが放置されている。
その隙間を掻い潜り、ドリンクコーナーへ向かう。
買うのはエナジードリンクのキメラエナジー。キメエナをキメることで最高のパフォーマンスを発揮することができるのだ。
「ん……vTuberとのコラボ?」
キメエナの値札の上にはポップが貼ってある。
どうやら大手事務所の新人vTuberが5人同時にデビューするらしく、その人気投票を行っているようだ。キメエナを3本まとめて買えば安くなるし、投票券も貰えるという仕組みらしい。
偏見だが、ターゲット層的にはコンビニでエナジードリンクを買う層と被っていそうなのでマーケティング的には外していないとは思った。
それにしても、デビュー時点で人気の格差が出来ていてそれが可視化されているなんて、中々エグい世界だ。面白くなければ人は集まらないし、実力主義の世界なのだろうけど、なんでも定量化、可視化されてしまう世界は生きづらそうだ。
そんな事を考えながらキメエナを六本取ってかごに入れる。
会計をすると、一本分の金額がまるまる割引されたのでかなりこのキャンペーンに力を入れていそうなこともわかった。
ずっしりと重たい缶を提げて家に戻っていると、深夜の物静かな公園の風景に違和感を覚える。
ブランコが、ひとりでに動いているのだ。そして、どこからともなく「あーあー」と女性の声が聞こえる。
あまりの非現実的な光景に立ち尽くしていると、暗闇に目が慣れてきた。そのままブランコを観察していると、その正体が分かった。
単に真っ黒な服を着た人が乗っているだけだ。首元くらいまである黒いボブカットが揺れているのも見えたので、全身が真っ黒な女性がブランコに乗って声を出しているだけ。
ほとんど照明がないので、目を凝らさないと気づかないだろうし、深夜にそこまで深追いする人もいないだろう。怖くなって早足に公園から離れるのが確実だ。
でも、おばけの正体なんてこんなものだ。非科学的な存在はありえない。分からなかったことが解決してほっとする。
そのままマンションのエントランスに向かっていると公園の方から「きゃっ」と声が聞こえた。
驚いて振り向くと、ブランコの鎖を一人の男が掴み、もうひとりの男が女性に近寄っていた。
本当に公園で事件が起こるとマズイ。幽霊はいないのだけど、幽霊が出そうなことは起こってほしくはない。
六本のキメエナを獲物にすればそれなりに戦えるはず。
ビニール袋の口を縛り、公園の敷地を示す柵を越え、ブランコに恐る恐る近づく。
「ねぇねぇ、俺達と遊ぼうよ。こんな時間にここに一人なんてどうしたの? 彼氏いないの?」
「いっ……あっ……」
女性は恐ろしさのあまりに声が出なくなっている。その声はアニメか映画の吹き替えのような甘く高い声。それが現実味を薄れさせるのか、男達は更にいきりたつ。
「酒と煙草……お姉さん、二十歳超えてるの? 何でもできるねぇ! ホテル行っちゃう!?」
「あのー……そこまでにしといたほうがいいと思うんですけど」
意を決して割り込むと、男二人のいかつさが際立つ。中肉中背だが、眉毛の細さだけは負けていると確信した。どこからどう見てもヤンキーだ。
「あぁ!? なんだよお前」
この二人に迫力では勝てないと察する。こっちは理系大学院生のもやし体系オタクなのだから。
なので、威圧する相手を変えることにした。
キメエナの入った袋を思いっきりブランコの支柱に振りかぶって叩きつける。カァン! と金属の響く音がなり終わるまえに今度は誰も座っていないブランコを蹴飛ばす。
「おい! セッタつったろ! なんでアメスピ買ってんだよ! 買い物も出来ねぇのかよ、クソ!」
見ず知らずの女の子に声を荒げるなんてしたことがない。少し声が震える。
女の子は顔を下げたまま「ごっ……ごめんなさい」と震え声で呟いた。
「ちょ……お、お兄さん、落ち着いて」
舐め腐っていたひょろモヤシがいきなり女性に強気に出たからか、男二人は俺をドン引きした顔で見ながら俺を制止してくる。
「あんだよ。文句あんの? 俺がこいつと話があんの。何? 助けたいの?」
男二人は苦笑いをして去っていった。
二人が十分に離れてから話しかける。
「あ……ご、ごめんなさい。他に良い助け方が思いつかなくて」
女の子から少し距離を取り、安全なことをアピールしながら謝罪する。
女の子は俯いたまま「だ……ダイジョブ……アザッス」と言って俺から逃げるように去っていく。
まぁ、仕方ない。強気にナンパしてきた彼らも彼らだが、声を荒げた俺も俺で怖い人だろう。
別にあの女の子に好かれたいとは思っていない。
一日一善。既に日付は回っているし、寝て起きたら目一杯悪いことをしても許されるだろうと思いながらマンションのエントランスに進む。
「あれ……ない……ない……落としたかなぁ……」
そこには、慌てふためきながらパーカーのポケットを探している、俺が助けたさっきの全身黒女の子がいた。
「あ……あの……」
「えっ……ひぃ!? すっ……すんません! 助けてもらったのは有り難いっすけど、ほんと……これ以上何もできないんで勘弁してください!」
どうやら俺も下心ありの人だと思われているようだ。
「い……いやいや! そういうことじゃなくて! 鍵、開けたいんだけど」
「かっ……鍵までいつの間に……」
オートロックを開けるため、部屋の鍵を見せながらそう言うと、ダッとこっちに寄ってきて俺の鍵を奪った。
そのままオートロックを解除すると、女の子は迷いなく走ってエレベータの方へ向かっていく。
俺の鍵を盗った女の子がマンションの中へ逃走したと理解するのに数秒を要した。
「ちょ……返せ!」
俺が追いついたときには、女の子はマンションで上の階へ上がっていくところだった。光っている数字は6。
急いで非常階段から6階へ向かう。
エレベータを出てすぐ目の前の607号室が俺の部屋だ。三段飛ばしで駆け抜けた結果、エレベータを降りてきた女の子とちょうど鉢合わせる。
「ひぃ! 追いかけてこないで!」
また甲高い声はアニメのワンシーンのような緊迫感をもたらす。
何を考えたのか、女の子は俺から奪った鍵を使って俺の部屋のドアを解錠。そのまま家の中へ逃げていく。
鍵を閉められる前にドアノブを掴んだが、中からもすごい勢いで引っ張ってくるので膠着状態だ。モヤシオタクには力が足りない。
「なんでそこだって分かるんだよ……いいから開けてくれ。何もしないから。このまま通報したら俺の方が正当だぞ。不法侵入だからな、それ」
「何いってんすか! ここは私の部屋です! 507号室!」
容疑者は支離滅裂な言動を発する。どう考えても扉に書かれているのは607だ。
「そっちこそ何言ってんだ! ここは607だって!」
「え?」
少しするとフッと扉にかかっていた力が抜けて、俺は後ろ向きによろめく。
そのまま、背後に頭をぶつけたところで意識は途絶えたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます